嫌いな人の話をする心理

相方はよく、職場やそれ以外の知人の悪口?を私に向かって話してくる。私だってまたにはそういうこともあるが、相方は頻繁にそんな話をする。

酷い時には毎日職場の同じ人(T氏)の悪口を聞かされ、聞いているこちらもいい加減イライラ。我慢の限界に達した私、それ以後はひとしきり話を聞いたら「もうその話は十分です」と、途中で話を切り上げてもらう技を覚えた。

と言う訳で、嫌いな人の話を頻繁にする人(相方)の心理について考えてみる。


ストレスの発散

誰かをこき下ろす行為は、意外とカタルシスがある。口を極めて人をののしると興奮してアドレナリンが放出されるのか、軽い運動をしたような爽快感が残る。これは私にもよく理解できる。職場で嫌いな上司の話を同僚とすると盛り上がって楽しい。話し終わるとなんだかスッキリした気分になる。

相方の場合、これは職場のM氏の話をしている時がこれに当てはまりそうだ。あとは友人F氏とか。そこまで嫌いじゃないけど、なんとなく悪口を言いやすい相手。そんな大したことない出来事でも、大袈裟に「あいつ馬鹿だよね〜」って話すだけでストレス発散してるみたい。


自分を正当化する

誰かを悪者にすることで、自分の立場の安寧を確保する行為。本当は自分の過失に気付いていてもそれを認めたくないから、誰かが悪いことにしてそれを周囲に喧伝する。

相方は「誰それが私を不快にさせる行動をとった」という報告をよくする。私からすれば「それに対して有効な策をとってないあなたがいけないのでは?」と思う。なので「不満を述べる暇があったら戦え!」と発破をかけることにしている。最近はその甲斐あってか「今日はこのように敵を撃退した!」という報告を聞くようになった。よしよし。


本当は愛がある

私は相方ほど誰かの悪口を言わない。それは「嫌いな人のことを思い出すのも嫌だから」だ。頻繁に悪口を言う人は、本当はその人に対する愛があるとしか思えない。いつもいつも嫌いな人のことなんて考えてられないはず。ならば、嫌いと思っている人のこと、本当は好きなんでしょ!「小学生が好きな子いじめる」行為に似ている!?

相方が友人F氏の悪口を言う場合は、これが当てはまると思う。 なんだかんだ言って気になるのだ。「出来の悪い子ほど可愛い」ってか?相方嫌いな人ランキング1位を争うT氏、G氏については、心底嫌いみたいだから愛はないのかな?それにしたって、そんなに頻繁に彼らの話しなくたって…。


面識がない人の悪口は言わないで!

ネットでは、自分が直接知っている訳ではない人の悪口を言う人がいっぱいいる。有名人の悪口、他国の人の悪口、その他差別を受けやすい人の悪口(LGBTとかね)…。自分が直接迷惑を被った相手の悪口なら分かるけど、そうじゃない人の悪口をなぜ言うのか?あんた何様ー!

でもそれって危険だよね?よく事情を知りもしない相手の批判したところで、事態は思っているのと全然違うかも知れない。我らLGBTだってよく知りもせずに嫌われてるとこあるでしょ!

相方も以前はそういう人だった。私がいちいち「そういう物言いは嫌い!」と批判しまくったら、気がついたらそういう発言をしなくなっていた。今話を聞いたら「あなたに教えられました」と謙虚なお答え。あら、人間丸くなったわね。

理論だった批判にもなってない悪口なんて、自分を貶めるだけだし、しつこく言ってたら気分悪くなってくる。 誰かが酷い態度で接してきても「きっとおなかが痛かったのね」とやり過ごせばいい。(←相方が運転時に他のドライバーを罵り始めたら、この論法でたしなめる)嫌いな人のことなんて考えてる時間がもったいない。他にやらないといけないこと、いっぱいあるでしょ〜。

私の文章に少しでも「面白さ」「興味深さ」を感じていただけたら嬉しいです。