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"そうするしかなかった"彼女たち(ユンヒへ)

最後に便箋に手紙を書いたのはいつだろう。
誰に書いたんだっけ。

韓国のレズビアン映画「ユンヒへ」を見た。
(原題:윤희에게 / 英題:Moonlit Winter)

鑑賞から数日経ってからこれを書いているけど、思い出すとすぐに作品の世界に引き戻されるような感覚になる、静かだけど力強いメッセージがある作品だった。

真冬の北海道・小樽。
おばの家に住んでいるジュンの机に置かれた封筒。その封筒には厚みのある便箋の束が入っていて宛名も書いてあるのに、封がされていない。

韓国の地方都市で高校生の娘セボムと暮らすシングルマザーのユンヒ。

20年以上も連絡を絶っていたユンヒとジュンには、互いの家族にも明かしていない秘密があった。

ある日、母宛に届いた手紙を盗み見てしまったセボムは、自分の知らない母の過去に関わりのあった人の存在に気づき、小樽旅行を決意する。ユンヒはセボムに強引に誘われ小樽へと旅立つ。


(以下、ややネタバレあり)

ユンヒ(キム・ヒエ)

ユンヒは、数年前に離婚。今は社食の調理の仕事で生計を立てながら、娘のセボムと2人で暮らしている。1つのベッドに2人で寝るような小さな住まいだ。
離婚の理由ははっきり描かれないが、セボムが父インホに離婚の理由を問い詰めたときのインホのセリフが印象的だ。

「ママは、なんていうか…人をちょっと寂しくさせるんだ」

ユンヒを見ていると、たしかに何とも言えない孤独感が伝わってくる。
観客はセボムとともに、誰にも見せてこなかったユンヒの想いを、少しずつ知っていくことになる。

セボム(キム・ソヘ)

◇  ◇  ◇  ◇  ◇
ジュンが、20年会っていないユンヒヘ書いた手紙は、こんな書き出しから始まる。

ユンヒへ
元気だった?
ずっと前から聞きたかった
あなたはもう私のことを忘れてしまったかも
もう20年も経ったから
急に私のことを伝えたくなったの
生きていればそんなときもあるでしょう?
どうしても我慢できなくなってしまうときが

ある日ふと"私のことを伝えたい"と思う人がいることは幸せなことだと、僕は思う。“伝えたいと思われる”こともまた、幸せだと思う。

この作品は様々な出来事を直接的に描かないことで、さまざまな人に訴えかける力を持ったと思う。

直接的に描かないけれど、物語が進むにつれて彼女たちが抱えてきたものが少しづつ見えてくる。彼女たちにはいくつもの枷がある。

大学にも行けない、女性だから。田舎の小さい町ではどこか気をつけて生活しなきゃならない、韓国にルーツがあるから。といういくつもの枷がある。ジュンの父親の墓参りの帰りでの親せきから持ち掛けられる結婚話や、ユンヒの兄との短いやり取りだけで、彼女たちが今までいかに苦しい立場だったかが伝わってくる。

手紙、カメラ、タバコ、月、みかん…劇中にさりげなく登場する小道具のひとつひとつ、全てが綺麗に物語にハマって彼女たちの人生を伝えてくれる。

小樽に行くと決めたときから、ユンヒはだんだん綺麗になっていく。メイクやピアスによってだけでなく、自分の中で押し込めてきた"メイクしよう""ピアスをつけよう"という気持ちが復活していく様子がよく分かる。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

劇中、ゲイの僕が"これはレズビアン映画なのだ"…と衝撃をうけたシーンがある。
獣医をしているジュンが診察した猫の依頼主であるリョウコと親しくなり、はじめて2人でちょっとおしゃれなお店でお酒を飲むことになる。
これが男女なら2人が親密になるのは間違いない。明らかに"いい雰囲気"だ。

ジュン(中村優子)
リョウコ(瀧内久美)

柔らかな雰囲気が、ジュンの一言で一変する。
少女時代に韓国で生まれ育った出自を打ち明けるジュン。そしてリョウコをじっと見つめて、こう続ける。

「話していいことなんてないから…分かりますね?」

ジュンはそれ以上何も語らず、全てを察した様子のリョウコも追求しない。
その直後、叔母からの電話に何度も「友達と一緒」と繰り返すジュン。
ものすごい緊迫感に圧倒された。そして、僕は悲しくてたまらなくなった。

表向きは出自のことを話しているけど、伝えたいのはそれだけじゃない。
彼女たちは「女性が好き」「レズビアン」と口にすることさえ許されないのか…ゲイ男性として生きている自分でも想像を絶するほどのレズビアン女性の生きづらさを、はじめて感覚として捉えられた気がした。

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「ブロークバックマウンテン」という有名なゲイ映画がある。
僕は、あの作品がちょっと苦手だ。
主人公の男性2人は、お互いを想い合いながらも結ばれることはできず、それぞれ女性と結婚する。想いを秘めたままの夫婦生活は上手くいかない。

時代や社会の犠牲者であるのは間違いないけれど、結婚相手の女性2人が互いに悲しい想いをし、主人公たちがそのことをあまり顧みる様子がないことに、僕はいつもちょっと悲しい気持ちになる。

でも、「ユンヒヘ」には救いがある。
ユンヒが兄の紹介で結婚したインホは、決して見捨てられない。
この展開に、僕は勝手に「ブロークマックマウンテン」の雪辱を晴らした気持ちになった。

インホ(ユ・ジェミョン)

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

ジュンのおばであるマサコは印象的なキャラクターだ。
彼女が昔付き合っていた"映画好きの恋人"との話をする場面。
おそらく、相手の性別が特定される言葉を一度も言わなかった。
彼女のキャラクターが深まるとともに、制作陣はこういう細かいところにまで神経が行き届いているなと感じた。

マサコ(木野花)

セボムの恋人ギョンスも素敵なキャラクター。
手袋のリメイクをしたり、たくさん探しまわった結果暖房の効かないゲストハウスを予約したり、セボムに対して高圧的な態度を一切取らなかったり・・・従来の”男らしさ”から抜け出したような設定が清々しかった。

ギョンス(ソン・ユビン)

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

ジュンとユンヒの物語は、ささやかな再会と、もう戻っては来ない膨大な時間の流れを感じさせて終わる。
でも、僕は未来への確かな希望も感じることができた。

「私はこの手紙を書いている自分が恥ずかしくない」
「私たちは間違ってないから」

2人のこの一文の力強さは、きっと僕だけじゃなく、たくさんの人を救ってくれるはずだ。

同性を好きになることは間違ってない。
過去に起こった、そして現在も起こっている「どうしようもなさ」は、きっと終わらせることができる。
雪がいつか必ず止むように。

雪が止んだら、ジュンは韓国のユンヒに会いに行くのだろうか。
会いに行ってほしいな。SF小説好きなおばさんと一緒に。

公式サイト

使用画像はすべて公式Twitter(@dear_yunhee)より。
#ユンヒへ #レズビアン映画 #韓国映画 #LGBTQ

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