ユニットで行く(KaguyaPlanet「気候危機SF」応募作品

 分かった分かった。分かったからそれ降ろし。うん、一応安全装置は外せてるみたいやけどそないな構えでは当たらへんて。もう、物騒やな。君そんなんどこで手に入れたん?しかもウチの今日の出航の事まで聞きつけてひとりでこんな湾岸倉庫裏まで来よるとはなぁ。極秘やってんけどなぁ。いやほんま相当な行動力やと思うよ、その歳で。ちょっと恐れ入ったわ。なんぼ?え、十九?明らかに嘘やん、サバ読みすぎやで君。うーんどうしようかなぁ。そんなんこっち向けて乗せてください言われても。脅しやん。良うないと思うわぁ、そういうの。せや、やったら運賃それにしとこか。乗せたるさかいにそれ寄越し。その手には乗らんか。残念やな。けどまあ俺は現場の責任者やから一応話は聞いとくわ。
なんで君はそんなに東に行きたいん?許可証もなしに分断線越えたら犯罪や。それは分かってるよな?国家法絡みで捕まったら面倒くさいことになんでぇ、前科者やて一生烙印ついて回るんやで。

 ああ…ふうん。クラスの。女子の。可愛い。そうかぁ。一学期の終いに告ったばっかりで。ほぉん。うまいこといきそうやったのに。あー。
うん。
うん。へえぇ…。
ほなその子んちは家族みんなに「親族移住」の許可が降りてんな。それで引っ越してまう、と。なるほどな、それは今生の別れになるかもやなぁ。諦められんてか。そらそうやわな、中坊のうちにチューくらい済ましときたいもんなあ。て頷くなや、さっき十九や言うとったやないか正直か。
けど君、君が東に密航したら今度は西に戻られへんくなるで。親御さん泣くやろ。え、親おらんの。ああ。最近はそういうの増えたなぁ。
けど学校通えとったってことは君は今施設に入れとるんよな?超ラッキーやん、おんなじ境遇で路上におる子、ぎょうさんいてるで。ひと昔前までは考えられへん事やってんけどなぁ。けど君は今なんとかなけなしの福祉の網に引っ掛かれとる訳やから。命綱かもしれへんよ。簡単に手放さん方がええんちゃうか。
───そうか、クソか。
そやな。うん。
うん。
……
それはあかんな。
そうかぁ… けどなあ、そんな大人ばっかりではないよ…
うん…
そう言いたくなる気持は分かるけどな。
……うん。……そうか。

そやなあ、どうしたらええやろな、ここまで来てもうたら我々も君をタダで帰すわけにはいかんのよ。このタイミングでどこぞにチクられでもしたらややこしいもん。簀巻きにして暫く倉庫に放り込んどくか見張りつけて放すか…
どっちにしても人手食うわー、万年人手不足やのに頭痛いわ。ん?せやから連れてってくれ、言われても。君、金よう払わんやろ。慈善事業やないからなこっちも。え?「船倉でもええから」って君、何に乗って行くつもりなん?船なんか出さんよ。いや出すけどそれは牽引用で───
はー。君、ほんまに殆ど何も知らんとほんのカケラほどの情報握ってここへ来て、そんでもって見事に俺に出くわしたんやな。それはそれで引きの強さがごっついけども…。

なぁ坊主。この旅はいろんな訳アリの人間らをまとめて非合法に東へ送るプロジェクトや。そして君はまだそれ以上のことを知らん。けどこっから先の話を聞いたら気ぃ変わって西に残りたい言われてももう無理や、我々は拘束してでも連れて行くことになるしそんで君は多分ずーーっと東で生きていくことになる。時代が変わらんかぎりはな。向こうに親類もおらんのやったらよっぽど出自も隠さなあかん、一生秘密を抱えることになって、その、カノジョ?同級やった子ぉとの接触やって安全かどうか見極めるのには相当な時間も手間もかかるやろ。現実問題としてそれは叶わんかもしれん。
ハードやで。働くアテかて無いんやろ?
