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フィクションorノンフィクション

#1

中1の2学期が始まった

放課後

担任の川﨑先生から教室に呼び出された

「田口、久保田、児嶋、お前らには言うとく」

みんなと目をチラチラ合わせながら

一体何で怒られるのか考えたが

違い過ぎた

「実はな、中谷は重い病気を持ってる、あいつは長く生きられへん」

川﨑先生は中谷の病気の説明をした

「あと2、3年の命かもしらん」

黙り込んだ僕たちに

「あいつは強い奴や」

更に熱い眼差しで

「お前らも支えたれ、いっぱい遊べ」

心の中に刷り込むように言ったあと

「今日言ったことは、一度も口に出すな、今すぐ忘れて中谷と接してくれな」

そう言って川﨑先生は教室を出た

教室に残された僕ら三人は
気持ちを確かめ合うこともなく
無言のまま
言われた事には
一切触れずに教室を出た

川﨑先生が言った事は

三人とも本当に

一度も口に出すことはなかった

もちろん中谷にも一度も聞かなかった

ずっと知らないふりをしていた

全員1年5組で同じクラスだった


中谷は男前で運動神経もよくて喧嘩も強かった

児嶋はお調子者で女好きで喧嘩っ早い

久保田はゲラでビビりのあかんたれ

川﨑先生はハゲでデブで歯抜けだった

だけど面白くて熱くて生徒から信頼されていた

理科を教えていた

先生は授業中

いろんな話をしてくれた

川﨑先生が大学に通ってた頃
仲の良かった教授とファミコンの格闘ゲームをやることになり、教授が負けてばかりでキャラクターの動きが遅いと腹を立て、教授が勝手にファミコンを改造して、格闘ゲームのキャラクターのパンチを速くして強くした話が好きだった

あと過去に担任をした問題児の話で
生徒同士の親が浮気をして、片方の生徒の家族が離婚して、離婚した側の生徒が相手側の生徒に恨みを持ちショベルカーで家に突っ込んだ話は衝撃過ぎた

先生は結婚して奥さんと小学生の娘さんと三人家族で、奥さんが病気で毎日看病していると自分の生活も僕たちに話してくれた

みんな川﨑先生の授業が好きだった

笑いと興味が絶えない時間だった

青春の第一歩で

正しい楽しさを教えてくれた

今でも心に残っている

学んだ理科のことは

全く覚えていない


秋も終わる頃

川﨑先生の奥さんが深刻な状態になって
長期休暇で2ヶ月ぐらい学校に来ていなかった

合唱コンクール本番前

音楽室で自由曲で選んだフェニックスの練習中

ブーンッ ガシャン キキキキキィ~ 

車の出入りする東門に見覚えのある汚い車が荒い運転で学校に入って来たのが4階の音楽室から見えた

クラス全員が歌うのをやめた

駐車場に停まった汚い車から緑のツータックパンツに白シャツに黒み帯びた赤のネクタイの姿が見えた

その瞬間

児嶋が窓を開けて4階の音楽室から

「川﨑先生~!!」

校内に響きわたる大きな声で叫んで手を振った

他のみんなも窓を開けて

「川﨑先生~!!!!!!」

クラス全員で叫んで手を振った

「お前ら授業中や戻れ!」

川﨑先生は大きな声で4階の音楽室に向かって叫んだ

みんなのざわつき
秋の穏やかな青空が
眩しく見えた

合唱コンクールの結果は

学年5クラス中の2位だった

優勝できず

川﨑先生はクラスのみんなと顔を合わすこともなく帰った


冬になる頃

1時間目の理科

ガラガラ

教室の扉が開いた

「川﨑先生!!!!」

クラスのみんなが驚いた

「しばらくの間、すまんかった」

みんなに向かって深々と頭を下げた

「今日から復帰させてもらいます」

「イェーイ!!!!」

みんな手を叩いて喜んだ

川﨑先生は元気になった奥さんとの闘病生活を赤裸々に話してくれた

先生は自分が見た光景を教室の後ろに映すように語った

「合唱コンクール見たあとクラスに行きたい気持ち抑えて、車に乗った、学校を出たあと景色が滲んで車の運転が大変やった。フェニックスの歌と自分の心境が重なって、、お前らから勇気と感動を貰った、本当に僕の支えになりました。ありがとう」

