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まちづくりに取り組むようになった経緯

こんにちは、岡﨑です。

実は最近、まちづくりのための会社を設立しました。

ありがたいことに「どうしてまちづくりをやってるんですか?」と、興味を持っていただくことが増えたので、noteにまとめてみようと思います。

事前にお伝えすると170%自分語りなので、興味がない方はブラウザバックを推奨します。

ご興味がある方は、ぜひ読んでいただけますと幸いです。

廃れる地元を尻目に大学へ進学

1995年に山形県山形市で生まれ、高校を卒業するまでずっと地元で過ごしていました。

山形市は県庁所在地ではあるものの、ご多分に漏れず高齢化・人口減少で、新幹線が止まる駅前ですら物寂しい雰囲気に。

調べてわかったのですが、ぼくが生まれた1995年から年少人口(15 歳未満)と老年人口(65 歳以上)の逆転が始まったみたいです。

当然のように、生まれてから大人になるまで徐々に衰退し続けるまちで育ちました。

とはいえ、ただの平凡な高校生。

「まじ廃れてんなぁ」くらいの感覚で、若干の課題感だけ抱えたまま、大学進学を期に山形を離れ茨城でひとり暮らしを始めました。

ちなみに山形県は2020年に、47都道府県で唯一デパートのないまちになってしまいました。なんとなく感じていた衰退感は本物だったみたいです。

”地方創生”という言葉が生まれた2014年

大学に進学した2014年。

第2次安倍内閣で、地方活性化に関する取り組みが掲げられ、初めて”地方創生”という言葉が生まれました。

増田レポートなるものが発表され、”消滅可能性都市”という言葉が生まれたのもこのときです。

ぼくはたまたま受講していた大学の講義で「地方消滅」という本を題材にディスカッションをする時間があり、そこで”地方創生”や”消滅可能性都市”という言葉に触れました。

なんとなく地元に対する課題感だけはあったので”まちづくり”に少しだけ興味を持った瞬間でもあります。

その後、大学3年になり地方活性化・まちづくりに関して学べるゼミに入り、ちょっとしたワークショップなどに参加することに。

当時全国の地方創生界隈で話題になっていた「リノベーションまちづくり」に参加し、ボロボロの建物がリノベーションで蘇り、地域の人の居場所になることにおもしろさを感じていました。

何もできない自分は個人の最適を求めて進路を決める

まちづくりおもしろそうだな…リノベいいな…

心の中ではこんなことを思っていましたが、まじで平凡な学生の自分にできることは何もありませんでした。

さて就職はどうしようか。

スキルはない、ノウハウもない、憧れはあるものの大してバイタリティもない。

地元山形に帰ることも考えましたが、就職の選択肢がありませんでした。

「地元に仕事がない」という理由で地元に帰りたくても帰れない人はわりといるんだろうなと感じた瞬間です。

正確にいうと選択肢はあるものの、「国立大学を出たことに見合う仕事がない」と、今思うとクソほどどうでもいいプライドのようなものが邪魔をし、地銀か公務員くらいしか考えられませんでした。