あのな、ここだけの話、以前(まえ)に向こうに渡ってから食い詰めた客がおって、そいつがどうやって手に入れたんやらそん時の密航便の同行者リストを売ろうとしやってんな、そんで俺、ほんまのほんまにしょうがないからこう、注射器に薬入れてなぁ、安らかぁに逝ってもろて海に沈めたことがあるんやわ……
超後味悪いで、ああいうのもう嫌やねん。
とくに若い子には真面目に考えてほしいねん。こっから先の話、聞くかどうか。言うとくけど脅しちゃうで。真面目なお願いやし正味の事実や。
どうする?
うわ、即答しよった。やっぱり考えなしやな自分。
絶対ストリートでやっていけるとか、どっからくるんやその自信は。そんな西側丸出しの関西弁で───
あぁ、けどもなー。追っ払うための当座の人手も足りんしな。うーん、もう、分かった。どうせついでや。乗せたったるわ。その代わりにこれは預かっとくよ。
おっと。
反射神経はまあまあやね。けどタッパがもうちょい足りひんかった。あと二センチ君のリーチが長かったら取り返されてたかもしれへんわ。牛乳飲んで背ぇ伸ばし。無理か。高級品やもんな、俺らが小さい頃にはもうちょっと庶民的な飲みもんやってんけどなぁ、牛乳。牛舎の冷房代も飼料の輸入代も青天井やもんな、そんな金がどこにあんねんて話よな。ああミルクティー飲みたなってきた。
あれどうしたん?泣いとんの?なんやなんや、落ち着きって。ほら深呼吸フーーーゥ。え、形見?兄貴分の?チンピラ同士の抗争で亡くなったん?
そーかー。んー。
けどまぁやっぱり預かっとくわ。危ないからな。
ほらほら君も気ぃ取り直して。俺らがこれからどうやって東に向かうんか教えたるから。その前に基本知識の確認や。

見てみ。こっから向こう、普通に地続きで町が繋がっとるように見えるやろ。けどここら辺の倉庫群、なんで「湾岸」言われてるか知ってるか?知らんのか。びっくりやな。せっかく学校行けてんのに君ろくに授業聞いてへんのやな。ええか、こっから先は海なんや。よう見てみぃな、道に鋼板の継ぎ目があるやろ。その向こう側は海上都市や。水に浮いてるのや。ていうか、町の名前「オオサカオーシャンフローティングシティ」いうてるやんか。そのまま駅名にもなっとるやん。え、エーゴやから意味とか考えたことなかった?マジか。まあええわ。
けど昔はな、いま水に浮かしとる辺りも全部ほんまの陸やってんで。
俺の祖母ちゃんなんかはその頃のことリアルに覚えとってたまにいろいろ話してくれるよ。大阪も東京も昔はもっとずっと海が遠くて街もデカくて人も多かってんて。あとニューヨークも今みたいなああいう、「廃ビルの密集しとる離れ小島の寄せ集め」みたいなイメージとは全然違(ちご)てたって。まあ、映画とかには昔の影像も残っとるんやけどな。知らんか。せやろな。今の若いもんはそういうの観れる層と縁のない層とがパッキリ分かれとるから───お。そうか?ええこと言うやん君。せや。俺かてそないな歳やない。こう見えて実際けっこう若いんや。君もそう思うんやったらおっさんやのうてお兄さんて呼びなさい。そこまでやないとか。クソガキか。まあ中坊やししゃあないか。
何やったっけ。アメリカな。うん。
どうせ君は勉強サボっとって何も知らんのやろうから俺はこの後業者とここで落ち合うことになっとるんやけど向こうさんら来るまで暇やさかいその間(ま)にざっくり歴史の授業のおさらいしたるわ。何でも学べる時に学んどいた方がええよ、先々何が役に立つか分からんからね。───いや、俺は関ケ原の合戦とかには行ってへん。どういうスパンや。俺は時空の旅人か。話の流れからいうて近現代史の話やろ。
アメリカな。
