見出し画像

なぜ「線スケッチ」に魅せられたのか。作品を例に考えてみます

はじめに

 「線スケッチ」と言われてもピンとこない方もおられると思います。一般には「ペン画」といわれ、「ペンスケッチ」でも通ると思います。「線スケッチ」とは、私が師事した永沢まこと氏が、ニューヨーク在住のときに自ら見つけた方法を、一般のペン画と区別する意味で名づけました。

 ペン画では、万円筆、ボールペンや近年開発された様々なペンが用いられますが、「線スケッチ」で使うペンは、線幅が一定ではなく、水性顔料で、乾くと耐水性になるサインペンで、ペン先がフェルトでできた丸みを帯びているものを使います。その理由は、後で説明いたします。彩色は、透明水彩を使い、線を活かすように塗ります。

実作から感じとる「線スケッチ」の魅力

 それでは百聞は一見にしかず。まずは私の作品を見ていただきます。(見出し画像も) 大阪のとある近代建築で、昔は消防署だった建物ですが、現在イタリアレストランになっています。

大阪レトロビル124

 最初に、私が思う「線スケッチ」の3つの魅力を挙げてみます。

1.現場で実物を見て、下書きせず、決断したら思いきって描く爽快感。
2.目に見えるすべての存在を線だけで紙に描きとる、まるで神になったような気分。
3.透明水彩の重ね塗りによる、明るさ、鮮やかさ、透明感、そしてみずみずしさ。

 どれも感覚に関するものなので、言葉でお伝えするのは難しいのですが、以下、実作をもとに説明していきます。

 まず、塗る前の線描をお示しします。

大阪レトロビル086

1.実物を見て、下書きしないで、思いきって線を引く爽快感

 見てお分かりのように、建物の縦のリンカク線や電柱は直線ではなく、かなりよれ曲がっています。それは、現場で立ちながら、下書きや定規を使わずに、直接水彩紙にペンで描いたためです。

 もちろん、下書きせず線を引くのは、最初の頃は恐怖でした。実際、何年たっても縦の線を引くときは、必ずよれ曲がります。けれども、いつのころからか、それは気にならなくなりました。むしろ、迷いのない思いっきりの良い線を引くことを心がけています。

 ではこの爽快感はどこから来るのか

 理由は二つあると思います。一つは「視覚と聴覚の連動」、そしてもう一つは「身体感覚(運動感覚)」です。この文字を見た方は、驚かれたかもしれません。絵に「視覚」は分かる。けれども「聴覚」や「運動感覚」が一体何の関係があるのかと。

 実は関係があるのです。まず「視覚と聴覚の連動」ですが、私は、絵だけでなく、紙の上にペンで文字を書くときも快感を覚えます。ペンを紙の上を走らす時、ペンは紙を削りながら動いています、ですから、かすかながら音を発しています。そして紙の抵抗に逆らいながら動いているのですから、当然その抵抗感は指から腕を通り脳まで達しています。

 理由は分からないのですが、このペンを滑らす音が、視覚と共に脳に快感を与えているのではないかと私は思います。

 以上の推測に対して科学的な証明があるのかどうか調べていません。しかしペンを走らす音が国籍問わず人々に快感を与えている状況証拠があります。

 実はYou Tube 上で、ペンと紙を大写しにしてBGMもなく20分近くひたすらペンを動かし続ける単調な動画を何十万人という全世界の人々が視聴し、多くの「いいね」ボタンをもらっているのを見たことがあります。
 コメント欄を見ると「ペンを滑らすときの音が何とも言えず心地よい。なぜかはまってしまう。」という文章が数多く並んでいました。

