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渚で本が読みたい 6話

 中間考査が終わり、夏休みを控えた校内は既に休暇を迎えたかのような騒がしさだ。

「うるせー……動物園かよ」

 やれ内地へ遊びに行くだの、彼女と北部の水族館へ行くだの、リア充たちは元気なもので。高二ということもあってか受験勉強前の青春を思い切り謳歌すべく、夏休みの訪れを心待ちにしているようだ。

 昇降口へ向かう生徒の波に逆らうように、ひとり図書室へ向かう。
 ガラリとドアを開ければ、カウンターでノートパソコンを開いていた天沢が「豊里くん!」と驚いた表情で顔を上げた。

「中間お疲れ様。廊下の掲示板見たよ! 上位に載るなんてすごいね」
「別に……変な成績実家に送られても嫌だし」
「ふふ、アルバイトも休んで頑張ってたのに。あ、真栄田くんの名前も見たな。理系の科目、全部一位で驚いたよ」
「あいつはガリ勉だから。国立の医学部目指してるんだって」

 『実家に変な成績送られたくないから』は半分本当で、半分嘘だ。

 天沢も結果を目にするであろう校内のテストで、なんとなくかっこ悪いところは見せたくないし。
 だからと言って、すぐ近くに想い人がいる図書室で集中して勉強することもできるはずがなく。
 そんなこんなでテスト勉強を理由に図書室からも天沢からもしばらく距離を置いていたから、埃っぽい部屋の匂いが懐かしい。

「先生は相変わらず? あ、でも別のクラスの試験監督とかやってたんでしたっけ」

 国語のテストで突然イケメンが来たと、隣のクラスで大騒ぎになっていたことを思い出す。

「そうそう。残業して採点もちょっと手伝ったりしたよー」
「うわ、時間外労働……」
「いいのいいの。久しぶりに国語の先生っぽいことして懐かしかったし」

 「それ以外はいつも通りだったよ」と、ぱたんとパソコンを閉じる天沢。やがて彼はこちらへ顔を向けると、ふわりと表情を和らげた。

「豊里くん……」
「何すか」
「そろそろ来てくれるかな、って思ってたんだ」
「ン”ン”ッ」

 その年齢にしてピュアが過ぎるその言葉に、思わず咳込む。
 年上の、ましてや男性を相手に『かわいい』なんて言っちゃいけないような気がするけど。
 こんなの、かわいい意外に表現のしようがない。

「……なら、今日は残業しないで帰れますよね?」
「うん」
「……一緒に帰ります?」
「……うん」

 今日ここに来たのだって、本当は天沢の帰宅を狙うため。
 でも正直に口にするのが恥ずかしくて偶然を装ったふうに言ってみれば、彼はわずかにはにかみながら頷く。

 大人の天沢からしたら、こちらの思惑なんてすっかりお見通しなのかもしれないけれど。
 まるで互いの気持ちが通じ合うような反応が、今は素直に嬉しかった。

𓆝 ‪𓆝 ‪𓆝

 久しぶりにふたりで歩く通学路なのに、まっすぐ帰るなんてあまりにも無粋で。
 暑いとかこのまま歩き続けたら溶けるとか、そんなことを口々に言いつつも互いの足は海に向かっていた。

「あー、また豊里くんのちゃんぷるー食べたーい」

 右に左にくねくねと日陰を探しながら、海岸への道を歩く中。突き抜けるような青空に向かって、珍しく天沢は間延びした声を上げる。

「ちゃんぷるー? 先生が酔っぱらった時の?」
「そうそう。あれ、本当に美味しかった。毎日食べたいくらい」
「あんなの野菜炒めただけでしょ」
「そんなことないよ! 地元の味っていうの? 僕には出せない味付けだったんだよね。すごいよ豊里くん」

 料理人になれるよ、と大げさに褒める天沢に対し、こっちは先日の出来事を思い出して消化不良な感情が蘇る。
 彼は本当に、出来合いの材料で作ったちゃんぷるーの味しか覚えていないのだろうか。