先生は理科の教科書を持って開いた

「さぁ、授業をはじめる」

3ヶ月ぶりの授業は

ほとんど先生が釣りにハマった話だった


冬になった頃

三者面談

「お母さん、田口と一緒に釣りに行きたいんですが良いですか?」

「えっ!?」

「来週の水曜日、夜の11時に集合して夜中の3時までには家に帰しますので」

「え、、でも、、」

「送り迎えはしますので」

「いや、その、そんなんいいんですか?」

「僕が全て責任持ちますので大丈夫です」

オカンが僕の顔を見てから

「じゃあ、わかりました」

「ありがとうございます」

川﨑先生は僕に向かって笑顔で頷いた

「お母さん、中谷も連れて3人で行きますんで」

「あ、中谷くんもですか」

「すみませんが、この事は内緒でお願いします」


水曜日 夜11時 

待ち合わせ場所のセブンイレブンの前に

中谷が先に待っていた

「中谷~」

「おう」

「ほんまに行くとは思わんかったな」

「そやな」

「お前の親も反対せんかったんやな」

「全然大丈夫やったわ」

「ていうか明日、学校やで」

「ヤバいな」

ブーンッ キィ~ 

「おう、すまん遅れて、後ろ乗ってくれ」

川﨑先生の汚い車が走る

先生の好きなオフコースが掛かっている

夜の景色が流れていく

先生と中谷と三人でいるのが不思議な感覚だった

釣り場の近くに着き

荷物を持って

駐車場から少し歩いた

工場中の立ち入り禁止の看板前

「田口、中谷、これ越えれるか?」

立ち入り禁止の金網フェンス

僕たちはフェンスを乗り越えて立ち入り禁止の敷地内に入った

先生から荷物を預かり

その後、先生がフェンスを乗り越えようとしたら

一瞬、先生の顔が懐中電灯で照らされた

「お前ら!伏せろ」

先生が懐中電灯を避ける様にしゃがんだ

「ちょっとここ居ってくれ」

先生は懐中電灯が光っていた方に歩いて行った

「おい、中谷」

「なに」

「もしかして警察かな」

「わからん」

「先生、捕まったらどうする」

「めっちゃオモロいな」

「オモロないわ」

「アッハハハハハ…」

「静かにせぇ」

「アハハハハハ…」

「なに笑てんねん」

先生が戻ってきた

「危ない危ない警備員やったわ」

「中谷が警察に捕まったらオモロい言うて笑ってました」

「アハハハハハ…違います違います」

「中谷、お前は悪いやつやなぁ」

警備員が居なくなったのを確認して先生もフェンスを乗り越えた

「さぁ行くぞ」

荷物を持って警戒しながら釣り場まで歩いた

普通の中学生では体験できない
凄く貴重な体験をしている事に
気づきながら歩いた

「絶対この時間には警備員おらんはずやねんけどな」

その先生の言葉に
何回も来てるんやと思いながら
先生が担任で良かったと思った

「着いたぞ」

まだ開通されていない完成目前の明石海峡大橋の真下だった

僕らは世界一の吊り橋に興奮した

その間に先生が釣りの準備をしてくれた

僕と中谷は大量に釣れた

メバルにカサゴやアイナメ

大きな魚がたくさん釣れた

先生は全く釣れてなかった

「さぁ、そろそろ帰ろか」

3人で釣った魚を分けて持って帰った

「お前ら明日、絶対に遅刻すんなよ」

車で家の真ん前まで送ってくれた

「先生ありがとう」

家に着いたのは約束通り3時前だった

先生は次の日かなり眠そうに何度もあくびをしていた

中谷は休んでいた


冬休み

中谷の住んでる中学校前のマンション

10階の階段から

サッカー部の練習を見ながら

久保田と児嶋と中谷と4人で話をしていた

「俺、みんなと2年になれへんわ」

みんなの驚いた顔と目を合わせないように中谷は下を見た

「俺、引っ越すねん」

