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追憶


僕のレイちゃんに夢中になり続けた5年間です。
4800字は書きすぎたな。







僕が乃木坂46を知ったのは、2016年です。

普段テレビはお笑い番組とかしか見なかったし、親が厳しかったのとまだ小か中学生だったのもありインターネットを自由に使えなかったので、Mステで見た橋本奈々未さんセンターの「サヨナラの意味」がこのグループを知るきっかけでした。

そのころは、このセンターの方卒業するんだーくらいでしか見ていませんでした。

そんなこんなで乃木坂46に出会った3年後の高1の夏、ほんの些細なことから、清宮レイちゃんを知ることとなりました。

そのころには、インターネットも手にして飛鳥ちゃんやまいやんくらいの知識はありました。
そんな中始まったのが西野七瀬さんが出ていた「あなたの番です」です。
あの頃はめっちゃ流行ってたので、学校でも話が出る感じでしたね。

そこで、ある男子が「お前、西野七瀬と齋藤飛鳥どっち派?」
とか聞いてきて、名前はわかるけど顔は朧げくらいの感じだったのでその日ちょこっと「乃木坂46」を検索したことがきっかけでした。

その時、数人顔を見ただけで惹かれるメンバーがいて、その中にレイちゃんがいました。

その時期はSing Out!の時期で、歌番組でたびたび見る機会があってめちゃくちゃ乃木坂46モチベが上がっていました。

その年の7月、僕は友人から勧められて課題をやりながらラジオを聴いてみることにしました。
聴き方も分からなかったので、新聞で番組表を調べて、周波数合わせて…今考えるとやってることおもろい笑
それで生まれて初めて自分でラジオを付けて聞いたのが「らじらー!サンデー」でした。

そこが自分のラジオと乃木坂にはまったきっかけでした。

そこで完全にはまって次に起きた出来事は「夜明けまで強がらなくてもいい」の選抜発表です。
このシングルで4期生のさくちゃん、かっきー、あやめんが初選抜となりましたね。
ここで4期生をちょこっと意識しだしました。

そして、訪れたのが夜明けのヒット祈願である4期生の登山回です。

2019年10月3日のブログ


笑顔でおちょけてルンルンしながら山を登る清宮レイちゃん。
あの天真爛漫さに惹かれてしまいました。

そこからもう、自分にはレイちゃんしか見えなくなって

「あ、これが推しメンなんだ」

と自覚するまでにそう時間は要しませんでした。

2019年9月

ここが明確に清宮レイちゃんを推し始めた時期でした。

今思うと、一目惚れでしたね。

そこからはりるみな合流、I see…バズりとかいろいろあってレイちゃんとか4期生がどんどん好きになっていきました。


そして来る2021年11月
その日が来ました。26thSG選抜発表です。
ちょっと期待しながら見た乃木坂工事中、でずっと心待ちにしていた「清宮レイ」という名前が呼ばれました。

本当にうれしくて、叫んで親を起こしてしまったのも今となってはいい思い出です笑
そして初めて涙を流しました。
誰かのためにうれし泣きしたのは、初めてでした。
普段から何事にも全力な推しメンの雄姿がやっと報われた。形になったことが何事にも代えがたい喜びでした。
レイちゃんを推してて一番鮮明に覚えてる日としてあげるならこの日ですね。



そこから僕は大学入試とかがあって29thまでは軽くしかおってなかったのですが、大学進学してはじめてのレイちゃんの大舞台が「夢路空港」でした。

夢路空港

自分の小さいころ育った石川県に来てくれたことも嬉しかったし、レイちゃんの演技には光るものがあると思っていたので、その才能をいかんなく発揮してたのでまじでいまでもパソコンのトプ画にしてるくらい思い出です。