「……俺は未練たらったらですけど」
「え?」
「だってあの時、先生にキスできなかったし」
「な……!」

 案の定きょとん顔を浮かべた憎き愛しき大人へ言ってやれば、彼は一瞬にして表情をひきつらせる。
 結局あの時、互いの唇が触れるあと1センチ、いや数ミリのタイミングで。
 彼は細っこい腕で、思い切りこちらの胸元を押し返したのだ。

「だって……朝食後にキスする人なんている!? 豊里くんまだもぐもぐしてたよね!?」
「いや、あの時は勢いで……」
「大体キスってのは、もっとロマンチックな場所でするものでしょ。ほら、例えば夜景が見える丘の上とか、夕陽が沈む海岸とか」

 突然独特な持論を展開しはじめた天沢に「何さーそれ」と呆れた声を上げる。そんなベタな恋愛ドラマみたいな展開、同級生の女子の恋バナにすら登場しないんじゃないか。

「あ、ほら! 海見えたよ!」

 呆れ果てるこちらをよそに、天沢は道の先に見えた海岸線を指さす。

「僕先に行くから! 豊里くんはゆっくり来て!」
「は!? ちょ、置いてくなし!」

 気まずくなった会話を誤魔化すように、天沢は一目散に駆けていく。
 先日から散々思ってはいるけれど、彼はやっぱり想像以上にウブなのかもしれない。

𓆝 ‪𓆝 ‪𓆝

 ほどよい涼しさの潮風が吹く中、海はいつもと変わらぬ穏やかさだ。
 ビーチに停まるキッチンカーでそれぞれ好きなものを買ってから、砂浜から少しだけ離れたがじゅまるの木の下に腰を下ろす。
 いちごのシロップがたっぷりかかったかき氷を食べつつ、天沢はちらりとこちらに視線を向けた。

「ね、そのパイナップル美味しい?」
「え? 普通。スーパーに売ってんのと変わんない」
「えー……でも美味しそう。一口だけもらってもいい?」
「はぁ?」

(間接キスならいいのかよ!)

 こちらの了承もなしに、天沢は勝手に身体をこちらへ傾ける。
 シロップで赤く染まった舌を見せ、ぱくりと棒状に切られたパイナップルを咥える天沢のしぐさが、なんとも下半身に都合が悪い。

「ちょ、垂れそう」
「あ……ごめん!」

 一口かじった弾みで、危うく果汁が薄い色のズボンに落ちるところだった。
 もぐもぐ口を動かしつつ、天沢は指に付いた果汁をぺろりと舐める。本当にこの大人は、人の気も知らないで。

