pingpong

これほんとに英語圏でピンポンて読まれるの?

才能が大体この世のすべてで、ずーっと思ってたことなんだけれど、やっぱ才能だよなあと思った。

昔は才能があった。こと勉強において、塾内に敵がなかった。あの頃同じ教室で授業を受けていたみんなはどの程度家で勉強していたんだろうそれなりにやってたのかなそれとも俺と同じで才能に溢れていたのかな
勉強は人生でしたことがない。やってはいるんだろうけどやったぜ!っていう思いになったことはないな少ない時間で理解できる方ではあるけど記憶力は並み記憶力自信あるけどね勉強以外が詰まりすぎて勉強に関しては並み

バレーは才能が本当にあった
運動のセンスはなかったけれどとにかくボールを思った方向に飛ばすことに関してはセンスが神がかってた手リフティングバトロワで1番だったのドン勝どころの快感じゃなかったわ今なら周りの邪魔しながらできるね
きっとあのまま引っ越さなければ俺は本気でやってる側の”選手”になっていたんだろうなかもとかじゃなくて確信としてあるそれは意味のない仮定と根拠のない過信だけど

でもまあそういう人生だったら俺はピンポンを読むことはなかっただろうし、こんな日記を書くこともなかったんだろうなあ人生って感じだ

密度が濃い漫画だったスポーツ漫画は勝利を描いていくわけで、その過程が肝。過程に要素を入れていくことで味付けをしていく。例えばイケメン、必殺技、人間関係、世代交代そうして漫画にしていく
ピンポンはその過程を短く、かっこよくすることで濃さがでてるわりと、基本に忠実な作品だと思うけど、個人スポーツ、少ないキャラ、余計なイベントを入れない、ペコとスマイルとドラゴンとアクマとそのくらいかなあ内面を描きすぎず、わからせるそんな感じだった
最後にペコが勝つのめちゃいいスマイルに膝ぶち壊しスマッシュを打ち込む葛藤とかしてほしくないしな普通にぶち込むよあいつはそれを返すのもまたペコ先生との違いはそれでいいということ。そこがいい
あくまでスマイルの内面は勝利じゃないところに向いていてっていうのが良いし、だからスマイルじゃなくてペコがドラゴンを倒したのがまたいい

俺がスラムダンクを読んでいたらバスケを始めていたし、おお振りを読んでいたら野球をやっていたし、ピンポンを読んでいたら卓球をやってたんだろうな
朧げに、小学生の時かいとくんの家に落ちていたジャンプの巻頭はハイキューの連載開始カラーだったよな記憶がある。
俺がバレーをやったのも運命だったのかもしれないし、才能があったのも必然だったような
それを手放したからこそ、そう思えるんだというのも、皮肉で面白い
面白いなあ