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店員さんの村上さん

 ドリンクはいかがですか、と聞かれて、店員さんの村上さんにオレンジジュースを注文する。自分と同じ苗字の名札。イオンモールのサブウェイ。大人になってまでオレンジジュースを頼むんですか、年相応にコーヒーとか飲めないのかな、なんて思われてそうでドギマギしてしまう。もちろん村上さんは顔色を変えることなく(嘘。メニュー表に視線を落としたままだから顔を見ていない。でも少なくとも声色は変わっていなかったし嘘じゃないかも)、合計金額を告げて、持ち帰り用の梱包を始めた。

 そうか、この状況に気づいているのは俺の方だけなのか、と思い至ったのは、早々に千円札をトレーに載せたときだった。いまオレンジジュースをカップに注いでいる彼女のように俺は苗字を晒していない。「同じ苗字ですね。俺も村上なんですよ」なんて話しかけようかと思ったけど、すぐに打ち消す。エゴに巻き込むのはよくない。こちらに振り返った彼女からお釣りと紙袋を受け取る。店から離れる。


 立体駐車場に止めてある自分の車の中で食べようと思って持ち帰りにしたのだった。エスカレーターを探して歩きだす。休日のイオンモールには人が戻ってきつつある。もしかすると、このイオンモールの中に他にも村上さんは居るのかもしれない。ただ、さっきの、同じ苗字を持つ客と店員が向き合う確率はどのぐらいなんだろうと思う。


 車の中に帰って、紙袋からオレンジジュースとBLT(Bacon Lettuce Tomato)を取り出した。十回ぐらいサブウェイに行ってるけど、ずっとBLTを頼んでしまう。失敗したくないのだ。守りに入っている。でもサブウェイで攻めるのも違うくないですか?オレンジジュースとBLTを助手席に置いた。さっきの確率は見当がつかなかったけど、たぶんそういう話じゃない。俺の今までの人生でそうない出来事だった。だから、感動かそれに似た何かは確かにあって、持て余しながら美味しいBLTを食べ進めていく。

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