「あのさ、マジでそういうの他の人にやらないで……」
「?」

 今度はこちらが気まずくなる番だ。ずっと眺めているのは心臓に悪すぎて、視線を目の前の青い海へ逸らす。

「今日は海入んないんすか?」
「うん……この前ちょっと反省したから」
「反省?」
「そう。海遊びって、この歳だと割と体力削られるって気付いて」
「ふは」

 やけにおっさんめいた発言に、思わず噴き出してしまう。
 一方かき氷を食べ終えた天沢は、少しだけそわそわした様子でこちらの名前を呼んだ。

「……ねぇ、豊里くん」
「何すか?」
「その……この前のことなんだけど……ちゃんとお礼したくて」

 そう言うと、天沢は傍らに置かれたかばんの中をごそごそとまさぐる。
 やがて取り出したのは、手のひらに収まるほどの小さな箱だった。

「え、なにこれ。東京土産?」
「違うよ! 良かったら開けてみて」

 促されるままに、上等そうな木箱を慎重に開けてみる。中に入っていたのは、透き通るような琉球ガラスのコップだった。

「おお~……」

 丸みを帯びた分厚いガラスの感触が、ひんやりと冷たい。
 うちなんちゅ(沖縄県民)として、まさか琉球ガラスをプレゼントされる日が来るとは思わなかった。

 ガラスに浮かぶ無数の気泡の向こう、まるで海の中のように鮮やかな青色の向こうで、天沢は恥ずかしげに口を開く。

「これ……この前のタクシー代のかわりに。現金を渡しても良かったんだけど、せっかくだし形に残る物にしようかな、って思って」
「別に気にしなくていいって言ったのに。これ絶対タクシー代より高いし」
「その辺は気にしないで。あ……でも、琉球ガラスなんて豊里くんの家にたくさんあるかな」
「いや、一個もない。おじいも別に綺麗なもん集める趣味とかないし」
「そっか、良かった。僕……琉球ガラスを初めて見た時、すごく綺麗だと思ったんだよね。こんなに綺麗な物があるこの島に来れて、良かったなって」
「ふーん……」

 はにかみながら話す天沢に、それほど感情移入はできないままに相槌を打つ。

 頭上に広がる青い空に、はるか遠くまで透き通る海。
 どこからか聴こえる三線の音に、水平線のさらに向こうから吹いて来る南風。
 わざわざ観光客が飛行機に乗ってまで求めるこの島の何もかもが、自分にとっては当たり前の存在すぎて、今さらその美しさを再確認する余裕もないけれど。

 ……彼がここに来れて良かったというのなら、この島での生活も悪くないように思う。

「……にしてもこれ、ジュースとか飲むには小さすぎね?」

 手のひらにすっぽりと収まってしまうそれは、ジュースでも注ごうがものなら一口で飲み終わってしまいそうだ。
 小さな容器を眺めるこちらへ向かって、天沢は「そりゃそうだよ」と頷く。

「だってそれ、泡盛とかのお酒を飲む用だから」
「あ、やっぱり?」
「うん。豊里くんが20歳(ハタチ)になった時、一緒に『かりー』したいなって思って」
「え――」

 その言葉に、一瞬にして世界が止まる。

 ――20歳になるまで、あと少し。

 それまで、天沢は待ってくれるということだろうか。

「じゃあ……これ、先生の分も買ったの?」
「うん、今日は家に置いて来ちゃったけどね」

 穏やかに打ち寄せる波を眺めながら、天沢は静かに言葉を紡いだ。

「……僕、あれからずっと考えてたんだ。君にとって、僕はどんな存在であるべきなのか」
「え?」
「豊里くんには、まだたくさんの時間がある。その相手が男性だったとしても、女性だったとしても……どんな人を愛して、愛されて、どんな人とこれから先の人生を歩んでいくのかは……これからの人生で、ゆっくり考えてもいいんじゃないかと思って」
「……そんなの、」

 ついさっき、彼は『かりー』したいって言ったのに。
 今はまるで、こちらの想いを否定されているようじゃないか。

 天沢の考えていることがわからなくて、頭の中が混乱する。
 けれどそれは、向こうも同じであるようで――
 天沢は「ごめん、そんな顔しないで」と困ったように眉を下げた。

「君が僕に与えてくれる気持ちを疑うつもりはないし、君に慕ってもらえて僕も嬉しいと思ってる。でもね……僕の存在が君の中で大きくなってしまうことは、君の人生にとって、本当に良いことなのかわからなくて」
「つまり……何つーの? 先生のせいで、俺がゲイになったかもって言いたいってこと?」
「……うん。実際あるんだよ。男ばかりの環境で過ごしているとそうなりやすい傾向があるとか、結びつきが強い師弟関係からうっかり恋愛感情が芽生えてしまうとか――」
「違う。俺がゲイなのは先生のせいじゃない」

 あらぬ誤解を解こうと、つい声が大きくなる。
 誰にも言えなかった。言っちゃいけないと思った。

(でも――)