中学校の4階の音楽室から吹奏楽部の練習の音が鳴り響く

久保田も

「嘘やん」

児嶋も

「嘘やろ」

僕も

「嘘やんな」

しか言えなかった

中谷に何も聞けなかった

頭によぎった言葉は

無理矢理消した


#2

19歳の春

静かすぎる夜

着慣れない黒いスーツで

会場に並べられたパイプ椅子に座って

線香の煙の先にある遺影を眺めていた

「久保田、、、」

「なに、、」

「中谷、、、どうしてんのかな」

「、、、わからん」

「最後に会ったん、、中2になる前やな」

「、、そうやな」

「明日の葬式、、来るんかな」

「、、、わからん」

久保田は話している間

棺桶の中にいる児嶋の顔を見ていた

頭によぎった

放課後
川﨑先生から教室に呼び出されて言われた事を

「田口、久保田、児嶋、お前らには言うとく」

「実はな、中谷は重い病気を持ってる、あいつは長く生きられへん」

「あと2、3年の命かもしらん」

「あいつは強い奴や」

「お前らも支えたれ、いっぱい遊べ」

「今日言ったことは、一度も口に出すな、今すぐ忘れて中谷と接してくれな」

黙り込んだ僕たちに
熱い眼差しで
心の中に刷り込むように言った
川﨑先生の言葉

あの時

先生が教室を出てから

教室に残された僕ら三人は
気持ちを確かめ合うこともなく
無言のまま
言われた事には
一切触れずに教室を出た

あの時から

川﨑先生が言った事は

三人とも本当に

一度も口に出すことはなかった

もちろん中谷にも一度も聞かなかった

ずっと知らないふりをしていた

中谷は引っ越して

本当に

三人とも

川﨑先生が言った事には

一切触れないまま

何年も経った

児嶋は20歳になる一週間前に死んだ

4月1日エイプリルフールにバイク事故

4月2日に19歳で亡くなった

児嶋の死に顔を見る久保田の目は赤く

悔しさで悲しみきれない涙を流していた

僕は

声に出さず

「中谷、お前は、今、、」

頭によぎった言葉は

無理矢理消した

パイプ椅子から立ち上がり

新しい線香に

火をつけて立てた

「線香の火は、絶やしたアカンで」

児嶋の死に顔を見ながら久保田に言った


「コンビニで夜食買って来たわ」

永野がカップヌードルと飲み物を買って来た

「みんなで食べようや」

久保田の肩をやさしく叩いてから

コンビニの袋から児嶋の好きなスコールとガブリチュウのグレープを棺桶の中に入れた

永野は中2からブルーハーツで仲良くなって

高校ぐらいから一緒にパンクに夢中になった

パンク雑誌DOLLを見て

CDやレコードを買って

好きなバンドをライブハウスまで見に行った

友達の好きな物にすぐ興味を持つ好奇心旺盛で気のいい奴で

児嶋がバイクにハマると永野も直ぐバイクにハマった

「ほんま、えぇ奴やったな」

永野が児嶋の棺桶とパイプ椅子を向かい合わせに置いてから座りカップヌードルを食べる

「そうやな、、ほんま喧嘩っ早い奴で、人間だけやなくて、猫とかカラスとも喧嘩しとったな、めちゃくちゃな奴やったけど、涙もろい所もあったな」

僕も児嶋の棺桶とパイプ椅子を向かい合わせに置いてから座りカップヌードルを食べる

「児嶋、中学の卒業式で一番泣いてたな、ついこないだ、苦労かけたお母さんに家建てて恩返しする言うてたのに、、、俺、児嶋に、、」

久保田は棺桶の中にいる児嶋の死に顔を見たまま膝から崩れ落ち体を丸めて腕で涙を拭った

「俺、児嶋に、最後、、死ねって言うてもうてん、、、児嶋と一緒にモノポリーの話で盛り上がって、、今度勝負しようって言うてさ、、俺が絶対に勝つって言い合いになって、、じゃあ俺に負けたら、、死ねよって、、、児嶋に言うてん、、、それが最後の会話ってさ、、、」