関ケ原ほどやないもっと近い昔にな、あそこで最後のまともな選挙らしい選挙があったときにうっかり決まってもうたお騒がせ系の大統領がやな、「気候変動とかウソや温暖化もあらへん対策なんか知るかボケー」言いよって、言うとるうちにあの洪水が来てNYが沈んで株価が落ちて内戦なって、そんでみる間にこっちに飛び火したんやな。うん。本家さんほど真っ二つ、とまではいかんかったけど、赤アメリカに首根っこ掴まれた西と青アメリカに肩入れさせられた東で日本もたいがいブンダンされてもた。それまではあの静岡と愛知の境の検問所も無かったし長野と岐阜の間も新潟と富山の間も一般人がフツーに行き来できとったんやで。嘘やあるかい、ウチの祖母ちゃん若い頃認可商社の事務職やっとって、あの検問出来てからいちいち事前申請しとかな車輌通せんくなったのめっちゃ面倒くさなった言うてよう思い出し怒りしとったわ。
まあそういう経緯で一般人の東西間の移動はスパイ活動の疑い有りやって、何がやねんと思うけどもな、国家法でそう決まった訳や。
ほんで君は今からそれを破る。
問題はその境界線を越える方法や。俺らのやり方は海から行く。
この半世紀で世界中の相当な数の街が海水に沈んでからというもの水上都市がめちゃ増えて、浮体建築技術もどえらい急ピッチで進んでんな。で、その仕組みいうんはだいたいどれもモジュラーユニットいう構造体を組み合わせて作られとる。ざっくりいうと四角や六角のでっかいブロックを海に浮かしてあって、その上にそれぞれ住宅街一区画分くらいが乗っかっとるんを海中で連結してコンクリの柱に繋いでそれをまた揺れ防止に伸び縮みする鋼鉄の支柱で動かんように海底に留めてある、いう具合いなんや。テクノロジーの勝利とか人類の叡智の結晶とか喧伝されとるけども実際はそんなスマートなもんではなくて、普通に使っとるだけでも不具合多発やのに災害のたびに半分くらいはガチで壊れるしそのうちのまた半分くらいは修復不能で廃棄処分になる。無駄多すぎでそれ自体がまた環境破壊の元になってるて、笑うに笑えへん状況やんな、はは。関東近辺はそれでもなりふり構わずユニット増やしまくっとるけど水害も頻発してて住居の確保は追いついてないし、関西一円は汚職と中抜きで工事自体がガタガタやからな。ガタガタの無駄無駄なんや。
で、ほら、こっから先の「オオサカフローティングシティ」の外れ、ここの町らしきもんの奥は進入禁止になっとって、その先で海に出たとこは廃棄ユニットの墓場になっとる。一時的係留域、てことにはなっとるけど解体処理にも金がかかるし、ようやっとなんぼか処分したらまたすぐ水害で不具合分が回って来るからな。管理もたいがい杜撰のかぎりや。ありていにいうてほとんど放置。けどそん中よーく探したら、住むのはもう無理でも短期間乗って過ごすくらいは何とかなる、いうユニットがあってな。うん、案外あるんやわ。弊社にご依頼の移住希望の皆さんはそこに一定期間潜伏した後、それに乗ったまま、東の方の似たような「係留域」へ運ばれて、更に一定期間潜伏してから小人数ずつシャバへ出ていく、いう段取りになる。
つまり移動には牽引艇使うてここの中古の街区ユニットをそのまま曳いて行くのよ。
陸の感知センサーや空のレーダーは手強いしそれほどいっぺんに大人数運ぶ手段が無い、船もデカいのを動かしとったらバレやすい。けど廃棄ユニットはもともと「陸」扱いで検知システムに殆ど反応せぇへんからな。巡視ドローンに見つかりそうになった時だけちょっと攪乱しとけばバッチリなんや。こんくらい安全に大勢運べるアイデアは他にないやろ。特許取りたいくらいやわ。
せやから君を乗せるんも別に手間では無いんやけど。そうやな、ほんまに単純に運ぶだけなら一人増えようが十人増えようが、何ならギュウギュウに詰めて百人増やしてもいけんことはないねんけども、でも実際に肝心なんは向こうに着いてからの生活に必要なあれこれ、IDやら何やらを一人ずつに用意しなあかんことや。向こうに着いて早速捕まったり野垂れ死にしたら意味ないやろ。
そや。やからおいそれと追加で乗せる訳にはいかんのや。
……君の場合はまぁ、学割というかお子様サービスというか。
え、なに、お子様言われて怒っとんのか。はは。
なぁ坊主。向こうに言ったら君はどうするつもりや?何をして暮らしたいん?
