<はじめての線スケッチ>「遠い樹木はなぜ苦手?」誰もが描けるコツをお話しします。
はじめに
ほとんどの人がつまづく中景、遠景の樹木描写
私の線スケッチ教室では、基本のカリキュラムに沿って、ペンで物を描く練習をします。最初は、野菜や果物から始まり、葉や花、箱物の順に、描く対象は変わりますが、いずれも間近で観察するので、観察の方法を理解すれば、どなたも下書きせず、ペンで直接物の形を描くことができるようになります。(参考までに基本カリキュラムを下に示します)
しかし、室内や野外になると、急にほとんどの方がつまづくことが分かってきました。それは、室内であれ、野外であれ、奥行きがある場合の遠近の描き分けです。
よく言われることですが、線遠近法による遠近の描き分けは、かなりの方が苦戦します。
しかしもう一つ気が付いたのは、中景、遠景の樹木を大概の方がうまく描けないということでした。
ここでは、近い樹木、中景の樹木、遠景の樹木の描き分けについて、どのように観察して、それぞれの葉を描き分けたらよいのか、うまく描くコツについてお話いたします。
なお、ここでお話しすることは、葉の付いた樹木だけでなく、満開の梅や桜、アメリカハナミズキのように葉がなくても多量の花が枝についている花木にも適用できることを付け加えておきます。
なぜ描けないのか、症状と原因
描けないとはいっても、人によって違いますが、以下のような共通の症状があります。
症状:
葉の集まりを、塊として描かず、一枚一枚律義に描く。逆に、一番まわりの輪郭をラフに描いて、樹冠の中にある葉は、ちょんちょんと点や短い曲線で、まばらに描いておしまいにする。
一枚一枚、描く時に、中景でも遠景でも、大きな葉で、数少なく描く、また、スタンプで押したように、どの葉も同じ大きさ、同じ向きに描く。そのため写実によるスケッチではなくイラストや童話の絵本のようになる。
原因:一つは、葉の集まりの観察の方法が身についていないことにあります。すなわち、樹木を漠然と観察するだけで、中、遠景のスケッチのためにはどのように観察するかを理解していないことが原因です。
二つ目は、観察の結果得た樹木の特徴を時間をかけずに表現する技術を身につけていないことです。
静物画のように、描く対象が30㎝程度の距離であれば、葉の数は、多くても10枚程度でしょう。ところが、室内であっても、数mの距離が空くと、途端に描く葉の数は多くなります。(例えば、お店の中にある盆栽や大きな樹木を使った生け花を描くことを想像してください。)
さらに、野外では5mから数十m程度離れた樹木を描くとなれば、その葉の数はとんでもない数に膨れ上がります。
このため、中、遠景では、静物画のときとは違う観察方法、描写方法が求められるのです。
解決方法:うまく描くコツ
それでは、中、遠景の樹木はどのように描いたらよいのでしょうか?詳しく説明する前に、最初に結論、すなわちそれぞれの距離に応じた観察方法と線描の方法についてまとめた図表を示します。最後に具体例を用いてご説明することにします。
樹木の葉に限らず、一番大事なことは、描く対象の輪郭を正確に描くことではなく、その物の特徴を正確に描くことです。以下、解説していきます。
まず、一本の樹木を線描するケースで観察方法をまとめます。
山奥ならいざ知らず、普段私たちが描く都市や農村においては、形を観察するうえで、2種類の樹木を考慮する必要があります。何も人の手を加えていない自然の造形による自然樹木と、人の手を加えた剪定樹木です。観察するうえで、どちらも形の特徴を把握することは共通ですが、剪定樹木では、その形を設計した人の目的を理解することが、自然樹木との違いとなります。庭木、公園樹、街路樹、植え込み、盆栽など、それぞれ場所と目的に応じて造形が決まってきます。
自然樹木、剪定樹木ともに共通の観察項目として、樹木の全体のシルエット、幹と枝ぶり、樹冠の形、枝に対する葉の付き方をよく観察します。そして、特に中景の場合は、葉そのものの特徴(長さ、幅、ふくらみの形状・・)をできるだけ観察してから、樹冠の輪郭の特徴を把握します。なぜなら、樹冠の輪郭の特徴は、一枚一枚の葉の特徴が連なってできているからです。次に線描方法を説明します。
中景や遠景では、葉の集まりをそれらしく描写することが鍵となります。中景でも大きな葉は、一枚一枚見えていますが、写真のように正確に描く必要はありません。重なりも無視して、すばやく枝についている特徴を頭に置きながら、枝に対して葉をすばやくどんどん描いていきます。その際、葉は色んな向きについているように描くことがポイントとなります。くれぐれも、同じ形でスタンプを押したように描かないように。
小さな葉は、中景ではほとんど一枚の葉は見ることはありません。その際は、どのように枝についているかを見て、枝の周りの付き方の特徴が出るように、必要最小限の数で、葉を描いていきます。
次の章で具体例をもとに解説します。
なお余談ですが、以上述べたことは何も新しいことではなく、広重の版画でも、見事にその方法で描写していることを見ると、昔の絵師も同じ方法をわきまえていたに違いありません。参考までに、その歌川広重の樹木の描写例を名所江戸百景からお示しします。
実は、私自身は昔の絵は、遠い樹木の葉の特徴など簡略化して描いているのだと勝手に思っていました。ところが上の絵のように、遠い樹木も、異なる樹木の葉の特徴に応じて、それぞれ輪郭線を描き分けていることがわかります。
具体例(台南風景)
それでは、実際の風景で近景、中景、遠景の樹木の線描の方法を具体的に説明します。
描く対象は、次の台南風景です。
この写真は手前の石のベンチ、石垣に左部分、建物に線遠近法を用いなければならない部分がありますが、手前から奥に向けて、樹木と石垣、建物が並んでいる構図で、線遠近法による描写はほとんど必要ありません。
右手前に近い樹木があり、左手前に、同じ樹木が10m~20m先に立っています。(中景の樹木)さらに、右手前の樹木の後ろ側、同じく10-20m先に丸っこい小さな葉が枝にびっしりついている樹木があります。(同じく中景の樹木)
さらに100mほど奥に、別の樹木が並んでおり、足元には長い植込みが石垣の麓に並んでいます。
また石垣の左側に選定した樹木と合歓木のような葉の大きな樹木があり、
その後ろに、葉がまばらな高木が2本たっています。
(以上、遠景の樹木)
以上の、中景、遠景の樹木に加えて、建物の右側に超遠景の林が見えています。
なお、遠い森や林の輪郭は、丸めて描いてもよいと考えますが、実は反対で遠景になればなるほど、輪郭は細かく描くことに注意してください。なぜなら、近いものは大きく、遠いものは小さく見えますから、葉の輪郭の連なる樹冠や森の輪郭は、近いものに比べて細かくなるからです。
台南風景の線描の解説
線描結果を先に示します。
上で示した線描の中景、遠景の樹木の描き方を、1)右上の近景の樹木、2)真ん中の中景の樹木、3)右上の近景の樹木の背後の樹木(中景)、4)真ん中奥の遠景の樹木、左側のヒマラヤ杉風の樹木(遠景)、5)その奥の高木(遠景)の順で、それぞれの樹木の幹と枝ぶり、特に葉の集まりと枝につき方の特徴の描き方を図を用いて順に解説します。
以上、近景、中景、遠景の樹木の描き方を台南風景の線描を例にとり解説しました。今後、日本国内の風景でよく描く樹木、花木の代表例について描き方を解説する予定です。
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