 20分近く視聴者はひたすら音を心地よく聴いていたのです。まさに「聴覚」の効果です。

 ですから、私の推測はかなり妥当な推測ではないかと思います。ペンを走らすときの音の心地よさはどうやら万国共通のようなのです。

 書家の石川九楊氏がいう「筆蝕」、紙を削る、蝕む爽快感

 次に「身体感覚(運動感覚)」についてです。前項で述べたように、文字や書を書くときは、指先から腕を通して、ペンや筆が紙を押しながら動くので、反発する力を脳は感じているに違いありません。いわば、ペンを動かす時の抵抗感覚です。

 実は今から11年前、私のブログ「線スケッチの魅力」の中で「線描における「筆蝕」」と題して記事を書いたことがあります。

 注意していただきたいのは、「筆」ではなく「筆」であることでせす。この言葉は、書家の石川九楊氏の著書「書とはどういう芸術か 筆蝕の美学」(中公新書 1994)のタイトルに使われており、石川氏の造語です。 
 以下、ブログの文章を引用いたします。

中でも、第一章「書とは筆蝕の芸術である」の「筆蝕とは何か」の節において、以下に示すフレーズの中に著者の主張が簡潔に述べられています。
「「肉筆」の「書きぶり」の中に書の美を云々する何かが書き込まれている」
「「書きぶり」とは作者の書字する姿ではない。また、定着された書字の姿=造形でもない。それは作者が手にした筆記具の尖端と紙との関係に生じる劇(ドラマ)である。その劇をここでは、「筆蝕」と名づけることにする。」
さらに続けて著者は、「筆蝕」は、二つの要素から成り立つとします。
「書き手から筆尖に加えられる力と対象から反発する力を筆尖から逆に感じながら書き進む関係に生じる摩擦、筆触(触)が第一。目をつむっても文字を書けないわけではないが、通常その筆触は目で見ることによって絶えず微調整され、制御されているから、その墨跡(蝕)を視認することが第二。第一の「触」と第二の「蝕」の両者を併せた概念がここでいう「筆蝕」である。」

 石川氏は、書を書くときに「手にした筆記具の尖端と紙との関係に生じる劇(ドラマ)である。」とまで言っています。まさに私の場合もペン先と水彩紙との関係に生じる劇を感じ取っていたのです。腑に落ちました。
(ブログの記事全体を読みたい方は、ココをクリックしてください。)

 さて、線を引くときの爽快感はペンと紙との関係だけではありません。ここで線を引く動作を考えてみます。
 絵を習い始めたばかりの人は、書きなれた筆記具を用いても、思うように手が動かないことに驚きます。こんなはずはないと。実は字を書くときと違って、手は一点に固定して線を引くのではなく、大きく滑らせて引かなければなりません。しかも始点にペンを置いてから引き終わりまでコントロールしながら線を引くことになります。最後に、決められた位置の終点で引き終わるには、止めなければと思ったところで動きを止めなければなりません。

 最初はうまくいかず苛立ち、不快感や悔しさで一杯になります。ですが諦めず、ペンを持つ角度、握りしめ方、腕と手足の動かし方の練習を続けると、思ったように線を引けるようになります。すると苦痛が快感に変わってきます。

 これは、何かしら道具を使って一人で行うスポーツ、例えばスキーやゴルフ、あるいは自転車や自動車の運転に似ています。最初は思うようになりませんし、それを人のせいにすることはできません。けれど上手くなるにつれ、自己責任で操ったり操縦することの満足感、快感が出てくるのと似ています。

もはや格闘技

 以上は、指先や手、腕の運動に対する感覚ですが、私の場合もう一つ「立って描く」ことから生まれる身体感覚があります。
 最初に示した作品は、水彩紙のサイズがF3ですので、それほど全身を動かしませんが、F6以上全紙大の水彩紙を使う時にも、私は立って描いています。
 すると大きいサイズであればあるほど手足腕のある上半身だけでなく、腰を落とし脚を少し開いて、身体全体を回すように描く必要があります、こうなると、モチーフを相手に格闘している感覚、もはや格闘技です。
 この意味で、「線スケッチ」はスポーツでいう「ハイな気持ち」を味わうことが出来るのではないでしょうか。

