番外編 俺追いコン (2019年3月)

先日、僕の所属するサークルの追いコンがありました。

このサークルは特殊で、追いコンは全体で行われるのと別に 卒会する4年にそれぞれ下級生がグループ分けされ個別の追いコンが行われる。下級生は1人3万円を卒会する先輩に渡して、何かしらのコンテンツを先輩が行うのだ。
例)下級生3人を呼ぶと3*3で9万を使ってコンテンツを行う

僕も1年次はYEGS大兄、2年次はIMI大兄、3年次はKNST大兄の追いコンに参加し、計9万円を支払った。下級生である時、基本的に大兄(たいけい 先輩を指す)から飯やら酒やら何かとごっつぁん(奢ってもらうこと)になった。そのお礼を含めて支払っているのだと思う。詳細はわからないけど、たぶんそう。

4年になり、卒会する僕は1年のTKHS兄とSMD兄を連れて追いコンを開催した。

1年次の追いコンは、ミステリーツアーのように成田空港到着で、搭乗券を貰うまで行き先がわからなかった。人生初の海外旅行として、先輩に連れていっていただいたのは、Incheon,大韓民国であった。カジノや射撃、588はとても刺激的で楽しかった。こんな追いコンをしたいと考えていた。

しかし先輩と被るのもよくないと考える。佐賀の大隈記念館へ行く九州弾丸か、人生劇場の主人公である青成瓢吉の記念館がある愛知県へと考えたが、いまいちピンとこなかった。

夏合宿のように歩くのもアリだと考え、3/11に東北へ慰霊をし、東京まで歩くのを考える。だが現実問題として、この齢で歩くのもダルいし、如何せん野宿をしたら凍死しそうであり諦めた。そこで僕が考えたのは、現代の大学生はあまり行わないけど、昔の学生が行なっていた道楽だと考える。昨今、早稲田精神とは復古主義と僕は考える。

酒、煙草、麻雀

これこそが早大生だと、僕は考え実践してきた。まあこれについて賛否両論あるが、触れないでおこう。

スキーやスノボは親世代に比べたらシーズンに行う人口は減ってはいるが、いまだメジャーなスポーツである。

** ではサーフィンはどうだ?**

ということでサーフィンをしに行くことにした。下級生には秘密で。

また、追いコンは後輩の金を使って好きなことに費やせるために、MTのレンタカーを借りた。

3/13 9:00 葛西駅集合
埼玉の実家から早朝にここまで行くのはダルイが、某レンタカーのMTキャンペーンで都合の良い場所にあるのはここであった。
借りた車はスズキのスイフトスポーツ

今後、スズキの車に乗る機会は減ってしまうのでちょうど良かった。ATと異なりMTはグレードが高いのか、バケットシート系でホイールもカッコよかった

手続きを済ませ、昨年の7月に後輩のトヨタ86を少し弄った以来のMTであったが、クラッチも硬くすぎず運転しやすく、エンストすることなく発進し、千葉県は御宿町を目指した。

サーフィンスクールの受講時間の1時間前に着いたので、近くの観光客向けぼったくりの海鮮定食屋に行った。メニューを見るも、どれも斜め上の値段設定で、追いコン序盤の僕は1番安い海鮮茶漬け1600円を注文

量少なっ と思うも、全てが旨い。けんちん汁の出汁から、茶漬け用のタイ出汁も。
イカれた旨さだった。富裕層向けのファミレスって感じ
DBな後輩は2000円の刺身、西京漬定食2000円

定食はご飯お代わり無料
ここで僕は天ぷら屋を思い出す。

どんぶりにするよりも、定食の方がコスパが良いと。目先の値段に囚われると損をするとはこのこと。
でも、それを忘れさせる旨さの海鮮茶漬けだった。


13:00
スクールが開講した。受付のオネーチャンはケバすぎない海のギャルという感じで我々一同ニヤニヤしていた。
まさかこのネエチャンがインストラクターだとは知ることもなく。。。

まずは、サーフィンの基本的なことを学ぶ。
海から陸にくる風をオンショア
陸から海にくる風をオフショア
白く泡立った波をスープ波 と言ったものを学んだ。
また、板の部位名称などなど。

この日はとても風が強く、サーフィンをやるにはバッドコンディションであった為にいつもはサーファーでごった返すビーチも僕ら以外誰もいなかった。
もちろん、このおかげでビーチを実質貸切していたようであった。

1.5hもすると立てるようになり、サーフィンめっちゃ楽しい⤴︎⤴︎となってた。
オリンピック選手のように波に乗りジョニーとまではいかなかったが、それなりに楽しむことができた。

3hのレッスンが終わるとクタクタであった。




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ここまでを2019年に記入して終わってました•••
ふとnoteの存在を思い出し、2023年追記します。

サーフィンの後は近くにあった昔ながらの飲み屋に行き、飲み散らかした。

翌日は、喫茶店でモーニングと嗜好の紫煙を楽しみ、
勝浦タンメン「江ざわ」を食べた。
その後、ひたすらMT車を操り、下道で葛西まで戻る。

フィナーレは本場の朝鮮冷麺を食べたくて浅草橋にあるサンムーンへ
(現在はコロナ禍で閉業?のよう)

サンムーンGoogle map情報


高級焼肉店であり肉をつまみに酒を飲むには、
追いコン費用の予算はとっくにオーバーしていた。
(葛西からここまで電車移動も虚しく、タクシーで移動していたし)
だけどせっかくの追いコンでケチるのもみっともないので、ある程度は肉を頼み
霜降り牛をビールで流し込んでいた。

そんな自己犠牲の塊、隣人愛アガペーの権化のような先輩に対して
可愛い後輩二人は私がトイレに行っている隙に
まさか 冷麺を店一番の激辛にすり替えていたのだった。

(注文時、私は辛さ普通でT兄は激辛を頼んでいた)


名物朝鮮冷麺(見えない激辛)

最初はこれが本場のものかと、関心しながら食べていたがどうも
後輩より、お店の朝鮮婆の様子がおかしい。
私が冷麺を啜る様子を見ながら笑っているのだ。

しかし、本場を味わう私には『変なババアだな』としか思えなかったのだ。

後輩に「これ辛くね?」 と聞くも「辛いっすね・・・」としか返さない。

半分食べたところでネタバラシ
T兄の器を奪い、啜るも 全然辛くない・・・

4年前の出来事なので詳しくは覚えていないが当時は辛さに対して
尻耐性があったのであまり怒ってなかったはず。

社会人となり、ストレスや加齢により辛いものが食べられなくなった今やられたら
阿修羅、怒髪天のようにキレ、シヴァ神のように破壊し、社会人マネーで再興していたはず。

そんな焼肉パーチーを終え、
高田馬場に山手線で帰るも、後一息のところでS兄のきぶんが悪くなり
高級焼肉が新宿の下水道へ吸い込まれてしまった。

食ハラはしていないはずなのに・・・


そんなこんやで、某会史上バンカラでなく
軟派で後輩に優しい追いコンを終えたのであった。




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