永野は児嶋の棺桶とパイプ椅子を向かい合わせに置いた

「冗談で言うたことやろ、、気にすんなや、、最後まで、、冗談言うたろうや」

永野は久保田にカップヌードルを渡した

「そうやな、ありがとう」

永野と

僕と

久保田は

棺桶と向かい合わせに

パイプ椅子に座って

カップヌードルを食べて

朝になるまで

CDラジカセで

ブルーハーツや

ユニコーンを

掛けながら

線香の火を灯し続け

児嶋の思い出を語った


児嶋の葬式

中学校の卒業以来だった

「一緒に酒飲めるの楽しみにしとったのに」

児嶋に手を合わせて

僕たちに

一言だけ交わして

川﨑先生は帰った

19歳のまま

13歳のまま

2人と告別した

中谷は来なかった


19歳の梅雨

僕は夜の街に引き込まれ過ぎて

黒い春から抜け出せなくなっていた

だけど

胸の奥にある夢が小さく光り始めた

そんな時に

永野が

交通事故で

記憶喪失になった


#3

18歳の春

就職もせず

キャバクラの店員になる

酔っぱらいに冷やかされても

ヤンチャそうな兄ちゃんに絡まれても

ご機嫌をとって客にする

店の女に手をだすな

揉めた時は殴られるまで殴るな

一発殴られたら十発殴り返せ

店のルールは店長から学んだ

夜の街には

暗黙のルールもある

店の縄張りで客引き

あと一つ

あの人だけには

絶対に声をかけてはいけない

その人を覚えた

いつも決まった時間に現れる

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩く

その筋の人

他の店の客引きも誰一人と声をかけない

目の前を通り過ぎても

背中も見れないぐらい殺気を放っている

誰から聞いたわけでもなく

三ノ宮の夜が教えてくれたことだった


命を張る瞬間は何度もあった

「田口くん」

「はい、店長」

「俺がヤバかったら頼むわ」

店長は革の手袋をはめた

店の中で小刀を出して客が暴れている

店長が無言で暴れている客に向かって一歩前に出る

暴れている客が店長に襲いかかる

店長は腕を掴んで一本背負い

「まだやりますか?」

店長の一言で

「シャレがわからんやつやのう」

暴れていた客は降参した

僕は強く握って持っていた鏡月の瓶を音が鳴らないようにテーブルに戻した

店長は笑顔で伝票とトレーを差し出した

店長は強くて怖い人

僕を弟のように面倒を見て可愛がってくれた


激しい雨と雷

深夜3時過ぎ

「田口くん、今から行くぞ」

「え、どこにですか?」

「フウカが危ない」

「え、どういうことですか?」

店の前にベンツが停まる

後部座席に店長と座る

店長の携帯が鳴る

フウカから電話

「早く!たすけて!」

携帯電話から声が漏れて聞こえてくる

「今、向かってる」

「早く来て!」

フウカの助けを求める声とドアを叩く音とチャイムの音が繰り返し聞こえる

「もうすぐ着く」

店長は冷静に答えて携帯を切った

「田口くん、これも仕事や」

「はい」

店長の目つきを見たら何も聞けなかった

「ここです」

運転手が車を停めた

「田口くん、先に見て来て」

「え!?」

「俺は後で行くわ」

「え、、わかりました」

近くで雷が落ちる大きい音がした

傘もささずに車から降りる

一瞬で全身ずぶ濡れになり

車のドアを閉めた

ポケットの中で拳を作り

フウカの家の前に行く

男が玄関を気が狂ったように殴っていた

もう僕に迷いなんか無かった

「おいコラ」

こっちを向いた男

一歩踏み出し

ポケットから手を出した時に

「田口くん」

後ろから店長に腕をつかまれた

「車に戻って」

店長は男の方を見ながら革の手袋をはめて言った

「、、、、はい、、、わかりました」

車に戻った

1分もたたないうちに

店長が来た

車から降りると

店長の後ろにいる男は小刻みに震えていた

「田口くん、合格や」

店長は笑顔で言った

「先に行かしたんは試したんや」

その後ろで男は青ざめた顔で下を向いている

「田口くん、先に帰っていいで」

「え、でも、」

「大丈夫や、また明日」

僕は車に乗った

夜明け前

雨は止みかけ

空が少し明るくなっていた

知らぬ間に

黒い春が

始まっていた


次の日

「店長、あの男どうなったんですか?」

「田口くんが気にすることちゃう」

「いや、でも、」

「田口くん、やっぱ根性あるな」

「僕なんて大したことないです」

「逃げへんか試したんや、ずっと車から見ててん」

「すぐ来てくださいよ」

「なかなかカッコよかったで」