そして人生ではじめて行ったライブが「10thバスラ」でした。

生で見る乃木坂46、清宮レイさんはやっぱり違いましたね

マジで発光してた気がするもん。
めちゃくちゃ広い会場だったけどすーぐどこにいるか見つけられるんだから、彼女はやっぱり自分にとって唯一無二なんですよね

その次、好きロックの期間に初めてミーグリに応募しました。
ずっと高校時代支えだった人と話せる機会がすぐそこまで来てほんっとにわくわくしてたなぁ

しかし、その年の全ツ終わり、来ちゃうんですよね
レイちゃんの一部活動休止が

そりゃレイちゃんがずっと笑顔でいてくれるなら、それでいいんだけど…
やっぱそんなうまくはできてないよね
レイちゃんの笑顔の裏にはたくさんの努力や葛藤があってこそのものだったと思うし、それを乗り越えて突っ走ってたんだからちょっと休む時間と充電する時間が必要だったんだって思って受け入れたけどそこの3か月間は本当につらかったな

過去のブログとか動画とかいろいろ振り返りながら耐え忍んでた記憶があるもん

・・


でも、その時期に新しい楽しみ方を見つけました
それがアンダーライブでした。
31thSGが初めて現地で見たアンダーライブだったんですけど、端的に言うなら熱量が違いました。
洗練されたパフォーマンスの中で光るメンバーはめちゃくちゃ美しくて綺麗だったな
そこでアンダーライブにはまったことによってそこからの乃木坂推すのが本当に楽しくなったな

32、33、34のアンダーライブにレイちゃんが参加してて
普段の全体ライブとはまた違う、メンバーフォーカスのパフォーマンスとか完成度の高い曲たちで際立つレイちゃんの良さは見てて最高でしたね。


32thSGアンダラでセンターをしてた自惚れビーチ
レイちゃんの掛け声にしたがって「カモンカモンカモン!!!」って全力で叫んだの、楽しかったなぁ
僕が見に行った日、アンコールのMCで涙を流してたよね
そりゃ僕ですら悔しかったんだからレイちゃん本人の初アンダー参加にあたっての感情なんて推し量るのもおこがましいぐらいだけど、先輩や同期に励まされながらひたむきに進む姿に心打たれました。

33rdSGのアナスターシャを現地で見れたのは大切な思い出です。
本人は悔しそうだったけど、すっごく繊細でかっこいいパフォーマンスでしたよ。
リベンジ、いつか見れるかな
本人の納得がいったアナスターシャを見てみたい気持ちもある

34thSGでセンターを務めた生まれたままで
この曲のセンターにレイちゃんをあてがった人に菓子折りもって挨拶しに行きたいくらいにはドはまりな歌詞と曲調でした。
レイちゃんの強い信念と努力を見てきたからこそ、この曲をレイちゃんの曲にできたんだなって思って
そんな成長を見れて謎の親心みたいなのが芽生えた瞬間でもありました()


アンダーライブを通してレイちゃんのいろんな姿をたくさん見れたの、本当楽しい1年間だったなー



そして訪れた2024年5月25日12時03分
『大切なご報告』というタイトルで公開された数か月ぶりのブログは、まーじで開きたくなくてじたばたしてたら、直後にニュースが投下されてとどめをぶっ刺されました。

もう数年見たかった。
不完全燃焼。
辛い。
レイちゃんがいなくなったら僕はこれからどうやって生きてけばいいん?

とか、今見たら自己中な理由を並べていっぱい泣いていました。
こんなにつらいならしあわせなんか、なければいいのに。と何度思ったことでしょうか。
卒業発表後1週間は、本当に耐えがたい期間となりました。

でも、アンダーライブ2,3日目のチケットはとれていたので最後の雄姿だけは見届けられる自分は幸せ者だ。絶対にレイちゃんの最後の姿を目に焼き付ける
と意気込んで最後のアンダーライブに臨みました。

といいつつ、最終日のAgainstの時点で脱水起こすくらい泣いて配信でリピートで見たことしか記憶にないんですけどね()

でも、最終日ダブアン沸き起こる「レイちゃん」コール、一面オレンジ色の客席。
僕が好きになった人は、こんなに愛されてるんだって思えて本当に嬉しかったです。
多分一生忘れることない記憶。
一生思い出に残る景色。
あんな素晴らしい景色を見せてくれて、本当にありがとうございました。



