介護とBTSなんです RMは変容する
もうすぐBTSの回顧録が出版されるとか。回顧録・・・。
まだ30前後の若者ですけど?
とは思うものの、現在の彼らの立ち位置を見ると、多くの人が関心を持つのは当然で、あ~こりゃ売れるだろうなあ、というか買っちゃうだろうなあ、
というか、きっと買います。
というくらいBTSが好きなんですけど、
突然ですが皆さまは「どうして私はBTSが好きなんだろう」って考えたことはありませんか?
私はよく考えるんです。
もちろん理由は色々ありますよね。ビジュアル良し、ダンススキル良し、
チームワーク良し、性格良し(知らんけど)もう嫌いになりようがない。
ただ多分、最終的には皆さまもそこに行きつくのでは、と思うのですが、
やっぱり楽曲の完成度ではないでしょうか。
BTSって何度聴いても飽きないというか、むしろ中毒性があるというか、
まさにPied Piperにまんまと引きずり込まれて「ヤバいヤバい、明日の仕事に差し支える、いったん離れよ」と思わない限り、エンドレスになったりしませんか?
そしてここで本当に心からお礼を言うべきなのが、訳詞をYouTubeなどに上げて下さる方々です。
私がBTSを愛するきっかけとなった楽曲は、YouTubeから突然流れてきた訳詞つきのZero O'Clock。
介護職という仕事はなかなかストレスの多い職種で、何よりも一番怖いのが高齢者の命を預かっているということなんです。医療従事者じゃないから医療面ではほぼ何もできない。でも何かあったときには適切に対処しなければならない。特に自分がミスったとき(例えば服薬ミスとか、転倒させてしまったとか)かなり落ち込みます。
そんな時に
♫何か変わるかな
変わることなんてないよ
それでもこの1日が終わるじゃないか(かなるび)
とBTSが歌ってくれて、どれだけ救われたか。
結局は歌詞あっての楽曲なんですよね。
歌詞を知ったときBTSは心に刺さる。
華やかに見えても、その毎日は私たちとあまり変わらない、というか、
私たちが上手く表現できない悲しみや辛さを代弁してくれているからこそ、国や言語や民族、性別を超えて愛されるんだと思います。
私も日本語訳がなかったら、多分ここまで好きにならなかったかもしれない。
本当に訳者の方には感謝しかないです。
それ以来、元気が欲しいときはこの曲、癒されたいときはこの曲、と
好き勝手にBTSを消費させて頂いています。
ということで、こまごまと駄文を連ねてしまいました。すみません。
で、ここからが本題です。
5月5日のWeverseにRMさんが投稿されていましたね。
お読みになった方も多いと思いますが、近況報告の内容でした。
ありがたく日本語訳を拝見しました。
RMさん少し元気がないように見えませんでしたか?
実はその前から少し気になっていたことがあって、それは4月1日のWラなんです。
作業に少々行き詰って、気分転換にご機嫌伺いという感じの内容だったんですが、
ライブの場合、ファンの皆さんは、時間を共有してるよ~って励ますためにバンバン投稿されますよね。で、RMさんがちょっとそれを拾ってみたりとか。でもこの日のRMさんは、ある種の投稿が少々気に障ったのか「変なコメントが多いですね」などと言ってしまう。
もちろんソツのない人ですから、最後はサービスコメントをしっかり語ってこのライブを終えました。
そして5月5日の投稿です。
もしかしてライブでやるのはしんどかったのかなあと感じました。
内容も少しネガティブな感じ。
それで何でかな、と思ったんです。
ここで突然、なんで私はBTSが好きなのか、という問題に戻るのですが、
BTSが好きな私って一体何?と、自分のことが不思議で仕方がなかったんです。今まで、いわゆる「推し」というものには全く無縁の人生だったので。
そこで出会ったのが
「BTS,ユング、心の地図」
という本で、お読みになった方も多いと思います。
そこで見つけた文章。ちょっとお借りします。
この本によると
「死」とは、これまでのアイデンティティでは上手く行かなくなって、
それを手放さなければいけない状態。これから新しい自分になっていこうとすれば、今まで自分を支えてきたアイデンティティを捨てなければならない。
これはしんどいことです。仕事でも人間関係でも、どうしても人は変わらざるを得ない。
そういった人生の移行時期があると。
で、これを読んだとき「それだ!」と思ったんです。
「私は今、まさに人生の移行期にある」と。
日本には結構、熟年のBTSファンが多いといいます。まさに私もその一人なんですが。
無責任な世間は「いい年してアイドルにキャーキャーいう痛いおばさん」という言い方をします(圧倒的に女性が多いので「おばさん」て言っちゃいます)。