「好きな人がいたんです」

 前に進むためには、伝えなくちゃいけない。
 思い切って言葉にした瞬間、相手からは小さく息を呑む音が聞こえた。

「俺はちっさい島の大家族の長男で、いつも反発してばっかだった。毎日兄弟の世話ばっかでつまんねえ。長男だからって理由だけで色んな期待かけられて、ほんとやってらんねえ。そんな俺の気持ちを唯一理解してくれたのが、近所に住んでたおにいだった」
「『おにい』……」
「おにい、でーじかっこよかったよ。でも、おにいのことが好きだったのは俺だけじゃない。島中の誰もが、おにいのことが好きだった」
「……魅力的な人だったんだね」
「そう。おにいはそのあと当たり前のように恋愛して……俺が中学生の時、当たり前のように、島で一番のちゅらかーぎーと結婚した」

 ふたりの間をざあっと吹き抜ける涼しい風が、夕刻の訪れを伝える。
 真剣な表情のまま、天沢は言葉を選ぶように口を開いた。

「じゃあ、ひとりでこの島に進学したのって――」
「一番は地元から出るため。元々居心地悪かったし。運良くおじいが市場の手伝いするなら面倒見てくれるって言うから」
「…………」
「……すいません、こんな個人的な話。別にもう未練があるわけでもなんでもないんだけど」

 話してしまった。過去の話を。しかも天沢の前で。
 想い人を相手にこんなみっともない話をしてしまった気まずさで、一体どんな顔をすればいいのか分からない。

 ――けれど。

 天沢は、やがて「分かるよ」とため息とともにこぼした。

「……そうだよね。僕『たち』はいつもそうだ」
「え……?」
「ある意味マイノリティの宿命なのかもしれない。いつだって、僕たちは希望を抱いては諦めての繰り返しだ。好きな人に好きになってもらうことを諦めて、人を好きになること自体を諦めて。そのうち……幸せになることすら諦めたくなって」
「……うん」
「でも、今の豊里くんはどう?」
「今の俺?」
「そう。少しでも幸せに思えることはある?」
(今の俺は……)

 予想外の言葉を返してきた天沢に驚きつつも、言われるがままに今の自分を振り返る。

 家に帰れば、陽気で放任主義なおじいがいる。
 街へ繰り出せば、何かと声をかけてくれる顔なじみがいる。
 バイトは忙しいしチャラくて若干ウザい同級生もいるけれど、稼いだお金は自分のために使うことができる。
 今のこの気ままな生活だって、嫌いじゃない。

 ――何より、目の前に天沢がいることは。

「……捨てたもんじゃない、と思う」

 素直じゃない言葉にも関わらず、天沢は幸せそうに微笑む。
 そしてまるでひそひそ話をするように、顔をこちらへ寄せて囁いた。

「……ねえ。僕たち、どっちも『きじむなー』だと思わない?」
「何それ。妖怪みたいってこと?」
「違うってば! 前に読んでもらったあの絵本」

 『本当の居場所を見つけたきじむなーは、いつまでも幸せに暮らしましたとさ』。

(……確かに)

 絵本の内容を思い出しつつ、がじゅまるの太い幹に背中を預けて顔を上げる。
 頭上で大きく枝を広げるがじゅまるの木は、空の青さに負けないほどの鮮やかな緑色で。
 何となくいたずら好きのきじむなーが、ひょっこりと顔を覗かせそうな雰囲気だ。

「もし君がまだ自分探しの途中だったとしても、いつかきっと居心地のいい場所が見つかるよ。別にこの島じゃなくてもいい。もしかしたらもっと遠い場所にあるかもしれない。でも、もし君の隣に僕がいても良いのなら――」

 ふと天沢の言葉が止まり、視線を頭上から彼の方へと戻す。
 がじゅまるの木漏れ日が織り成す、柔らかな陰影が互いの身体に重なる中で。
 天沢は、まっすぐこちらを見て微笑んだ。