とはいえ、地銀も公務員も年功序列の働き方なので、自分には合わないと思い選択肢から外すことに。

まちづくりがどうのこうのというより、自分の中での最適しか考えず、東京での就職を選びました。

最終的に不動産仲介会社に就職することになるのですが、不動産仲介を選んだ理由はわりと雑です。

リノベいいな→不動産に関わりたいな→不動産業にするか

こんな感じです。

もう少し詳しくいうと、時代の流れ的に「ディベロッパー(開発)」よりも「中古不動産の流通」のほうが合っていると思い、不動産仲介に決めました。

現在の延長線上に理想がない苦しさ

超富裕層地域の東京都港区の事務所に勤めることになり、最初の1年は新鮮さであっという間に過ぎていきました。

有名YouTuberや芸能人、各業界の重鎮が住むタワマンなどにも入れて「スゲー」って言ってたら1年が終わりました笑

もちろんそこそこハードに営業をやっていましたが、職場の仲間にも恵まれ楽しく過ごせていましたね。

ただ、2年・3年と経過するに連れて、徐々に違和感が。

東京での生活がまったく楽しくないんです。

休日は家でダラダラとYouTubeを眺める生活。

どこに住んでいても変わりありません。

田舎出身ということもあり、自然やレジャーが好きなのですがコンクリートジャングルに囲まれ、若干疲弊していた気がします。

「ホントは自然豊かな田舎で生活したいんだけどな」

でも今の仕事をどれだけ頑張っても、田舎で悠々自適に暮らす理想の状態にはたどり着けません。定年後であれば別ですが…

その現実がかなりのストレスでした。

活路を見つけ、独立・移住

違和感のある生活を送る中、SNSを眺めていると、パソコン1つで生計を立てるインフルエンサーの投稿が目に留まりました。

「いいなぁ」

ノマド的生活に強い憧れを感じ、自分にもできないかとひたすらやり方を調べる毎日。

そんなときに訪れたのが、コロナです。

コロナで客宅に伺えない、それでも付きまとうノルマ。

在宅ワークなども増えて、ゆっくりと考える時間が生まれました。

営業成績は特別に良いわけではないので、歩合制が強い今の職場で10年・20年とやっていけるのかという不安。

強い憧れを感じるノマド的生活。

かなりの不安はありましたが、自分にもできそうという理由でWebライター(SEOライター)の副業をスタートしました。

正確にいうと、プログラミングと動画編集、ブログをすごい短い期間で挫折し、消去法でのWebライターです。

ただ、消去法で始めたWebライターがわりとハマり、1ヶ月で初案件を受注し、半年ほどで月5万円の副業収入を得られるように。

副業(週2稼働)で月5万だから、フルで働けば月20万はわりとイケるのでは?

浅はかな目論見が立った段階で退職届を提出し、3年ちょっとの会社員生活に別れを告げてフリーランスとしての生活がスタートしました。

ちなみに社会人2年目で結婚していたので、妻(パート職)の同意を得て独立しました。

普通OKしないと思うのですが、まじで感謝です。

その後、田舎好きのぼくの感性と、夫婦での将来像がマッチし、妻の地元である茨城県鉾田市に移住することに。

また訪れる違和感

はい、お気づきになったと思いますが「まちづくりどこにいった」って感じですよね。

実は会社員でハードな生活を送るなかで、徐々にまちづくりへの関心が薄れていたんです。

怖いですね。

石の上にも三年という言葉がありますが、三年もすれば自分が志していたことはスッカリ忘れてしまうんです。

長くなるので割愛しますが、Webライターとして独立してからの2年ほどは会社員時代以上にハードだった気がします。

自分が稼働しなければお金を稼げない不安があり、毎日朝から晩まで執筆し続けていました。

正直憧れていたフリーランスとの生活とはかけ離れていましたね笑

でもやっぱり強いストレスを受けると、また内省が始まるんです。

「あれ、自分このままで良いのかな」と、真剣に考えるように。

本当にやりたいことは何だっけと改めて考え、思考が「まちづくり」に戻ってきました。

ちょっとパワーアップした自分

「まちづくりに関する取り組みをしたい」学生時代にも考えていましたが、当時はスキルもノウハウもないので何もできませんでした。

でも今は学生時代の自分とはちょっとだけ違う自分がいます。

何ができるか悩みましたが、SEOライティングのスキルで集客の役に立てるし、田舎ではWebの知識に疎い企業が多いので、Webマーケティング全般を学べば地元の企業をサポートできるのではないかという結論に至りました。

地元に仕事がなく、地元に帰ることを諦めた自分。

逆に言えば、地元に仕事があれば若者が帰ってくるのでは?

つまり、ぼくが地元企業や新規創業の支援ができれば、地方創生に繋がるのでは?というロジックです。

「あ、いろいろ繋がったわ」

スティーブ・ジョブズの「Connecting the dots」ではありませんが、それに近い感覚に陥りました。

運命的な出会い

まちづくりに取り組みたいけど、何から始めればいいかな。
今の住まいは自分の地元でもないし、最初のアクションが難しいな。

そんなことを考えていたときに、住んでいる地域で「地域プロデューサー養成講座」なるものが開催されていることを知りました。

地域を元気にしたいと考えている人が集まっていることを知り、自分も申し込むことに。

そこで出会った方々と、毎月ミーティングを行い、約7ヶ月後に複数のメンバーと法人を設立しました。

さらには、行政と連携して「地域プロデューサー養成講座」を開催していた企業の代表から個人的にお声がけいただき、業務委託として全国のまちづくりに携われることに。

全国のまちづくりに携わり、そこで得たものを地域に還元していく、そしてまた全国に繋げるという流れができました。

まずは、現在住んでいる茨城県鉾田市でまちづくりに取り組み、全国の自治体・地元山形へと活動の幅を広げていこうと考えています。

現在の取り組み

まだ生まれたての子鹿のような状態ですが、地域の中学校や高校の探究学習にお邪魔したり、カフェの集客支援をしていたりします。

あと、中学の先生と一緒に空き家を活用したり。

文科省主導のDXハイスクールで採択された地域の高校で授業をすることも決まっています。

ひたすら引きこもって仕事をしていた自分が、たった数ヶ月で地域のいろんな方々と関われるように。人生なにがあるかわかりませんな。

まぁこれからもいろいろあると思いますが、マイペースに頑張っていきますので、ご興味のある方はこそっと応援していただけますと幸いです。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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