かめこ展Vol.15

この度はかめこ展Vol.15にご来場頂きありがとうございます。
気が付いたらもう15年目の開催になりました。
少なくとも15年以上趣味が続いてるって我ながらすごいなってふと思いました。

さてここからは作品説明というかキャプションというかほぼ雑談になります。少々長いですがお時間あればお付き合いください。

みなさんは写真と聞いて何を思い浮かべますか?
高い機材でしょうか?
綺麗な風景でしょうか?
七五三や運動会などの成長記録でしょうか?
SNSでのステマ映え写真でしょうか?
上手なレタッチでしょうか?
それとも可愛い女の子でしょうか?

楽しみ方はそれぞれなので色々あるとは思いますが、写真は”自称カメラマン”の枠に収まるものではなく、スマホで子供から老人まで簡単に撮れる時代になっていました。
自分が丁度写真を始めたのはフィルムからデジタルに変わるタイミングだったり、気が付いたらスマホ一台で使い方によっては一眼もレタッチソフトもこなす最強カメラが誕生していました。
写真を撮ってもらうならプロの人、写真を撮ってもらうなら素人でも高い機材を持ってる人、そこからさらに時代が急速に変わっていくのを体感しました。

写真を撮るなら高い一眼じゃなくても十分。
盛って一番すきな角度で撮るなら自撮りで十分。
楽しく思い出残しながら撮るならチェキで十分。

色んな写真の楽しみ方が、いわゆる高い機材を買ってカメラを趣味にする人以外でも簡単に撮れて、高いレタッチソフトを買わなくても、無料のアプリで簡単に加工できて、SNSの発展により”写真を撮る”という事がより身近になって誰もがカメラマンで誰もがモデルになって、、いつでも誰でも発信出来て、カメラ雑誌送ったり展示をしなくても不特定多数の人が見て、いいね!の数が評価になる世界に変わりました。

それでも高い機材を使ってポートレートに限らず、風景やスナップなどを撮り、私たちのように展示をして一部の人に向けてのみ発信をする人がいるのはなぜでしょうか?
自分が思うにそこに表現へのこだわりと人間関係というアナログの繋がりがあるからだと思います。
自分が展示を続けたり見に行くのもデジタルな世界じゃなくて展示する写真へのこだわり(セレクト、印刷、額装、レイアウト等)そこにその人の熱量と情熱を直接感じてそれについて直接話せるというアナログ世界が好きだからだと思います。

では表現とはなんでしょうか?
Wikipediaで調べると”自分の感情や思想・意志などを形として残したり、態度や言語で示したりすることである。”とあります。
自分が思うにそこに、自己表現と同時に自己満足もあると思います。
自己満足や承認欲求という点に関してはSNSの方が当然強いですが。

”それはあなたの感想ですよね”となりそうですが、SNSで写真を見ても自分の場合特にポートレートに関してはあまり伝わってくる事が少ないように感じてしまいます。(自分の感性が足りたないとか好き嫌いは置いておきます。)自分自身自己満足はあれど承認欲求は少ないのでSNSで見てもらいたいというがなく、撮影や展示を通して直接人と触れ合うのが楽しいから余計にそう思ってしまうかもしれません。

でも表現する、相手に伝えるというのはやっぱり難しのか、”女の子”への感情が写真への情熱を上回るのかわかりませんが、色々な写真展等での感想でよく聞くのが「モデルさんがかわいい」「モデルさんの表情がいい」「楽しそうに撮影している」「関係性が見える」といった非常に抽象的な言葉です。
きっと撮影した方は何か意図やテーマやこだわりがあって撮影しているはずです。”写真の感想”ではなく”女の子の感想”になり、このような感想をもらったとしたら、「自分の意図が伝わる撮影ができていない」または「見る側が意図やテーマを見出そうとせず、まずモデルさんの容姿だけを見る」といった事が考えられます。
上記をテーマにしていたらそれは正解なのですが、ほとんど聞いた事がありません(自分が聞かないだけというのもありますが)。
どうしてこのモデルさんを選んだのか?どうしてこの衣装にしたのか?どうしてこの写真を選んだのか?どうして場所を選んだのか?見るポイントはたくさんあるはずです。
しかしながら、実際に写真展で作家さんとお話ししても、「このモデルさんは・・・」みたいにモデルさんの説明をされて、”聞きたいのはそこじゃない”っていうのも事実です。それを聞くと「モデルさんがかわいい」がその人に撮って正解なのかもしれません。

女性ポートレートなのでまず一番最初に顔に目が行くのは至極当然な事だとは思います。しかし、写真を解釈するにあたって必要な要素よりも、容姿やスタイルの好みを優先されて見られてしまった場合、その壁を壊すのは非常に難しです。
昨今の展示に思うのはカメラマンの展示と謳うならば、モデルさんの容姿に左右されず撮影者の人間性が出て、その写真から撮影しいている人の思考や性癖、感情がイメージ出来るような強い写真が理想だと考えています。
ついでに書くならSNSで展示の告知でよく見かけるような”今回のモデルは○○さんです”みたいのを見かけると、モデルを見にきてほしいのかと思ってしまいます。(これはさすがに怒られる(笑))
自分が思うに写真にキャプションもポエムもいらないと思っています。
”文字で語るな写真で語れ!”
ここまでダラダラ書いて何の説得力もないですが・・・
作家さんの感情も伝わらずモデルさんかわいすきすきちゅっちゅみたいな妄想ポエムキャプションが多い展示を見てると写真は良くてもちょっと残念に思います。
ついでに書くなら、作品撮りという名目でモデルさんを脱がせて、わざわざラブホで撮って、アート性も作品性も伝わらなくて、本当は女の子のとラブホ行って脱がして自己満足みたいなむっつりスケベが見え隠れするとまったく面白くないです。
あ、言い過ぎましたすみません。

もちろんモデルさんあっての作品です。モデルさんがいて初めて私たちの写真の世界は成立します。
モデルさんへの感謝は当然必要ですが、カメラマンの作品として表現するなら、モデルさんを推して全面に出すのではなくもっと自分を主張して欲しいなと感じています。
モデルさんの良さを引き出すのはカメラマンの当然の事だと思いますが、自分の表現写真ならむっつりしてないで自分の感情や思考に素直に表現すべきだと思います。
このモデルさんが大好き!ならもっとその大好きを恥じる事なくかっこつける事なく気持ち悪いと思われるくらい表現すればいいと思います。
可愛い女の子が好きならもっと可愛い女の子が好き!っていう感情や性癖を表現すればいいと思います。
”ぼくは女の子大好きです!”と(笑)

長くなりましたがこんなテーマで今回は撮影しました。

”写真は自由”

むっつり撮ってないで、感情も情熱もぶちこんで、機材とか関係なく写真を楽しんでモデルさんに感謝を込めて自己表現しよう!
つまり、もっとバカになれ!

以上長々と書きましたがお付き合い頂きありがとうございました。
どうぞお体ご自愛下さいませ。

またどこかでお会いしましょう。

わたる 

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