店長は穏やかに話して僕の肩を叩いた

「田口くん、なんか昔の俺に似てるわ」

「え、僕がですか?」

「今日も頼むわ」

客引きをしていた

隣で違う店の新入りが手当たり次第に声をかけていた

縄張りに入って来ないか警戒していたら

いつもの時間に

あの人が来た

さすがに声をかけるわけがない

違う店の新入りは

あの人に

声をかけた

夜の街が一瞬

静まり返った

あの人は

何もなかったように

いつも通り

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩いて

通り過ぎていった


さらに次の日

また隣で

目障りになるぐらい

違う店の新入りが手当たり次第に声をかけていた

いつもの時間に

あの人が来た

さすがに声をかけるわけがない

違う店の新入りが

あの人に

声をかけようとした瞬間

その直ぐ横に車が停まった

どこから現れたわからない男に

違う店の新入りは

首にスタンガンを当てられ

そのまま車のトランクに入れられた

ほんの一瞬の出来事だった

車は走り去り

あの人は

何もなかったように

いつも通り

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩いて

通り過ぎていった


その次の日

違う店の新入りの姿はなかった

いつもの時間に

あの人が来た

いつも通り

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩いて

僕の目の前で止まった

「お前、名前なんて言うんだ?」

あの人に声をかけられた

「た、田口です」

「お前どこの店のやつだ?」

僕は店の名前を言うのは避けたくて

「すみません、」

あの人は

「おい、渡しとけ」

その一声で

後ろの付き人の一人が僕に名刺を渡してきた

それ以上は何も言わず

いつも通り

後ろにいる二人の付き人と

道の真ん中をふらふら歩いて

通り過ぎていった

店に戻り

あの人から渡された名刺を店長に見せた

「あぁ こいつか」

「知ってるんですか?」

「昨日、開店前に店に来たわ」

「えっ、マジですか」

「なんか分け訳わからんこと言うてきたから追い出したわ」

あの人だけには

絶対に声をかけてはいけない

店長には

この暗黙のルールが存在していなかった


19歳の春

チカチカするネオンの光に

僕の未来は負けそうになっていた

夜の街から闇の街へ

引き込まれそうだった

目の前で人が刺されて倒れる

見たくもない光景を見た

背後を気にしながら帰る毎朝

気がつけば

胸の奥で夢は消えかかっていた

黒い春から抜け出したくて

家で一人

深夜のテレビに映る高速道路を眺めて

児嶋の死

今の自分

自分の命

全部を光にして走らせた

何度も

何度も

走らせた 

何度も

何度も

走らせていたら

胸の奥にある夢が小さく光り始めた


19歳の梅雨

客引き中に携帯が鳴った

「もしもし、」

「永野が、事故った」

「うそやろ、」

「ほんまや、今、病院や」

「すぐ行く」

久保田からの電話を切った

エレベーターを待てずに

雑居ビルの階段を走って上り

店の扉を開けた

「店長!」

「どうしたんや?」

「友達が、友達が、また事故って」

「今すぐ行ったれ」

「はい、すみません」


永野の彼女と病院に行った

永野が彼女と付き合った日に客引きしている僕の所に自慢しに来た

それは事故をする2週間前ぐらいだった

病室に入る

包帯を頭に巻いた永野がベッドからお母さんに体を起こしてもらっていた

「永野!大丈夫か?」

「誰?なんか見たことある」

「俺や」

「誰?」

「わからんのか?」

「今日、雨か」

永野がベッドから窓を見て言った

僕のことも彼女のことも記憶から消えていた

永野のお母さんに一礼して病室を出た


次の日から

仕事には行かず

永野の見舞いだけをしていた

中学の卒業アルバムを持って

「永野これ誰かわかるか?」

「わからん」

「これ置いとくわ」

永野のお母さんに一礼して病室を出た

「田口くん、ありがとう」

「また来ます」


一緒にライブに行った時の写真を持って

「永野これ誰かわかるか?」

「わからん」

「一緒にパンクが好きでライブハウス行ってたんやで」

「覚えてないわ」

「この写真置いとくわ」

永野のお母さんに一礼して病室を出た

「田口くん、いつもありがとう」

「また来ます」


一緒に旅行に行った時の写真を持って