……
生き延びたい、か。ほんで───デカいチームを作る?チーム?何やそれ。あぁ、ストリートキッズのグループのことかいな。東で出直して路上でいっちゃん大きい勢力つくる?てっぺんとったる、って……そうか。それが今君に見えるてっぺんなんやな。
気ぃつけや。
これから先、君が何をやるにしても世の中がどうなっとってそん中で自分がどういう状況にあって、それぞれがどう動こうとしとるんか、一段大きい画(え)の中でできるだけちゃんと見れるようになっときな。生き延びたいならそれがコツやで。
世界は一回壊れてしまったけどそこからなし崩しに零れ落ちてくる希望、っていうのもあるからな。
人口が激減して人類の生産活動が極端に弱くなった影響で、やっと自然が少しずつ回復してきてる、いうデータもある。やけっぱちになるばっかりが道やない……っと、電話鳴ってんな。あ、上司からや。ちょっとあっちで通話してくるわ。

……
 はい部長。順調ですよー、打合せ通りそっちへ運んだら川崎の方へ繋ぐ手筈です。ええ、D社のユニットがあって助かりましたよ。そうそう、海上建築黎明期はオランダ製が業界を席巻してましたからね、おかげで西でも東でも旧い構造体への接続パーツが共通してて作業が楽チン。そっちでは当面海中基盤のコンクリ柱にだけ仮留めしときますんで。こっちに残ってた区画の登記も抹消してありますし抜かりないです。あーやっと俺にも休暇が見えてきたって感じかな。
え?そりゃまぁ仮留めだけだと揺れるでしょうけど……んじゃ三半規管の弱そうな客の分から順番にID用意してもらって……ハハ。なんてね。冗談です、分かってます、そうですよねー物事そんな都合よく運ぶ訳がない。ええ、部長の新規身分証手配の手腕が日本一だってことは重々承知してますって。そんなのこの世の常識じゃないですか。ハイもうこっちは大人しく待つのみなんで。いくら人運んだってID貰って陸に降ろせなきゃどうにもなんないですから。……なのでなるべくウチの便の客の分を早めに出してもらえると俺も早めに休みに入れるかなぁ、なんて…いえ、分かってます、順番順番。えこひいき無し。ハイ。…はい。え、係留地の治安ですか?旧フロート公団の外れっすよ?無人ですね基本的に。ゴーストタウンっつーよりほぼ完全に廃墟なんで治安も何も。そりゃそういう場所を根城にうろついてる人間もいなくはないでしょうけど、でも逆に人が多くて治安が良かったらむしろ目立ってヤバいのは不法移住者の方で…あ、ハイ間違えましたスミマセン不法移住者っつったらお客に失礼ですよね、ええと、「未承認越境者」。うん。未承認越境者の皆さんはご近所の治安の如何によらずどうせID受け取れるまではあの区画から出られない訳なんで。ユニット外区からの侵入にだけちょっと気をつけとけばオッケーだと思います、えっ俺が?セキュリティーを?そんなぁ。運んだら休暇ってことになってるんですけど俺。誰か他のヤツ寄越してくださいよ腕っぷしの強そうな……ですよね、はぁ。人手不足辛いわ… 分かったよ分かりましたよ
───その代わりと言っちゃ何なんですけど偽造ID、もう一人分追加で用意してもらえません?
