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インターネットはクソ

 久しぶりに投稿。毎回思い立ったタイミングの勢いで書き切るようにしているため、思い立ったはいいものの書き切るとなると難しいかもなと思って中々書けないでいた。そうこうしている間にも夏は過ぎ、最近は散歩をしていると金木犀の香りが風に乗ってくるような季節になった。最後に書いたのはいつだったのだろうかと投稿履歴を見てみると、6月の頭らしい。4ヶ月もの間に人生は紆余曲折あったのだけれど、なんとか今も生きている。どんな書き方をしていたのかすら忘れてしまっていたので、いつもと違う書き方だと思っても温かい目でみてね。

 インターネットはクソだ。バカデカい主語なのでもっというと人と繋がるインターネットはクソだ。インターネットは劣等感を抱くことを助長させる。インターネットは無意味な希望を抱かせる。インターネットは無責任に弱さを受容する。そんなインターネットはクソだ。それよりも何よりクソな点は人間関係を軽薄にさせることだ。私は人間が好きだ。近所のコンビニの店員さんも。よく行く居酒屋の常連さんも。どんな人間であろうと一人一人に背景やその時点での考え方を持っていて、血液型占いなんかじゃ到底まとめきれないほどに多様性があるから面白い。人の人生を面白いというのは失礼にあたるかもしれないが、決して馬鹿にしているわけではなく、冗談めいているわけでもない。

 昨今SNSの普及により人間関係が軽薄化したと私は思う。さらにいうとインターネットの世界と現実の世界を混同している人が増えたのではないかとも思う。現実世界では様々な人と関わる必要が理不尽にでてくる。例えば学校、職場、隣人など。生きている限り、自分にとって関わりやすい人ばかりではない空間に参加しなければならない状況が必ずでてくると思う。

 SNSの普及により、スワイプやタップを行うだけで人間関係を切り離せることができるようになった。嫌な人とは関わる必要が無くなったのだ。インターネットの中に閉ざした間柄であれば、それは特に構わないと思う。インターネットは仮想の空間であり、現実の自分とは切り離されたものであるため、自分の好きな空間を構築することもあるだろう。一方で現実世界においてはどうだろうか。現実世界では先述したように様々な人と関わる場面が発生する。それにも関わらず、現実世界でインターネットでの立ち回りを行ったらどうだろうか。他人の価値観や考え方を知ることができず、自分の物差しでしか世界を見ることができない。いつでも離れられるから友達と呼べる人は碌にできない。甘えられることを知ったから覚悟なんてものは到底できない。そういった弊害が出てくると思う。

 相手との衝突があるからこそ相互理解が深まる。傷付けても傷付けられても謝罪をすれば許し合えると思うし、学ぶことも多くあると思う。それにも関わらず、スワイプやタップをするだけで、それまでに構築されてきた人間関係が失われてしまうのは悲しい。色んな人を知ることで自分とは何かという人生に対する考え方も見つかると思うし、私は出来るだけ多くの人と話をしてみたい。色んな観点から物事を考えられるようになりたい。傷付いてもめげずに生きたい。

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