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ドアコックの正しい使い方とは

ネットの有名人、自己防衛おじさんが人身事故にて駅に停車中、自己判断でドアコックを扱い降車したことで議論が起きている。大半の意見は「ドアコックを扱うと危険な上に運転見合わせが長引く、指示がなければ使ってはならない」とのことだ。果たして本当にそうだろうか。

(※以下、私の経験にもとづきますが感想です。全て正しいとも限りません。また、会社や車両によりドアコックの仕様は異なります)

もちろん、基本的にはドアコックはみだりに使ってはならない。また、今回のように駅のホームにかかって停車している場合ではなく、駅間に停車している場合は自己判断で降車するのは危険だ。
駅間に停車中にドアコックを操作すると、ドアが開いているという通知が乗務員にいき、防護無線発報(周囲の列車を停止させる手配)となる。
ドアが開いているため、線路内に人がいる可能性が高く、他の列車が運行したままだと人身事故につながり大変危険なためだ。
こうなってしまうと、線路内に人がいない確認が取れるまで運転見合わせ、人がいるかどうか分からなくなってしまった場合は徐行での運転となる。
これが「運転見合わせが長引く」の理由だ。

しかし、今回の場合、自己防衛おじさんの乗車していた列車は大船駅での人身事故の当該列車、さらに列車の一部はホームにかかっているという状況である。ドアコックを扱って「線路」に降りるのは危険だが、「ホーム」に降りるのは危険ではない。むしろこの場合、最終的に職員がドアコックを扱い、ホームにかかっている車両から乗客に降車してもらうことになる。また、人身事故の際に防護無線を扱うので元々周囲の列車も止まっている(ただし支障がない路線は順次運転再開する)のと、結局負傷者の救出で線路内に関係者が立ち入るため、運転再開時に線路内に人がいないことを確認する。なので、周囲の列車も止まるだとか、運転再開が余計に遅れるということが今回本当に起きたかは少しはあるかもしれないが微妙なところだ。

自己防衛おじさんによると、乗務員は「降車しないで下さい」の放送を繰り返していたとのこと。人身事故発生からどのくらいの時間が経過していたかは不明だが、乗客の心理としてはこの状況でずっと待てと言われても「いや、駅にいるんだから降ろせよ」となるだろう。

人身事故が発生した際、乗務員が完璧な対応をとることはまずできない。そして発生した瞬間にやるべきことが大量に発生するので、乗務員もパニックになるかもしれない。降車させる手配は後回しになってしまうこともあるだろう。
私自身、2年車掌をやってこのような場面に遭遇したことはない。そのため、実際のところ経験がないのでどうするのがベストかは分からない。みんなそういった状況で乗務している。そもそも人身事故は事故によって状況は千差万別であり、事前に完璧な対応を準備することも難しい。
実際に人身事故などの稀にしかない対応を終えた後は「こうすればよかった、という反省点は多々あるけど、とりあえず何とか対応は終えることができた」といった感想で終わるものである。

そういった前提ではあるが、今回の状況はどうだっただろうか。車掌視点で考えてみる。ホーム進入時に人身事故とのことなので、列車の前方がホームにかかっており、後方はホームにかかっていないだろう。人身事故発生時、急ブレーキで停車するが、最後部の車掌側では正直、何が理由で急停車したかは分からない。その後、運転士が無線で指令に「人身事故です」と連絡する。車掌もそこで人身事故と分かる。基本的には指令の指示のもとで乗務員は動くが、指令とのやりとりは無線の音声でのやりとりのみ。指令に状況を全て把握してもらうのが難しい。どうしてもやり取りは長引く。ホームにかかっているドアをドアコックを扱って降車の誘導をすることも、基本的には指令の許可を得てからだ。また、負傷者の救出が最優先なので、運転士は指令に一報を入れたら負傷者の救出に向かう。車掌は状況によって、救出に向かう場合もあるし、車内に残り案内に努める場合もある。今回は車内に残っていたようだ。