「これ誰かわかるか?」

「わからん」

「これ一緒に淡路島に旅行に行った時のや」

「うん」

「覚えてるか?」

「うん」

永野は眉間にシワを寄せて

しばらく写真を見た

「これ見て」

中学の卒業アルバムを見せて

淡路島の旅行の写真と照らし合わせた

「こいつが久保田」

「うん、」

「こいつが児嶋や」

「児嶋、」

「こいつが俺で田口」

「うん、田口って空手やってて、パンク好きよな」

「え」

「田口とは仲いいねん」

「俺や、田口は俺やで」

永野は眉間にシワを寄せて

しばらく俺を見た

「うん、」

「俺が田口や!わかるんか?」

「うん、」

淡路島の旅行の写真を永野に見せて

「これが俺」

「うん」

「これは」

「久保田、、」

「これは」

「児嶋、、」

「これがお前や」

「うん、、」

「これに写ってるのは、みんなお前の友達や!」

「うん、、」

「今、お前の目の前にいるのは誰や?」

「田口」

涙を我慢できなかった

「なんで泣いてるん?」

「そら泣くやろ」

この日から永野の記憶が奇跡的に戻っていった


永野の彼女と千羽鶴を持って行った

「千羽鶴や」

「すげぇ」

「いつもありがとう」

「早く退院できたらいいな」

「ほんま早よ退院したいわ、病院のメシまずいねん」

「あんま大きい声で言うなって」

「焼き肉食べたいわ」

「退院したら祝いで焼き肉食べに行こうや」

「ほんま!絶対やで!!絶対行こな!!」

「みんなにも言うとくわ」

「楽しみやわ」

僕の隣にいる永野の彼女を見て微笑んだ

そして、僕に向かって言った

「そんなことより田口の彼女めっちゃ可愛いな」

「え」

「俺も彼女欲しいわ」

彼女の記憶は消えていた

彼女との記憶はずっと戻らなかった

永野が退院したあと

彼女は永野から離れた

永野は児嶋が死んだことを

忘れていなかった


19歳の秋

店の扉を開けた

「店長、お久しぶりです」

「友達は大丈夫か?」

「もう大丈夫です」

「お前は?」

「僕も大丈夫です」

「そうか」

「店長、、、やめさせてください」

「なんでや」

「僕、やりたいことあるんです」

「おい、」

「はい」

「お前わかってんのか?」

「お願いします!やめさせてください!」

「俺が何の為にお前を可愛がってたか」

「すみません」

「殺すからな」

「ほんますみません!」

「お前が何やりたいか知らんけどな、あきらめたら殺すからな」

「店長、、」

「出て行け」

「ありがとうございます!!」

「二度と顔見せんな」

店長に頭を下げてから

扉を開けて店を出ようとしたら

「田口くん、ガンバれよ」

店長は僕に背中を向けて言った

熱い気持ちが一気に込みあげ

感謝の気持ちを言葉にしたくても

できなくて

胸の中で力強く

小さい声で

「はい」

流れそうな涙を体の中で必死に止めて

ゆっくり店の扉を閉めた

胸の奥にある光り始めた夢で

黒い春を抜けていく


#4

22歳の春

全国ツアー中

大分でのライブが終わった

殺伐とした空気

会場の後方で汗を冷ましながら

地元のPUNKバンドのライブを見ていた

ギターの奴が演奏中

俺に向かってギターを投げてきた

暴力をひけらかしてるだけで

暴力に勝るカッコよさがなく

全く張り合いがないので

投げてきたギターが体にあたってないのに

過剰に痛がってライブの空気をぶち壊してやった

ライブ終わりギターのところへ行き

『痛~』

『足痛いわぁ』

『お前やお前』

『金払うか殴らせるかどっちぃ~』

『痛いねんけど~』

『なぁ歩かれへんわ~』

ずっと無視された

意味わからんイキり方に腹が立ち

『おどれ何がしたいんじゃ』

顔面を蹴ろうと思った瞬間

凄い勢いでライブハウスのドアが開いた

怒鳴り散らしながら

血まみれのサラリーマンが

警察官と一緒にライブハウスに入ってきた

イベントは中断

高校生ぐらいのPUNXが

警察に羽交い締めにされ

パトカーで連行された

イベントは再開

気がつけば

イキり方がヘタクソなダサいギターの奴は消えていた

『サインして』

WARTのCDを持った女の子

『えっ、、ええょ』

『カッコよかった』

『何歳なん?』

『14歳』

『中学生?』

『うん、一緒に写真撮って』

『うん、ええよ』

『いつか一緒に対バンして』

『おう、、ええよ』

果たせない約束をした

大分から大阪へ

間近で鳴る汽笛が海の音を掻き消す

カモメが手が届きそうな位置で

さんふらわあ号と平行に飛んでいる

真っ赤な夕日が