でもユングに乗っかれば違うんです。
一般的に言って、学生時代が終わったら社会人、結婚したら妻、子供ができれば母、仕事をしていれば職業人と、私たちは人生に於いて様々な役割を担っています。
それに一定の区切りがつく時期と人生の移行期は、ある部分シンクロしています。
その移行期に、私たちは「さあ、これからどうやって生きていこう」と思い悩みます。
で、この自分のアイデンティティの移行期にBTSに出会ったという人が多いのではないかと思うのです。
これまでのアイデンティティを手放さなければならない時期。その不安を埋めてくれるのがBTSなのではないかと。「自分らしく生きていいんだよ」と背中を押してくれる存在。
BTSは青春の歌を歌ってきたんだから年齢層が違うじゃないか、と考える人もいるかもしれません。でも違うんです。いくつになっても人は同じようなことで傷つくし、同じような悩みを持つのです。
BTSが世界的アーティストになったのは、まさにその普遍性があったからではないでしょうか。
そしてRMさんです。彼は来年30歳になります。
人によって様々とは思いますが、30歳というのは、人生の一つの区切りとなる年齢。ユングの言う中年期、すなわち成人期の初期から成熟期の真っただ中だと思うんです。
体力的にももうあまり無茶はできない。10代の頃のような尖った感性も発揮しづらい。
こう言っては何ですが、思春期というのは確かにしんどい時期です。でも敵は結構はっきり見えている。大人であったり社会システムであったり、多くは自分の外にある。だから言いたいこともはっきりしていた。
だけど30歳を迎えようとする今、自分には何が語れるのか。思春期、青春というアイデンティティは彼にとってはもう古いもの、捨てなくてはならない時期にきています。
「アイドルでもアーティストでも、どう呼ばれたって気にしない」と歌っていた時の方がある意味、楽だったかもしれません。だってその時期は本当にアイドルでありアーティストだったから。
だけど彼の中ではもうその時期は過ぎている。しかし一方では30歳というのは、社会的にはまだまだ若い。どっちつかずの微妙な年齢です。
多分感じること、言おうとしていることが全て的外れのような、
もっと言えば、実はいま、自分には語れることが何にもないんだ、というような、そんなしんどさに囚われているのではないのでしょうか。
もしそうだったら、表現者として生きてきた彼にとって、これほどキツイことはないかもしれません。
5日の投稿から匂ってくる自信のなさ。
彼は美術にも造詣が深いそうで、4月のWラでも「美術館に行ったり、ちょっと外に出て花を見たりしています」と語っていました。
でもいま純粋に美術を愛でることができているのでしょうか。もしかして何でもいいからインスピレーションが欲しくて、鑑賞というより狩りに出かけている感覚。そしてその後に襲ってくる自己嫌悪。
以前は直感的に好き!とか良い!とか感じられたのに、今はその感覚すら鈍っている(あくまで想像ですが)。
10年間走ってきて、やっと自分だけの時間が持てて、さあ本当に好きなことをやろうと思っていたのに、何でこんなに空虚なのか。
ましてや自分の一言一句が影響力を持ってしまっている現在「沈黙を学んでいる」と言うしかない辛さを想像すると、本当に切なくなります。
そしてこういう時に「どう思う?」と相談できる同い年のJ-HOPEさんは
先に兵役に行ってしまった。
そりゃ泣きたいよね。
RMさん。
彼は今まさに変容期にいると思います。
だけどユングは言います。「死」の後は「再生」なのです。新しいアイデンティティを手に入れるためにもがき苦しむ時期、だけどその後には必ず新しいアイデンティティが確立されます。
私は新しいアイデンティティを手に入れたRMさんが何を語るのか、とても楽しみにしています。
ビジネス的に言えば今の彼にとって周囲の期待は相当なプレッシャーだとは思います。2025年問題もあるし。でも、あえて言いたいのです。
そんなの気にするな、あなたの人生です。考えて、悩んで、時には逃げて、変容の時期をじっくりと過ごして下さい。そして誰のものでもない、あなた自身の「再生」の時を輝かせて下さい、と。
感覚が鈍ったんじゃない、今は変容中なんです。若いときには手に入れられなかった新しい感性が必ず内側から溢れて来ます、と。
最後までお読み下さった方は、本当にありがとうございました。
RMさんの頭の中は知りようがないし、私が書いた内容よりもよっぽど高度なことを考えておられると思います。ですが、自分が30歳を迎えたとき結構しんどかったので、自分を投影してしまいました。
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