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小説 「運の総量」 


思えばいつもそうだった。

学校へ行く途中に3回も鳥のフンをランドセルに落とされた小学生時代から始まり、早めにバス停に着いたのにお腹が痛くなってコンビニに駆け込んだ朝を何度も経験した高校時代、思い切って買った新型タブレットは次の日からセールで6000円も安くなっていたのは、最近の話だ。

"人生の運の総量はみんな一律で決まっている。"

「そんなわけねーだろ、クソが!運のいい奴はずっといいし、悪い奴はずっと悪いんだよ!」

そうやって、最寄駅の切符売り場で、また会社までの切符を買いながら思うのだった。
定期を家に置いてきたのは今月でもう2回目だ。


そんな胸中をつゆ知らず、駅の電光掲示板は、今日の夜の満月を知らせてくれる。満月でテンションが上がるのは、狼男くらいじゃないのか?

本来、乗るべき電車は1分前に発車していることを確認した後に得た、どうでもいい情報にすらムカついてしまうのも含めて、"運"というものに見放されたこの人生が嫌いになる。ベンチに腰掛けてため息と共に下を見る。

「あ、今日革靴じゃないとダメじゃん…」

最近買ったニューバランスのスニーカーすらも憎い。



「あんた、最高だね!」

「いや、最低だろ。」

彼女は、僕の今日の朝の話を聞くと、一口だけ食べたチョコレートケーキを横目に、大きな口を開けて笑った。

「これはまた、楽しい記事を書けるよ。ありがとう!」

「こんな俺の毎日をnoteに書いて、誰が読むんだよ」

「バカだねぇ、人はみんな求めているよ。あんたの不幸をさ!」

「いい気がしねーよ。でも、この前の記事、スキが50もついてたな」

「そうなの。それでいて今日聞いたことをプラスしたら、目指せ100だわ!いけるね。最後にふさわしい記事になるよ」



「え?最後?」

「うん。最後。」

大学時代から月に一回はこうして2人で喫茶店に来た。
彼女は”企画会議”と言っていたが、ただ俺がその月にあった話をするだけ。それをnoteに書いていると知ったのは、1年ほど前だったか。

まだこれからも続くと思っていた日々が唐突に終わりを告げられる。自分が推していたアイドルの卒業発表があった日と同じ感覚が体を走った。

いや、それよりも強い感覚だった。




喫茶店から出ると、終わりを急かすように強い風が俺の前を通り抜けた。

「ハックショイ!」

「あんたは人気者だね。どっかで噂話されてるんだよ」

「ちがうよ、外は寒いんだよ。だいたいそんな友達いねーんだよ。俺の話を聞いてくれる奴なんてお前以外」

「じゃあね!更新されたら読んでよ!!ラストにふさわしい記事にするからさ!!せいぜい明日からも生き辛さを感じて、それでも前に歩みな!」

最後は背を向けながら言っていた。あまり聞こえなかったのは、近くを通った救急車のせいだった。きっとそうだ。



パタリと連絡は来なくなった。こんなにもあっさりと関係が終わるものなのかと内心イライラしていたのは、“企画会議”に出すほどの失敗が起こらないことに対するものだったのかもしれない。

もっと壮大な、取り返しのつかない失敗が起きれば。何か嗅ぎつけた彼女がなんか記事の匂いがするとLINEをしてくるような気がした。
現実はそんなに都合よく面白い出来事は起きるはずはなく、1日は過ぎていく。



記事が更新されたのに気がついたのは、病院に向かって走り出す10分前だ。

いつも通り、俺の失敗談をつらつらと書き綴った内容に違和感を持ったわけではない。最後に書かれた文章は俺の身体を追い捲るには十分だった。


“というわけで、バカな男の日常を、下手くそな文章で書いてきましたが、実はこの記事で最後になります!!とはいっても、最後までフォロワーは少なかったですが笑

最後に少しだけ、自分語りってやつ、していいですか?

このバカな男は言います。『「人生の運の総量はみんな一律で決まっている。」という言葉は嘘だ』と。運がいい奴はずっといいし、悪い奴はずっと悪いと。確かにそうかもしれませんね。

私は小さな頃からずっと病院で暮らしてきました。
学校になんてろくに行けず、毎日検査ばかりで、本当に辛かった。誰とも馴染めず、楽しみは病院に併設された喫茶店で本を読むことくらい…

だけど、このバカな男と病院の喫茶店で出会ったあの日から、痛々しい姿で松葉杖を使いこなせていなかったあのバカな男と出会った日から。私は本を読むこと以外で楽しみが生まれたんです!

いやーっあの時よく出会えたなぁ。嬉しかったなぁ。
そう考えると、その日まで生きた私は、ずーっと運がいい人生でした。

どうやらもうすぐ、私はこんなふうにnoteも書けなくなるみたいです!だからこそ、皆さんに伝えたい!

運が良い人生を、本当にありがとうございました!!”



なぜか過去形で終わったその文章を読み終えた時から、記憶はない。
やけに明るい夜だった。最後に会ったあの日もそうだった。








思えばいつもそうだった。

世間は入学式だなんだと騒いでいるが、もう桜は散り終えている。
早くも到来した花粉に苦しむ量産型成人男性のうちの1人は、ニューバランスのスニーカーを履いて、切符売り場で忙しなく財布を出した。


“バカな男の日常”というタイトルで更新され続けた記事は、確かに最後の記事に103スキがついて、最高記録を達成したが、一年たった今も、大きな話題になることはない。

1人の男の日常を追った、拙い文章がそれ以降、更新されることはなかった。

しかし、

生まれた時から運が悪いという“運の良さ”を持った男の日常は、続いている。



「ハックショイ!」

これは花粉のせいではない。
天国にも、noteがあるんだろうか。
噂話も、ほどほどにしてほしい。






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