「豊里くん。君さえ良ければ、これからもずっと一緒にいよう」
「え……」

 こちらに向けられた美しい笑顔から、視線を動かすことができない。

 もしかして、これは夢なのだろうか。

 だって、こんな出来事が、自分の身に起きて良いのだろうか。

「……先生、マジで言ってる?」

 思わず掠れた声で尋ねれば、天沢は素直に「うん」と頷いた。

「もちろん君が卒業するまでは、きちんと保護監督者としての責任を果たすけどね。高校でいちゃついたりするのはもってのほかだし、門限だってちゃんと青少年保護育成条例の時間を守ってもらうから」
「よく分かんねえ……」

 それでも、これまでに体験したことのない感覚が、胸の奥からせり上がる。
 まるでこのまま靴を脱ぎ捨てて、海に向かって一直線に駆けて行きたいような気分だ。

「つまりは……今日から、先生が俺の恋人になるってこと、ですよね?」
「……うん。まぁ……そうだね。面と向かって言われると、ちょっと恥ずかしいけど」

 返された答えに、思わず口元がむずむずとくすぐったいような心地になる。
 言葉にできない。何て言ったらいいのか分からない。
 ……ただ、嬉しそうにはにかむ天沢を前に、唯一言えるのは。

「でーじ!!」

 思い切り叫んだ声と天沢の笑い声が、雲ひとつない空へと響き渡る。
 その声に反応してか、付近の木陰でくつろいでいた野良猫が砂浜へと軽やかに駆けて行った。

「『春琉さん』、俺と出会ってくれてありがとう」
「え……!?」

 思ったままを言葉にすれば、ぼんっ、と、まるでマンガのキャラみたいに春琉さんの両頬が赤くなる。

「や……めてよ、豊里くん。高校で言っちゃうよ」
「言わない。約束する」

 そうして、耳たぶまで赤く染め上げた可愛い表情を覗き込むように顔を近付ける。

「……だから俺のことも呼んでよ。『隼太』って」
「……っ」
「ほら、早く」
「うぅ……っ」

 紅潮した顔を隠すように、春琉さんは白い手で口元を覆う。
 やがて観念したように、小さく息を吐いたかと思えば――
 透き通る彼の瞳が、こちらをまっすぐに射貫いた。

「約束破ったら怒るからね。『隼太』」

 自分の名を呼ぶ柔らかい声色が、心の奥底をこれ以上ないほどに甘く焦がす。
 堪らなくなって彼のうなじを引き寄せると、感情のままに自らの唇を重ねた。

「ん……」

 瞬間、痺れるような甘い感覚が全身を包み込む。

 初めて触れる春琉さんの唇は柔らかくて、どこまでも温かくて。
 そして、どこまでも優しかった。

「っ……とよさ……く……」
「……は、」

 酸素を求める春琉さんに促され、ようやく唇が離れる。
 彼の背中越しに見える海岸は、鮮やかなオレンジ色に染まっていた。

(あ……夕陽)

 そう言えばロマンチストな彼は、夕陽が沈む海岸でのキスシーンをご所望だったんだっけ。
 お望み通りの展開に思わず緩んでしまう口元を隠すように、俺は春琉さんの薄い肩に顎を乗せた。

「……春琉さん」
「なに?」
「俺、早く大人になりたい。早く春琉さんとかりーしたい」

 まるで独り言のように呟けば、春琉さんは「ならなくてもいいよ」と小さく肩を揺らして笑う。

「君が望まなくても、大人になるのはあっという間だから。隼太には……それまでの時間を、大切に過ごして欲しいな」
「でも大人になんないと、春琉さんとできないじゃん」
「な……!? え、ちょ、こらっ!!」

 予想外の言葉に慌てだす愛しい恋人を、腕の中に閉じ込めるように再びぎゅうっと抱きしめる。

 ――都会から遠く離れたこの島が、もし何か『一番』を取れるとするならば。

 ひとつ挙げるとするならば、これからのふたりの日々を彩ってくれるであろう、目の前の景色の色鮮やかさかもしれない。
 時間を忘れて抱き合う自分たちに水を差すように、触れ合った肌からじわりと汗が滲む。
 もうとっくに、この島の夏は始まっていた。

【完】


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