PUNKが始まった

あの日と一緒に

海に沈んでいく

あきらめは死を意味する

PUNKが僕に答えをくれた

もうすぐバンドは解散

ないフリしてた夢は動いていた


23歳の春

『お前がバンドやめて何するか知らんけどや、、。』

解散ライブ終わり

二人だけで

憧れの衝撃と

Star-Clubから少し離れ

三ノ宮の高架沿いを歩いた

電車が走る音

過去と現在と未来が混沌とする

『俺な、今まで自分が1番やと思ってたけど、初めて自分よりカッコいいやつがおると思ってん。それがオマエやってんぞ』

『なにぬかしとんねん』

『WARTやめて何すんねん』

『…』

『ダサかったらシバくからな…』

『…。なに言うとんじゃボケ!! お前はな、俺のな、憧れの衝撃なんじゃ!! 』

と声にしたら

どついてまいそうで、、

だって

お前は

俺の初期衝動やったから

REBEL YOUTHやったから

胸がしめつけられ

三ノ宮の夜空を見上げた

チカチカするネオンの光に負けない小さな星

電車の走る音

怒りみたいな切なさを吹き飛ばして

現在に夢を走らせた

PUNKは未来に勝ちたいという気持ちをくれた

僕に人生と戦う心をくれた


15歳の夏

慣れない空気

夜の三ノ宮

Pi:z前

しょんべんを振り撒きながら迫ってくる

継ぎ接ぎの革ジャン

黒の網シャツの下に

CRUXの″Keep On Running″のTシャツ

カミソリのループタイ

BIG JOHNの細身のジーパンに

adidasの黒のSAMBAモデル

襟足の左だけ金髪で

説明が難しい複雑な髪型

頭から激しく石鹸の匂いがする

『お前なんやコラ』

『えっ』

『シバくぞ』

『なんで』

そいつは俺を睨み付けながら陰部を閉まい

階段を下って地下に入った

ぶっ殺したい余韻のまま

俺も階段を下って地下に入った

忘れられない夏の夜になる

爆音で聞いたことない不快な曲が鳴り響く

さっきのあいつが人並みを割るように

ステージに上がった

爆音は鳴り止み

いきなり叫んだ

『SAVE YOUNG GENERATION~!!』

曲が始まった

一気に憧れた

衝撃だった

なにかもが

刺激的だった

この日から

俺のPUNKが始まった

夢中になれることは

エロ本

吉本超合金

VISUALBUM

ザ ブルーハーツ

やったけど

誰よりも

なによりも

よーかいくんに

夢中になった

憧れの衝撃だった


BREATHでのライブ終わり

よーかいくんが話かけてきた

『お前なんか楽器できんひんの?』

『なんもでけへん』

『楽器なんかやれや』

『いやや』

『お前とバンドしたいわ』

『やらん』

『生意気やの お前調子乗んなよ』

『うっさいボケ』

蹴りを喰らわす

『痛』

やり返される

立てなくなるまで蹴りまわす

時間差でやり返される

直ぐ一撃で終わらす

日をまたいで

神戸108で

やり返される

直ぐ一撃で終わらす

BLUEPORTで

HELLUVA LOUNGEで

Back Beatで

繰り返し

1年

2年と

繰り返し

3年

4年

5年と

同じように

ただ繰り返し

憧れても

憧れてることは

見せなかった

認めてもらいたい気持ちを

ライブで暴れて

シバきあって

そんなことでしか

伝えれなかった

そんな自分が

PUNKじゃなかった

RAMONES

MISFITS

DEAD BOYS

LOST KIDS

SEX PISTOLS

SLAUGHTER AND THE DOGS

X-RAY SPEX

RAPED

THE BLOOD

ADICTS

THE EXPLOITED

SPECIAL DUTIES

ABRASIVE WHEELS

THREATS

CHAOS UK

SUB HUMANS

OXYMORON

INFA RIOT

THE BUSINESS

COCK SPARRER

ANGELIC UPSTARTS

SHAME69

DEMOB

MENACE

THE CRACK

FRANKIE&THE FLAMES

V2

SOTLIMPA

ASTA KASK

THE BRISTLES

ザ スターリン

ラフィンノーズ

コブラ

アナーキー

ザ ロッカーズ

ザ スワンキーズ

オウト

ガーゼ

ペイントボックス

アディクション

レベルユース

トレイター

オーダー

ジョニーロケッツ

狂撃

ブルースビンボーズ

岡林信康

友川カズキ

友部正人

あぶらだこ

