お題:人間はみな産まれた時に手に繭を持っていて、その繭とともに成長し、18歳になると繭から自分と違う性別の人間が出てきて、その繭から出てきた人間と結婚しなければならない生き物だとしたらこんなことが起こる




ある少女は、18歳を迎え、繭から出てきたそれを見てとても驚いた。一見すると少年のようだが、それにしては体に何の特徴もなかった。男性であることを示す特徴も、女性であることを示す特徴も。

幼い頃から抱いていた漠然とした違和感が、そのときようやくストンとあるべきところに収まった気がした。自分の体は色々な特徴を持っているけれど、私は何でもない。どちらでもない。

結婚はした。制度に刃向かうのは面倒だった。繭からでてきた何者かは、書類上の婚姻関係だけを結んで自由を手に入れた。今あのひとが、どこで何をしているかは知らない。知るつもりもない。出生率が高いこの国において、子供を産まない選択をしている人間は数少なかったけれど、そちらの選択肢にしたことにも今のところ何の不満もない。

もしかしたら、年をとって、子供や愛する人がいないのを寂しく感じる日が来るのかもしれない。たとえいつかそうなったとしても、それ以外の楽しみはなくならない。この世界には素敵な本も音楽も、見ていて楽しいものも話していて楽しいひともたくさんいる。もしそれらがなくなっても、空や風や草木を眺めながら、おいしいものを食べればいい。

美しい世界に生まれてよかった、と思う。偶然世界を美しく思う心を持って生まれられてよかった。

どうしても悲しくなったら眠ろう。あのひとが残した、ふかふかの繭の中で。


そのときが来るのをずっと待っていた。
「この中にはね、あなたのお嫁さんが入っているのよ。」
「優しくしてあげるんだぞ。」
そう言われて持たされていた繭は、僕の成長より少し早く、どんどん大きくなっていった。基本的に彼女に届く刺激は僕が摂取するものや僕の行動と連動しているらしく、彼女に素敵な女性になってほしくて勉強も運動も頑張った。楽しくおしゃべりがしたいから本をたくさん読んで言葉を覚えたし、一緒に海に出かけたいから泳げるようになった。中学校に入る前からおしゃれもした。誰よりも美人さんになってもらおうと思っていたし、もしそうなったら僕がかっこよくないといけないからなおさら頑張った。

彼女のことを考えると、胸がドキドキした。反応するのは胸だけではなかった。気持ち悪いと思われるかもしれないけれど、これも愛情だから彼女はきっとわかってくれるだろう。そう思いながら、繭に覆いかぶさって体をこすりつけた。彼女以外に興味はなかった。僕の欲望も、愛情も、すべて彼女のものだった。欲望を彼女に、彼女を包み込む繭に向かって吐き出し続けた。いてもたってもいられなくなって、外側をそっとちぎって、口に含んだこともあった。繊維質を強く舌でこすりすぎて少し傷がついた。彼女が僕に働きかけてくれたような錯覚に陥って、欲望がさらにかきたてられた。

18歳になって、繭から彼女がでてきたときは、嬉しくて力が入らなかった。彼女はとても美しかった。透き通る肌、少し高い背に細く長い手足、整った顔立ちの彼女はそれでいて目は優しくて、にこにこしながら僕のことを見つめていた。
彼女をどうやって迎えるか、そればかりを考えて過ごしてきたのに、ひとつも行動にうつせなかった。それどころか、あろうことか僕の体は強すぎる刺激に壊れてしまい、座り込んだ床に大きな水跡を作っていた。最低の出会いなのに、頭は真っ白で心は幸福だった。垂れ流したもので汚れた床に、彼女は躊躇わずに膝をついて、そして僕にくちづけをした。幸福だった。幸福以外の感情はなかった。幸福以外の何の欲望も、興奮もなかった。

幸福は僕が死ぬまで続いた。ついぞ彼女自体に興奮することは出来なかった。彼女に繭に入ってもらったり、僕が繭の中に入ったりして、幸福を薄めながら昔の欲望を呼び起こして、なんとか性的な関係を維持していた。繭の中で果ててしまったときは掃除が大変だと本気で怒られた。そんなさなかですら僕は大いに幸福だった。

彼女より先に死にたくて、体に巣食うものを野放しにした。そんな僕を見て彼女は笑った。目に涙を浮かべていたけれど、それでも彼女は笑ってくれた。

彼女の繭を棺にしてほしい、そう希望を出してみたが、柔らかすぎると断られた。そのかわり、繭を解いて作った糸で衣服を作ってくれるらしかった。彼女が生まれるまで包まれていた繭を身に纏って死んで行けることが嬉しかった。煙と一緒に羽ばたいて、天までも登って行けますように。そんなことを妄想していると、ぱちんとおでこを叩かれた。

「あなたはほんとにさいごまで、私じゃなくて繭のことが好きだったわね」

そんなあなたがとても好きだったわ、と言ってくれたような気がするが、それは僕の勝手な願望かもしれない。


「ねーこれ何の跡?」

時折妻が肩のくぼみを触ってくる。私は左利きでカバンも左で持つのに、右肩の中央に跡があるのはたしかに不思議に思えるだろう。

中学に上がる頃からずっと、肩かけカバンを左に、繭袋を右に持っていた。繭自体にキャスターと紐をつけるとか、繭車に乗せて運ぶとかしたくても、親がなぜかそれを許さなかった。繭車は高いから諦めていたが、正直肩かけで運ぶのはきつかった。肉付きのせいもあるだろうが、最後の1年半くらいは私よりも繭のほうが重かった。
高校でボクシング部に入ったのも、なにか言い訳がほしかったからだった。別に争い事もすきじゃないし、誰かを殴りたいと思ったこともなかった。「トレーニングなんだ」と言いたい、ただそれだけの理由だった。そのせいで体にいろんな傷もついて、これはあの試合のせい、これは練習中のケガ、と思い出を彫り残しているような体になった。そんな理由で始めたわりに意外と性に合っていたらしく、気づけば黙々と大学まで続けていた。


「何の跡だろうな」

苦労したはずなのに、自分の息子にも同じことを求めてしまいそうな、すっかり愚かな父親になった。同じくすっかり母親となった妻がこのくぼみの真相に気づくのは、もう何年か先のことなのだろう。

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