奇跡みたいな出会いの話
彼はいつも想像を超えてくる。
初めて行った競馬場が地方競馬場で、その日の平場のレースを走っていた馬のファンになり、その子は地方所属のまま中央競馬のG1に出走することになった。
こんな経験をできる人は、一体世の中に何人いるのでしょうか。
そんな奇跡のような出来事を自分にもたらしてくれたのが、兵庫所属のNAR年度代表馬イグナイター。
今週の日曜日に開催されるフェブラリーステークスへの出走が決まりました。
自分は競馬歴はまだ浅い人間です。
初めて生で競馬観戦をしたのは2021年12月3日。
きっかけは世間のウマ娘ブームもあって周囲の友人が競馬にハマり、自分も物書きという職業上、流行り物の勉強はしておくべきかなと考え、競馬に詳しい友人に声をかけて実際に競馬場へ連れて行ってもらう事になりました。
職業柄平日の方が互いに都合がつきやすいの事もあってか、当時関西在住だった自分が誘われたのは中央競馬ではなく園田競馬場。
友人も園田は初体験だと言っていた気がします。初体験は、少々怖いイメージのある場所に緊張しながらもそれなりに楽しみつつ、どハマりする事はなくても趣味の一つとしてはアリかな、という印象でした。
それが一変したのは第8R。
事前に友人は知人から情報を仕入れていたらしく、『イグナイター』という強い馬がいると聞きました。
パドックで実際に目にすると、確かに準オープンクラスでも抜けた雰囲気を醸し出していたのを覚えています。しかし競馬をまるで知らない自分は、他の馬を買って当たれば配当が高いんだな程度の考えでした、レース前は。
いざレースが始まると、素人の自分でも彼が飛び抜けた存在である事が理解できました。一頭だけスピードが、力強さが、放つ輝きが違う。
直線でグングン相手を突き放し、圧倒的な大差でゴールイン。
『あの子は最高だ! きっととんでもない大物になる!』
大きな衝撃を受けた自分は、そう言って大はしゃぎ。
しかし友人には『確かに強かったけど、現実的には中央の馬には勝てないよ』と返されてしまいました。
その後も他の友人に対しても同じように『イグナイターは最高の馬だ』と言い続けましたが、真面目に受け取ってくれる人はいませんでした、内心ハナで笑われていたかもしれません。
ただ知識を持っている人間からすれば、当時の彼は地方の有力馬の一頭に過ぎず、そう思ってしまうのも仕方ないのは今なら理解はできます。
しかしその後、園田を見ても、他の地方競馬や中央競馬を見ても、彼以上に心を強く惹きつける馬は居ませんでした。
誰に何と言われようと、やっぱりイグナイターは特別なんだ。次の出走レースだった兵庫ゴールドトロフィーは、1人で現地へ赴きました。
ハンデもあるから絶対に勝てる。そう信じて応援しましたが、3着。
大健闘、地元のファンも嬉しそうで。
だけど友人の言葉は真実だったのか。中央の馬には勝てないのか。現実を見せつけられた気分になりました。
その後、競馬はイグナイターを熱心に応援する以外はそれなりの趣味、時々兵庫競馬をやるかな、程度の距離感を保っていましたが。
それが変わったのは2022年3月の黒船賞。
その日、僕は仕事の関係で函館にいました。イグナイターの馬券を買うために港近くの場外馬券売り場までバスに乗って、雪の残る道を歩いて。慣れていない土地で苦労したのを覚えています。
ちょうどレースの時間は仕事中でしたが、何とか抜け出して観戦。
相手にはゴールドトロフィーで斤量差があっても勝てなかったラプタスや、のちのライバルとなるヘリオスがいて、離されての3番人気。
だけど、この日の彼は強かった。番手から4コーナーでラプタスを捉えて抜け出し、直線でも粘って先頭でゴールイン。
それなりに人目のある場所でしたが、最終直線では大声で叫び、渾身のガッツポーズ、スマホを放り出して歓喜。周囲からは相当変な目で見られた事でしょう。
しかしそれだけ嬉しかったのです。
やっぱり彼は特別だった。
みんなの想像を超えて、それを証明してくれた事が。
ここで完全に競馬、というかイグナイター沼に落ちました、どハマりしました。
いつもイグナイターを追いかける日々。全国区の知名度を誇るようになった今と違って当時は情報があまり出てこず、様々な手段でかき集めていました。
高知のレースを除き全て現地観戦。
競馬自体も一口馬主を始め、将来は馬主になってイグナイター産駒を持つのが夢、人生の方向性が完全に変わりました(笑)
イグナイターはその後も活躍を続けます。
黒船賞は特殊な高知の馬場のおかげ、不利な最内枠では厳しいと言われながら、次走のかきつばた記念も快勝して交流重賞2連勝。
その後は交流重賞では勝てない時期が続き、一部では限界説も出る中で復活のさきたま杯勝利。
2度目の南部杯、レモンポップに圧倒的な差を見せつけられ、最高峰の舞台の壁を越えるのは難しいのかと絶望した直後、大井でのJBCスプリントでJPN1初勝利。
悔しさで泣いた盛岡や船橋、嬉しさで泣いた浦和や大井。
振り返ると、どれも印象的な思い出ばかり。
彼はいつでも想像を超える走りを見せて、我々を夢中にさせてくれる。
常識破りの、奇跡のような快進撃を重ね、人々を夢中にさせ、今では出会った当時からは信じられないような数のイグナイターファンがいます。
イグナイターを『中央の馬には勝てない』と言った友人も、気づけば熱狂的な彼のファンになっていて、大井競馬場での勝利の瞬間には自分と共に泣き叫んでいました。
迫り来るフェブラリーステークス。
交流重賞とは条件の異なる舞台、どんな結果が待っているのかは分かりません。
それでも、どんな形であれ、イグナイターは想像を超えた走りをみせてくれる。
そう信じて、2月18日は東京競馬場で精一杯の声援を送りたいと思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?