スペルマ

ジャッジメント

ビビシック

PUNKが好きで

PUNKのルーツを辿って

レコードもたくさん買った

どんなけライブハウスを出入りして

どんなけ暴れても

ずっと

自分は

PUNXやけど

ただのPUNXなだけで

なんか

ずっと

ずっと自分が

PUNKじゃない気がした

いつからか

ライブを見に行っても

心に苛立ちだけを埋め尽くすだけになっていた


よーかいくんは

いろんなバンドをしていた

海外でも有名なバンドで活躍したり

また別のバンドで

日本でメジャーデビューもした

メジャーデビューした時は

乞食だった

乞食やけど

携帯は持っていた

でも家はなかった

だけど元気だった

でも交通事故にあった

横断歩道を歩いてる時にタクシーに轢かれた

だけど奇跡的に鼻だけ轢かれて助かった

でも鼻が曲がった

だけど慰謝料で手術をした

でも手術中に痛すぎると医者にキレて中止した

だから鼻は曲がったまま

だけど元気だった

でも喉にポリープができた

だから手術をした

無事に手術は成功した

でも医者から5日間は誰とも話さず安静にと言われた

だけど見舞いに来る知り合いと話まくった

だから声帯がおかしくなって

地声が高くなった

メジャーデビューしても

よーかいくんは

よーかいくんのままやった

声と鼻の形が変わっても

カッコよさは変わらなかった

ずっとカッコよかった

でも

負けたくなかった

だけど

なにに負けたくないのか

ずっと

わからなかった

気づくのに

時間がかかった

自分の思いを伝える

自分の想いを形にする

自分のやりたいことを

なにがあろうとも

どこにいても

自分のままで

全力で

全開であること

その必死な姿に

負けたくないんだと

ようやく気づいて

20歳で黒い春を抜け出した


ジョニーロットンと

よーかいくんが

みんなと違うくていい

いつだって個人であること

みんなバラバラで

違う者同士でも

ぶつかり合って一つになる

それがPUNKやと教えてくれた

21歳の春

JAPANESE HARD CORE PUNK BAND

WART結成


バンド名の意味は2つ

1つはイボ

俺の耳の横にイボがあるから

もう1つは嫌なやつ

誰かに好かれたいとか一切なく

ただ喧嘩を売りまくって

憧れを下したい

その心だけで決めたこと

自分の日本語を

HARD CORE PUNKにのせて

さらけだした

CDを出して

全国ツアーをして

ライブで

勝ったり

負けたり

自分で

勝手に

勝負した

純粋な気持ちを

そのまま

HARD CORE PUNKで暴れただけ

たった2年

その2年だけ

俺はPUNKやったかもしれない


21歳の冬

初めての自主イベント

出番は最後

ラストの曲

かなりの興奮状態で

電線が絡まった鉄パイプに

ぶら下がって歌ったら

体から垂れた汗で感電

青い電流と火花が散って

吹っ飛ばされ

視界が真っ暗になった

『死んだ』『死んだ』『絶対死んだ』 

声だけが聞こえてきて

自分が死んだと思った

『死んだ』『死んだ』『タグ死んだ』

ライブハウスのブレーカーが落ちただけ

ライブハウスの電気がもどり

視界が明るくなった

錯覚がとけた

自分が生きていて

『うわあぁぁぁぁぁ 生きててよかったぁぁぁぁぁ』

ずっと握ったままだった

マイクで叫んだ

曲の終わりと同時に吹っ飛んだから

演出と勘違いされて

アンコールが起きた

持ち曲は全部やりきっていたけど

『 ラストいくぞ 』

歓声が起きる

『 貧しい世界でも笑わんかい… 』

なにもやれる曲がないから

『 貧しい世界でも笑えるぞ… 』

二回続けて同じ曲をした

『 生に勝て 』

曲が始まったら

客が一気に暴れだして

滅茶苦茶になった

滅茶苦茶やったけど

1人だけ

俺らを

赤い目で

見ていた


お前がおったから

俺はPUNKで

死にかけた

俺は

あの時

死にかけても

離さずに

ずっとマイクを握っていた

あの感触を忘れない

忘れてはいけない

あの感触に

忘れてはいけない

生きざまがあるから

23歳の春

チカチカするネオンの光に負けない小さな星に

誓ったことがある

憧れ下すの夢じゃない

故に遠慮するな

胸の奥じゃなく

全身で

夢を光らせて

いつか誰かの

初期衝動になる

お笑い芸人で



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