私自身、降車誘導はやったことがないが、恐らく以下のような流れになるだろう。まずは「状況の確認を行なっているので車内でお待ちください」と放送。指令に「ホームにかかっている車両のドアを開けます」と一報。ただ、指令に「まだ詳しい状況が分からないので待ってください」と言われることもあるらしい。ここが最も何とも言えない部分だ。
ただ、指令の他に駅員にも一報を入れて降車させないと、降車した乗客が駅員のもとに押しかけて駅員側が大パニックになる。しかし、車掌から駅員に直接連絡する手段は基本的にない。車掌→指令→駅員の順で「人身事故なのでドアを開けて誘導します」と伝達。駅員は可能であれば当該ドア付近に誘導する人を手配したり、改札等の職員に状況を周知。今度は駅員→指令→車掌の順で「駅員は降車誘導することを承知しました」と伝達。これだけでもそれなりに時間がかかるだろう。
その後、「乗務員がホームにかかっている扉を開けます。ただ、お客さまが前寄り車両に今すぐに移動してしまうと乗務員が移動できないのでもう少々お待ち下さい」と放送。車内を通り抜け、ホームにかかっている車両へ向かう。ドアコックを扱いドアを開ける。最後部に戻り、放送で「○号車のドアを開けておりますのでそちらから降車して下さい」と案内。

今回は「危険ですので降車しないで下さい」の放送があったとのこと。指令から許可が出なかったり、連絡に時間がかかっていた可能性もある。一方で基本的にドアコックは本当に非常の場合に扱うと訓練・教育がされているので、どうしても「極力扱ってはいけない」という気持ちが先行してしまい、そういった放送になったことも考えられる。今回のTwitterでも「扱ってはいけない」というコメントが多数だったのもそういった理由だろう。
ただ、人身事故でホームにかかっている場合は最終的にはドアコックを扱う場面だ。「でも本当に扱って良いのだろうか。もしダメなことをやってしまったら罰せられる。どうすべきか...。ドアコックを扱わなければとりあえずは人が線路内に降りてしまうということはない。とりあえず降車しないで下さいと放送しておけば間違いではないだろう。」そう考えてしまってそのような放送になったかもしれない。私も実際にその現場に当たったらそうなるかもしれない。

本来は人身事故と確定した時点で、1時間前後は動かないことが確定するので速やかに降車の誘導をすべきだろう。それをスムーズに行うのはなかなか大変だが、あまりにも時間が経ってしまったら乗客がドアコックを扱って降車し始めるのも無理はないだろう。人身事故の際の訓練は定期的に行ってはいるものの、状況は毎回異なるので完璧にはできない。もちろん今回も速やかに降車の誘導の準備を行なっていたが、時間がかかっていたのかもしれない。しかし、単純に降車誘導が後回しになってしまった等の理由であれば、訓練等でスムーズに降車誘導できるよう徹底すべきだろう。

また、少し論点はずれるかもしれないが、ドアコックを扱うと線路内に人がいるかもしれないので周囲の列車を停止させるというのは分かった。では、窓から車外に出た場合は?京王線の放火事件でも、窓から車外に避難している乗客もいたのは記憶に新しいだろう。しかし、窓から人が外に出ても、それを把握する仕組みは何もない。そのため、窓から車外に出ても、乗務員が目視で確認していなければ人が出ているということも分からない。それなのにドアコックでドアが開いている場合は危険なので周囲の列車を止める、というのは矛盾というか規則の盲点というか...あんまり良くないのではないかと感じている。窓から車外に出る人がいることをあまり想定していないのではないかとも感じる。昔から列車の窓は開けることができたが、あまり一般の乗客には知られていなかった。近年の換気の推奨により、窓が開くことが周知され、京王線の事件でドアコックの存在も大きく認知された。異常時に車外に出るには窓かドアコック、という認識をもった乗客は数年前より格段に増えたであろう。
また、職員がドアコックを扱って降車の誘導をしている際に、全然関係ないホームにかかっていない号車のドアコックを乗客が扱って線路内に降りたとしても、これも乗務員が目視していない限り分からない。

最後に念を押すが、自己判断でOKだと思ったらドアコックをどんどん使おうということではない。基本的には職員の指示に従うべきだ。

ただ、現実にはそうもいかない状況になることも多々ある。果たしてそれを前提として降車誘導するマニュアルは作られているのか。私自身は退社してから3年ほど経つので現状どうなっているかは分からないが、恐らくあまりそのあたりは想定されていないのではないか。今後は乗客がドアコックや窓から降車するという意識を大いに持っているという前提で、どのように対応するかの仕組みを考えていくことが必要だろう。

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