【後編】小説「提出物の添削がめちゃ厳しい先生」

野村茂子がツチブタをたしなめてから、第二応接室の空気はより静かに、より張り詰めていった。
「私はツチブタを2匹飼っててね、今後ろに隠れてるのが、大きい方の隠鋸(カクノコ)。」
「小さい方は凜々軽(リリカル)、南棟全体を使って放し飼いしてるわ。飼い殺しに近いけどね。」 
「ただ2匹とも、あなたたちの首を噛みちぎるくらいわけないのよ」
張り詰めた空気にゆっくりと切り込むように、野村茂子は私達を牽制する様なことを言う。教育者はいつもこうだ。常に俺たちのことを見下した物言いをしやがる。よっぽど私生活が貧しいのだろうか?
「さて、ちょっと怖い話をしたところで、本題に入るわね」 
「本題の方が、あなた達にとっては怖いかもしれないけど」 
我々は息を飲んだ。豚2匹にもみくちゃにされるよりも怖いことがあるというのが、想像しづらかった。豚は何かと太った人を指す蔑称として使われるが、その実豚は筋肉の塊だからだ…

「あなたたち、裏でコソコソ私の悪口言ってるんでしょ。許せないわ」
野村先生は凄んでこう言ったものの、発言の内容自体はなんか小学生みたいっていうか校舎全体から感じる気迫と比べるとなんか拍子抜けみたいな感じで正直脱力した。裏でコソコソって、俺らはガンガン表で言ってたつもりだったけどな。
俺らは少し自信をつけ直し、これを皮切りに饒舌に話し始めた。水を得た魚とはこういうことだろう。
「それ、誰から聞いたんですかー?」
「大弓さんよ。あなたたちのクラスにいる根暗な眼鏡っ娘ね」
あいつ、こんな所で私たちとの軋轢を生んでいたとは。
「だって、彼女から急に言ってきたのよ?『うちのクラスに2人、先生の悪口言ってた奴がいましたー』ってね。別に仲良くしてた覚えもないのに、どうしてかしら?」
「とにかく、これであなたたちの犯行(陰口)がはっきりしたわね。あなたたち2人には、ちょっとお仕置にあってもらって、それで、死んでもらうわ!来い!隠鋸ッ!」
今度こそ掃除用具入れの扉がドゴヌと勢いよく開いたと思えば、中からは人型のツチブタ、隠鋸がいらっしゃった。、、、鬼滅の刃に出てくる伊之助のように頭だけ獣で後は人間..なんてことはなく、ツチブタの体をそのまま人体のフォーマットに適応させたような、今まで目にした事の無い超キモイフォルムをこちらに呈してきた。しかもこれが超屈強ときたものだ。これは流石に太刀打ちできないかも知れない。
 突然の挑戦者に震えている私たちにはお構い無しに、野村茂子は椅子の横に置いていた革のカバンから、何やら黒光りする蛇のようなものを取り出した。
「あ、あれ、鞭じゃね?」 
吉村がそう漏らした。
次の瞬間、隠鋸は野村茂子から鞭を腕ごと奪い取り、鞭を一振り。
野村茂子の腕からとめどなく血飛沫が飛んでいた。「ぎゃあああああああああははははは」野村茂子の断末魔の叫びの中、隠鋸の振る鞭が空気を裂く音が聞こえた。それに少し遅れて、鞭の先端は野村茂子先生の頬骨を捉え、粉砕した。椅子から崩れ落ちる血まみれの漢文教師、野村茂子!
「ツギハ、オマエタチダ」
僕たちは今からこのブタと追いかけっこするのか?冗談じゃない!吉村を生贄に召喚して俺だけ逃げるよーん 

 「Sorry鞭麿!俺のために死んでくれ!!」
俺よりも一足先にドアの方へ近づいていた吉村は、こう言いながら俺を、あの鞭持ちの豚に向けてドロップキックした。前によろける俺の視界には、真っ直ぐ飛んでくる、黒く光る鞭が___。

鞭が僕の尊顔を粉々にする直前に、俺は北棟にある保健室に瞬間移動していた。時計は5:30分を示していた。すると、保健室にすんでいることで学内では有名な中学二年の女子が、こちらに気がつくなり向かってきた。
「大丈夫ですか?とんでもない汗だけど…」

「はぇ...?」

「また、漢文の先生ですか?」

保健室住みます女子が言うには、これまで何度も俺のような奴がここに転送されてきたらしい。なんか気持ち悪いのでそれ以上の詮索はしなかったし、俺の命を意味わからん豚に売ったカス吉村の安否をいまから確認しにいくのも怖いし癪なので、そのまま帰った。

次の日からの漢文の授業は、今までも古文でお世話になっていた文乃先生が担当することになった。南棟は、まだそのまま残っていた(一晩で消える方がおかしいが)。そしてなぜか、吉村大河と野村茂子という2人の名前を覚えているのは、学年の中で俺だけだった…
まだ、私の中では何も解決していない。野村茂子の顔が突然変わった理由、彼女やツチブタたちの素性、吉村の行方、記憶操作 ….
その日は学校での生活がなにも手につかず、二限後に早退した。カバンを背負って靴箱に降りると、大弓さんが、立っていて、私の側まで歩み寄ってくるなり、耳元で
「吉村くんは、ざんねんながら、つちぶたになっちゃいましたよ、つちぶた、ざんねんながら、つちぶた、ざんねんながら、つちぶた」
と、言った。咄嗟に俺は大弓さんから体を引き離して、彼女の顔を見た。大弓さんの頭には、鞭がめりこんでいて、血が吹き出ていて、目は両端を向いていて、靴箱の陰から、血まみれの野村先生と、血まみれの吉村が、こちらを見て、血まみれの歯をむきだしにして、ケタケタ笑っていた。大弓さんも、こちらを見ていないのに、こちらを見ていて、ニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタニタ


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