コンビニ




細いストローと店員


コンビニで500㎖の紙パック飲料を買うともらえる透明の細いストロー。あのストローがとても好きで、あれをもらうために紙パックの飲み物を買っているふしがある。近所の100均やスーパーにはあの細さのストローが売っておらず、Amazonで頼めばいいのかもしれないけれどそれも普段頭にはなかなか浮かばなくて、ほしいときに手に入れる手段はコンビニでもらう以外なかった。

咥えたときの違和感が少なくて、少し口の奥まで入れて吸うと冷たい飲み物が喉にダイレクトに届く感じがする。やたらと甘い飲み物が好きなのは、甘さを感じる舌先に触れにくい飲み方をしているからかもしれない、と今更思い当たった。だとしてもこの飲み方を変える気はない。速さもいい。ちょっと吸うだけで、普通に飲むときより遥かに速いスピードで飲み物が喉にぶち当たる。それをその速さのまま通過させる。熱くなった喉を冷たい飲み物が通り過ぎる感覚が気持ちいい。ペットボトルやコップでこの速さで飲むのは難しいし、仮に出来てもそこまで勢いをつけて飲むと物凄い速さで中身がなくなってしまうだろう。細いストローだから速度がつきやすいし、速度をつけて吸い込んでも量としてはそんなに消費されない。ちゃんと長く飲むことが出来る。少しだけ先を噛んでもっと量を減らすこともあるけれど、これはお行儀が悪いので滅多にやらない。


「袋は」
「あ、いりません」


「あ、ストローください」


「あ、細い方ってないですか?」
「ないです」
「あっ、ないんだ」



細いストローないの?そんなことある?このコンビニどんな飲み物にも1ℓパックに足る長さのこのピンクの太ストローつけるの?


店を出ようとした私の背中のほうで、隣のレジで会計をしていた男性客が「あ、ストローお願いします」と言うのが聞こえた。


えっ?私のため?そんなわけないな、でも私と店員の会話は絶対聞こえていたはず(飛沫防止のシートがあったので大きめに声を出したの)だし、少なくともあの男性は真相を知ったんだ。

振り返って男性がもし細いストローをもらっていたら。
さっきの店員は太いストローを渡して取り替えるのが嫌で誤魔化した?「(こちらのレジには今細いストローは)ないです」を省略した?もしそうなら隣からとってくることは出来るのに?後ろに誰が並んでいるわけでもなかったのに?わざわざ細いストローがないか確認する客に対してそんなノータイムで、なんだったら食い気味に「ないです」って言える?百歩譲っていま振り返って隣のレジのお客さんも太ストローを渡されていたとして、太長ストローしか置かないコンビニって何?そのほうが安くつく?そんなことある?逆ならまだわかるけど一本あたりの値段は太長いほうが高いんじゃない?細ストローを置かないのではなくてたまたま両方のレジで切らしていた可能性はあるか。それならまだ運が悪かったと諦めがつくかもしれない、それにしてもあんな食い気味で「ないです」って言わなくてもいいのでは


あたりまで考える頃にはもう私はそのコンビニからは少し離れていた。腑に落ちない気持ちはあったけれど、その日行く場所がカラオケなのを思い出して落ち着くことができた。今から行くカラオケは持ち込みOKだけどワンドリンク制で、私は必ず飲み物を頼むし、そこでたしか細ストローがもらえる。中太曲がりストローのカラオケも多いけれど、今日行くところは細ストローだ。大丈夫だ。よかった。大丈夫だ。まず飲み物を頼んで、それについてきた細ストローで、頼んだ飲み物を先に飲む。その間に買ったこの飲み物はきっとぬるくなってしまうけれど、最初に頼んだ飲み物のグラスにきっと氷が残る。そしたらそこに買った紙パックの飲み物を注げばいい。大丈夫。大丈夫。大丈夫。


店を出ようとした私の背中のほうで、隣のレジで会計をしていた男性客が「あ、ストローお願いします」と言うのが聞こえた。

振り返ると男性が細くて透明なストローを手にしている。

私がそれを見た瞬間、空間が渦を巻くように歪み始める。空気は動きを止めあたりは濃紺とまばらな光に包まれそのままさらに空間だけがぐんなりと渦を巻いて歪み続ける。私と店員は直立した姿のまま無重力のように足先が横に向いたり上に向いたりして、私は白目も黒目もない深緑の目と濁った黄緑の肌と柔らかい管の生えた膨れた頭で店員のほうを見つめている。徐々に大きくなる頭から大きさが変わらなかった肌色の頭皮がずるりと落ちる。私は手に持っているカバンから一度しまった太くて長いストローをとりだしビニールを剥く。

ちうちう ちうちう ちうちう
太くてよく吸えます

店員の脳みそを九割くらい吸い込んで、味に飽きて少し残す。私が店を出たあと、店員は自分が何も変わらないコンビニの中にいることに気がつく。何だったんだあれ、と思いながら再び店員の業務に戻る。足元には少し汚れたピンクの太ストローが落ちている。







普段あまり通らないところだけど今度あのコンビニに寄ることがあったらもう一度ストローお願いしますと言ってみようと思います。

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