・・・


乃木談

最初は美佑ちゃんのことをあんまりよく知らなかったから、同級生だけど謎の組み合わせだなぁとか思ってて、でも二人とも声が癒し系だから意外と会うんじゃない!??とか思ってました。
でも癒し系だったのは声だけでしたね笑

僕がラジオネームを作ったきっかけはこの番組です。
レイちゃんに読まれたい!!と思って適当に当時見てたものから適当につけました。
今では、ピュアさんもパインさんも大好きです


3年B組皆川先生
夢路空港
鴨川ホルモー

レイちゃんの演技ってなんだろう
純粋無垢で透き通ってるなって思ってる
個人的にはこの道で頑張ってほしいなと思ってます。


ラヴィットシーズンレギュラー

まあね、髙橋名人の印象も強いけど、個人的には食レポが突き抜けて可愛かったなぁって思い出。
感想を伝えずともにじみ出るおいしいという表情。
川島さんもうなってたし、これは天性のものだなって


レイちゃんを推してなきゃ見れなかったものがいっぱいあるんだよな~
まじか~もう見れないのかよ
かなしい




今の気持ち


そんなこんなで迎えたレイちゃんの卒業セレモニーの次の日。


まだ明日の46分TVは残っていますがいったん区切りと言うことで、今の感情を少し…



媚びない甘えないところが太陽たる所以
自分を貫くことで風当りが強くなることもあっただろうし、そりゃ弱音を吐いたらファンは寄り添ってくれるだろうけど、絶対に媚びずに前を向いて、ファンの前では本当にずっと太陽でいてくれた。
その分苦しかったり、責任感じちゃっただろうけど、その姿勢は本当にかっこよかった。

レイちゃんだって悩んで決めた卒業だっただろうし、僕が少し、レイちゃんに依存しすぎてた。だからこそつらすぎる。

そして、悔しい。
ユニット曲もセンター曲も、選抜アンダーをおもとま以外全部3列目で終わらせてしまったこと。
だからと言ってどうすればよかったとかもないけどひたすらもどかしい。
この悔しさをどこにもぶつけようがないのがつらさを倍増させてるんだよね。

レイちゃんに笑顔に、言葉に、ひたすら助けてもらい続けてきた自分が悪いんだよな。

そしてレイちゃんは、ずっと「貢献したい」とか「誰かのために」とか「みなさんが喜んでくれてたら嬉しい」とかずっとベクトルが外にむいているのが偉いなって思った。そしてそれを実力で達成していくのが、清宮レイなんだなって。

僕は、レイちゃんが好きだっていうのと同時に「清宮レイ」という一人の信念を持った人間にあこがれてたんです。

僕は見栄っ張りだし、人と比べて勝手に落ち込んで、機嫌が悪くなったら何もかもふさぎ込んで視界が狭くなってしまいます。
人を惹きつける力も、自分で何かを成し遂げる力も、かといって誰かに助けを求める力もありません。
本当にしょうもない人間です。

でもレイちゃんは僕が欲しい力をいっぱい持っていました。

1つの何かに向かって走り続ける姿、何事にも全力で楽しもうとする心意気、あふれるハッピーオーラにたくさん人が集まってくる人望
自分にもっていないものを何もかも持ち合わせてるレイちゃんに羨望と尊敬がありました。

好きであり、尊敬できる人。
それが僕にとっての清宮レイさんです。

明日から、急に僕の生活からレイちゃんが消え去るのが怖くて仕方がありません。

でも、自分の中にレイちゃんがいたという記憶は残り続けます。
レイちゃんを推し続けた日々は忘れられない5年間です。
大学受験もレイちゃんの応援のおかげで乗り越えられたといっても過言ではありません。
らじらー!の当時応援してくれた時の音声は、今もつらいときにきいて糧にしています。

ほんとうにありがとうございました。
最高の日々でした。


これからの幸せをずっと祈っています…

アイドル生活お疲れさまでした。



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