 線スケッチではペン先に圧力をかけて線幅を広くしたり、力を抜いて狭くすることにより、線に表情をつけることができます。
 いわゆる肥痩線ですが、先ほど述べた現場で格闘している間に起きるモチーフに対する様々な気持ち(トキメキ、憧れ、感動など)を線に乗せて表現できるのです。しかも誰の線でもないオンリーワンの線で。

 これほど気持ちの良いことはないと思いませんか? ただし、そのままでは、自己満足におわるので、必ず作品を他の人に見せる必要がありますが。

 最後に、自分の責任で線を引く潔さ、決断力から来る爽快感に触れます。

 「線スケッチ」では、下書きしないと言いました。これは、失敗できないという恐怖心もありますが、逆にうまくいくと、これほど気持ちいいものはありません。
 鉛筆で下書きしてから線を描く場合、正確な線になるかもしれませんが、あくまでそれはなぞった線で、おどおどとしてスピード感もなく、潔い線になりません。見る人はすぐにそれを察知してしまいます。
 一方、少々ひずんだり曲がったりしても、自ら決断し、思い切って引いた線は、活き活きとして潔く、気持ちのいい線となって他人にもそれが伝わります。

 個人的には、これが一番気持ち良い魅力になると思います。

2.目に見えるすべての存在を線だけで紙に描きとる。まるで神になったような気分。

 「線スケッチ」では、現場でよく観察して、見える限りのあらゆる存在を紙に写し取っていきます。しかも、平板な二次元模様としてではなく、あたかも立体物があるかのように写し取って行くのです。

  これは、線スケッチに限らず、具象画ならどの絵画技法でもいえることですが、ペンで描く場合、描いたその場から形がくっきりと表れ、見えている物モノが、次々と写し取られていく様を観察することができます。数時間内に、あらゆるものが紙面に写し取られていくのです。

 私はまるで創造主になった気持ちがします。

 なぜなら線で紙を埋め尽くしていくとき、一つの町や国をまるごと創っている気分になるからです。
 紙面に宇宙を創る。良い言葉ではないのですが、「征服欲」、「支配欲」、「独占欲」に近い感覚なのかもしれません。もっともそれらを感じるのは男性だけかもしれません。少なくとも私は出来上がるととにかく気持ちが良いのです。

 昔シムシティーというビデオゲームがありました。記憶では、画面の中では誰にも邪魔されず、何もかもが望むままに都市を創り上げていくのです(今は進化して思うがままではない可能性がありますが)。線スケッチも実は同じことをペンで行っているのですから、快感がないはずがありません。

3.透明水彩の重ね塗りによる、明るさ、鮮やかさ、透明感、そしてみずみずしさと

 いよいよ透明水彩による彩色です。冒頭の、彩色した絵をご覧ください。

 「線スケッチ」では、彩色は透明水彩絵の具で線を活かすように塗り混色は原則として避け、重ね塗りをします。一方、一般の水彩画では、絵の具の人工的な色を避けるために混色を行い、また紙の上でも筆を用いた様々な技法、例えばにじみ、ぼかし、むら、かすれなど多用して水彩画独特の表現を生み出します。

 ですから、同じ透明水彩絵の具を用いながら、「線スケッチ」の絵と一般水彩画の絵と比較すると印象はまったく異なります。前者は塗り絵的で、もっといえば浮世絵版画に近いといえるでしょう。絵画というよりは、イラスト的と感じる方もおられるかもしれません。

 「線スケッチ」ではあくまで線の表現が主体で、彩色はその線あってのものです。
 それでは、色は従なのかというと、そうではありません。混色を避け、重ね塗りをすることにより、実は透明水彩の本来持つ特徴:
         1.明るさ
         2.鮮やかさ
         3.透明感