申請書……は出せてないっすね。渡航費?うーん、それは後払い…っていうか本人の出世払いってことで… いや待ってくださいよ、見習い!エージェント見習いにと思って一人若いのをスカウトしたんです。必要じゃないですか、人手。え、スキル?彼の?エージェントとしての?うん…見たところわりと運が強そう、とか…?年齢ですか。年齢は───十九歳、だそうです。あ、ハイそうですねIDに。ギャップがあると不味いですよねえぇここで詐称はいけないな、うん。実質的には十四、五歳ですね。
いや俺だってボランティアのつもりじゃありませんよ。あくまでもエージェント見習いとして───
……
けど置いてったらあの子多分遠からず死にますよ。チンピラ同士の抗争とかで。銃に手が届く環境にいる孤児ってのはだいたいあんまり長生きしませんから。
……
そうですね。キリがない。そういう子供はいくらでもいる。でも俺は誰も彼もと関わり合いになる訳じゃない。
……
だってエリカさんも言ってたじゃないですか。
「私たちはしがない闇業者だけど、人や物資を西へ東へ運んで混ぜることでこういう世の中に抵抗してるんだ、合法とか非合法とか人が行き来してればそのうち変わる、私達はきっとまたひとつになれる。草の根で交流増やしてこんなの変だって思う人を増やす。政権が四角いものを丸にするとき丸いものは四角になるけど私達は現実に必要とされる仕事をしてる、私はプライドを持ってやってる」
って。子供ひとり、ちょっと混ぜてやったってよくないですか?
……
言ってたんですよ、二週間前のあなたの部長就任祝いの三次会の飲み屋でマイク握って。あなたもうベロベロでしたけど。酒、控えた方がいいですよ。記憶なくなるまで飲むのはどうかと思いますね、職業考えてくださいよ秘匿事項が商売道具でしょ。
っていうかウチみたいな弱小ブローカーでいちいちシャチョー以外の役職とか要るんですかね、全員ひとり親方状態で何でもかんでも自分でやるしかない感じなのに…
いや、部長の就任に文句なんか、全然。全く。

でも呼び方は今まで通りでよくないですか、エリカさん、て。呼んじゃダメですか。
示しがつかない。ハイ。ですよね。え、でもIDは用意してもらえる?やったぁ!さすがエリ…部長。ハイ…ハイ、分かってますって。今回に限り。ええ。大丈夫です、役に立ちますよたぶん。まずは今どきの関西周りの地場情報や若い世代の言葉のチューターになってもらいましょうよ。必要でしょ、俺が関西弁習ったのって権造さんですよ。エージェントの中でも古参中の古参じゃないですか、言い回しとか、絶対どっかジジくさいんじゃないかと思うんだよなー。知らんけど。
とにかく恩に着ます、今度なんか奢りますから飲みに行きましょうよ二人で。夜景のきれいな……っと牽引艇の業者からキャッチ入った。 じゃ、明後日、川崎で。うぃっす、お願いしまーす。

 男は通話を切替えて暫く喋った後、ジャケットから取り出した煙草を一本吸って、それから胡散臭い笑顔を向けてこっちに戻って来た。
「逃げへんかってんな、気ぃ変えるならチャンスやったのに」
俺はアスファルトの割れ目から生えた草を毟っていた手を止めて、しゃがんだ姿勢のまま男を見上げた。じっとりとした眼つきだったと思う。東に行ってからの目標、デカいチームの頭になる、というのを軽んじられた気がしていたのだ。
 兄貴が死んで散りぢりになった俺らのチームは、もし今ここで俺が後を継いだら他のチームにチャンスと見做されて狙われる。奴らは完全に潰しにかかって来るだろう。上の人達が皆いなくなってしまった今、徹底的にやられたら、まだ残っている俺より下の奴らも多分無事ではいられない。頭の弟分だった俺がいなくなればチームは消滅ということになるだろうが、チビ達が殺されたりはしなくて済む。
