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矢野博丈はダイソーの創業者!現社長は長男?次男?資産/経歴を紹介!

矢野博丈さんは、「DAISO(ダイソー)」として有名な株式会社大創産業の創業者で元社長です。
広島県で移動式販売を始め、100円ショップをグローバル企業に一代で築き上げたことでも知られています。
現在は次男の矢野靖二さんに社長の座を譲り、矢野博丈さんは経営から離れています。

ここでは、矢野博丈さんの人物像やビジネスにおける実績、家族との関わり、現役時代の年収、周囲からの評判などについてご紹介していきます。

矢野博丈とは

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矢野博丈さんは、広島県出身の実業家です。
さまざまな職を転々とした後、移動式販売の100円ショップを始め、後に大創産業株式会社を創業しました。
さらに、100円SHOPダイソーの販促に力を注ぎ、全国の都道府県に店舗を構えることに成功します。
その後も事業の拡大を続け、日本国内のみならず海外にも店舗を構えるなど、大創産業はグローバル企業に成長したのです。
その結果、100円ショップ事業の草分け的存在として、矢野博丈さんの名前は、広く知られるようになりました。

プロフィール

矢野博丈さんのプロフィールは以下の通りです。

本名:栗原五郎(結婚を機に矢野博丈に改名)
読み:くりはらごろう(やのひろたけ)
生年月日:1943年4月19日
出身地:広島県東広島市福富町
性別:男性
国籍:日本
学歴:中央大学理工学部二部土木工学科

矢野博丈の生い立ち

矢野博丈さんは、戦時中に中国の北京市で誕生しました。
敗戦後に一家は父親の故郷である広島県東広島市に引き揚げます。

その後すくすくと育った矢野博丈さんは、中央大学理工学部二部土木工学科に入学し、現在の奥さんと学生結婚しました。

矢野博丈の経歴

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結婚後は妻の実家のハマチ養殖業を引き継いだものの失敗して借金を作ったり、さまざまな仕事を経験したりと紆余曲折を経て、1972年に「矢野商店」を創業しました。
商店といっても、トラックに雑貨を乗せて売る移動販売でした。

1977年には矢野商店を「大創産業」として法人化し、さらに店頭販売へとシフトさせます。
大創産業は100円商品にもかかわらず、質が良いと消費者の間で評判を呼び、矢野博丈さんの事業は徐々に拡大していきました。
1987年には、「100円SHOPダイソー」を積極的に展開し、国内外に店舗を増やします。
そして2017年には、国内外合わせて5,000店舗近くの100円ショップが誕生しました。

矢野博丈の実績

矢野博丈さんが残した実績は以下の通りです。

■100円ショップの発展に貢献

矢野博丈さんの大きな実績は、なんといっても100円ショップをグローバル企業に成長させたことでしょう。
矢野博丈さんが移動販売を始めた頃、安い雑貨の販売は、それほど珍しいことではありませんでした。
ただ、どれも質が低く、安かろう悪かろうが当たり前というのが、販売者だけでなく消費者にもあったのです。
しかし、矢野博丈さんは「原価割れしてでも良いものを」と、時には原価がほぼ100円、またはそれ以上の商品も、100円で販売しました。
これが「質の良い100円ショップ」というブランディングを生み、大創産業は大きく成功できたのです。

■新たな100円ショップの境地を切り開いた

100円ショップというと、元々は雑貨のイメージがありましたが、矢野博丈さんは雑貨以外の分野においても商品開発に取り組み、100円ショップの新たなジャンルを切り開きました。
現在100円ショップには、ありとあらゆる生活用品が販売されていますが、これも矢野博丈さんの大きな功績と言えるでしょう。

矢野博丈の現在

矢野博丈さんは長年、社長として会社の成長を見守ってきましたが、ある日、自身の経営方針が時代にそぐわないことを実感し、社長の座から身を引くことを決めたそうです。

矢野博丈さんには2人の息子がいましたが、長男はすでに医師として独立していて、跡継ぎ候補とはなりませんでした。
次男は大学卒業後、他社に就職していましたが、2015年に大創産業に入社しており、その働きぶりと人望を集める様子を見ていた矢野博丈さんは、次男の矢野靖二さんに社長業を譲ることを決めました。
こうして2018年に、矢野靖二さんが社長に就任し、矢野博丈さんは社長を退任されました。

矢野博丈さんは社長退任後、ほかの会社で社長になることもなく、経営の一線から身を引いています。

推定年収・資産

国内外で事業を軌道に乗せている大創産業の創業者ということで、矢野博丈さんの年収や資産が気になる人も多いのではないでしょうか。
彼の年収や資産はどのくらいあるのか、さまざまなところで囁かれていますが、正確な数字は明らかになっていません。

「おそらくこのくらいだろう」という目安に留めてほしいのですが、噂では2010年代の年収は、1億~2億円程度あると言われています。
この数字は、大創産業の売上から予測されていることなので、まったく信憑性がない、というわけではありません。

矢野博丈の家族構成(嫁・子供)

矢野博丈さんは、8人兄弟の5番目として誕生しました。
本名は「五郎」ですが、それは「5番目に生まれた子ども」だったからです。
矢野博丈さんには、学生時代に結婚した奥さんとの間に、息子が2人います。

矢野博丈の評判

矢野博丈さんの評判として、「ネガティブな発言をする経営者」としてもよく知られています。
「自分はインターネットも良くわからない、時代遅れな人間」「経営者としての強みはない。ただ働くことが好きなだけ」など、経営者に似つかわしくない発言をすることが多いからです。

しかし、100円の商品の質を高めたり、100円で販売できる商品の幅を増やしたりと、次代を読む目は鋭いように感じます。
誰もやらないことをやり、それが成功するというのは、やはり経営者としての素質が備わっているのではないでしょうか。

まとめ

今回は、大創産業株式会社の創業者である、矢野博丈さんについて紹介しました。
100円ショップを巨大な企業に育て上げた矢野博丈さんは、先見の明を持ち、それに向かって行動できる優れた経営者です。

彼の経歴や実績を振り返ってみると、人より何か突出したものがあれば、誰でも経営者になれる可能性があるのではないかと感じました。

既に経営からは身を引かれていますので、奥さんと余生を楽しんでほしいです。

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