を最大限引き出すことができるからです。もちろん、名前の通り水彩絵の具である
         4.みずみずしさ
も保っています。

 実は、下の記事にも描きましたが、私が「線スケッチ」に入ったきっかけは、永沢まこと氏の絵の自由で楽しく心地よい線だけでなく、その色彩の明るさ、鮮やかさ、透明感に驚いて「これだ!」と叫んだ出会いから始まっています。

 余談になりますが、一般の水彩画では、混色を多用すると画面全体が暗くなりがちです。その中で惹きつけられる絵は、画面が暗くなるのをむしろ生かして、明るい部分を際立たせ、筆づかいで独特の味わいを出しながら魅力的な絵に仕上げている作品のように思います。そのため作者に高度な技術が求められます。

 これに対して、「線スケッチ」では線描さえしっかりと表現できていれば、初心者が仮に塗り絵的に塗っても、十分魅力的な作品ができます。さらに、自分の好きな色を使い続けると、その人独自の画風が出来上がるので不思議です。

 余談はさておき、上に述べた透明水彩の4つの特徴を引き出すことができたとき、その絵の魅力はとても大きいものになります。

 最後に一言、「線スケッチ」では、線描だけで作品完成の達成感を覚えてしまうことがあります。それだけ、線描の表現が人に与える力は強く、事実、墨で陰影をつければ、あたかも水墨画のように、それだけで絵は完成します。

 ですから、線描だけで達成感を味わってしまい、なかなか彩色に移れないのが、唯一私が困っていることです。ただし、あくまで私個人の場合です。
 

まとめ

はじめに
 「線スケッチ」とは:「ペン画」、「ペンスケッチ」の一つ。永沢まこと氏が自分の方法に対して名づけた。ペンは、水性顔料で、乾くと耐水性になるサインペン。彩色は透明水彩絵の具。
実作から感じとる「線スケッチ」の魅力
 「線スケッチ」の魅力は次の三つ。
 1.実物を見て、下書きせず、決断して思いきって描く爽快感。
 2.すべての存在を線だけで紙に描きとる、まるで神の気分。
 3.重ね塗りの効果(明るさ、鮮やかさ、透明感)とみずみずしさ。
1.実物を見て、下書きしないで、思いきって線を引く爽快感
 爽快感の理由は二つある。一つは、「視覚と聴覚の連動」で、「ペンを滑らす音が、視覚と共に脳に快感を与えている。」ケース。二つ目は「身体感覚(運動感覚)」で、「ペンを動かす時に、紙を削る、蝕む感覚が腕を通して伝わる爽快感。」「立って描くときの、身体全体の動作の快感。」「ペンを操り、思ったように線を引ける快感。」のケースである。
加えて、自分の責任で線を引く潔さ、決断力から来る爽快感もある。
2.目に見えるすべての存在を線だけで紙に描きとる。まるで神になったような気分。
 見えるあらゆる存在を、あたかも立体物があるかのように紙に写し取っていくとき、神になった気分の満足感を感じる。
3.透明水彩の重ね塗りによる、明るさ、鮮やかさ、透明感、そしてみずみずしさと
 線を活かすように塗り、混色は避け、重ね塗りをするために、明るさ、鮮やかさ、透明感、そしてみずみずしさという透明水彩の特徴を最大限引き出した魅力が絵に出る。

 以上で述べてきた理由はともかく、ひたすら気持ちが良いのです。それをお伝えしたくて文章にしました。もっとも長すぎて逆効果になりそうです。

 結論:魅力を感じていただくのは簡単です。一言「体感すること」。

 ペン一本あれば、どなたも描けます。実際にその魅力を感じることが出来ると信じます。「線スケッチ」に興味を覚えた方は、以下の教室にお問い合わせください。

 私の「線スケッチ」教室のリストは、下記ブログをご覧ください。

ブログ:「線スケッチの魅力」のトップページ

 その他の全国の教室は、下記永沢まことの公式ブログからご覧いただけます。

永沢まことオフィシャルブログ:「線と透明水彩で描くスケッチ教室のご案内」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?