逃げるん違うし。東でもっと、あいつらよりデカいチームに入って登り詰めたる。マユも探して再会する。やけっぱちになんかなってへん。
言い返したかったが、銃を取り上げられお情けで連れて行ってもらおうとしている今は正面きってこの男と対決するには分が悪いのでどうしても拗ねたような態度になってしまうのだ。それでせいぜい「逃げへんわ」、と呟いてわざと口の端で笑ってみせた。
「おっさん東京弁喋っとったな。やっぱりや、あんたの関西弁、なんか嘘くさいと思っとった。似非で喋んなや東もんが」
俺の小馬鹿にしたような口調と三白眼は大人を挑発するのにいつも効力を発揮するのだが、男にはそれに乗ってくる様子がなく、あっけらかんとしたものだった。
「うわ、やっぱり?おかしかったか。権造さんには褒めてもらってたんだけどな、なかなか筋がええよって。違和感あったのってどの辺り?」
「全体的にや。あと検問からの境界の場所の言い方。あんたは『静岡と愛知の境』とか『長野と岐阜の間』とか『新潟と富山の間』とか言うたやろ。西では『愛知と静岡』『岐阜と長野』『富山と新潟』やろ。みんな無意識にこっちから近い方を先に言うからな」
チクチク指摘してやって男の顔を見上げると、真顔だったのでちょっと身構える。
「何やねん。ほんまやし」
「いや、注意力もしっかりしてるんだなと思ってさ。これは案外本当に───」
「〝権造サン”の後釜のチューターなんかにならへんぞ」
さっきの通話の、俺をブローカーの仲間にしようなんて話はこの男の方便であってもちろん本気じゃないだろうが、一応釘をさしておく。と、男が大きく目を見開いた。
「あれだけ距離があったのに話の内容までよく聞き取れたな」
「集中しとったら聞こえる」
言ってから(あ、しまった、こんなん言うたら盗み聞きしとったみたいやないか)と思ったが男は気にするどころかあからさまに嬉しそうな顔をした。
「耳もいいんだなあ。それならすぐ標準語のイントネーションも覚えられそうじゃん。船に乗ってる間に今度は君が似非関東言葉を話せるようにならないと。ユニットを出るまでに命懸けでマスターしろよ、向こうでちょっとでも関西ニュアンスなんか出したらたちまち職質されて強制送還だからな」
気楽な調子でそんなことを言いながら、男は倉庫の壁際に寄せて停めてあったバイクの方へ歩いて行く。
「業者さんが打合せの場所、渡航用のユニットに変更してくれってさ。どうせそっち行くんだしちょうどいいよね」
手招きされ、近づくとメットを投げて寄越された。
「君、後ろ乗れる?」
兄貴以外の後ろには乗らん、と返事すると男はバイクに跨ったままハァと溜息をついて
「兄貴分にミサオ立ててんの可愛いとは思うけど単なる移動手段だからさっさと乗って。この先のフローティングシティの果てまで、歩いたら一日かかるから」
と言いながらタンデムシートを手で示した。  
 今までのクソな福祉とやらが命綱だったなら今から暫くはこのヘンなおっさんが命綱だ。前のと較べてマシかどうかはおいおい判断していくことにして、仕方ないから後部座席に跨り大きな背中にギュッと掴まる。こいつは胡散臭いし銃は取り上げるしひとの目標は鼻であしらいやがるし腹立たしいが、やたらとよく喋るその話を聞いた後ではこの港の景色が何だか微妙に今までとは違って見えるのも確かだった。
肌に照りつける太陽の光。
知らないところへ行って今の続きを始めるつもりだったのに、知らない何かが始まるような予感がするのはどうしてだろう。
「さあ、行くぜ。ちゃんと掴まってろよ」
その声と一緒に潮の匂いのする風が、スピードに乗って勢いよく顔に当たった。 〈了〉

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