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青年

 その日、ぼくは若いヘルパーさんと市場へ買い物に出る道すがらだった。
 路地から国道へ出る直前、大型の車が追い越して行き、目の前で信号待ちをしていた。

 ぼくは信号がしばらく変わりそうになかったので、車の脇をすり抜け、歩道へ上がろうとした。
 その瞬間、わずかな段差に上体がかたむき、サイドミラーに肩が触れてしまった。
 謝ろうと思いふり返ると、大柄の男性が車から降りて「当たったやないか」と、強い口調で近づいてきた。

 ぼくは謝ろうとしたけれど、聴き取ることが難しいようで、「エライことになったなぁ」と思いはじめていた。

 そのときだった。
後ろから、バイクの青年が近づいてきた。
「すんません。ぼく後ろから見てたんですけど、肩がサイドミラーに触れただけでしたよ」
 大柄の男性は納得して、車へ戻って行った。

 お礼を伝えたかった。
けれど、信号が青に変わったので、声をかける間もなく青年はバイクを発進させて、遠ざかって行ってしまった。

 ぼくが青年の立場なら、いくら自信があっても関わろうとはしないだろう。
 男性に説明したあとも、何事もなかったかのようにその場を離れていった。

 彼の行動にはよどみがなくて、ぼくもヘルパーさんも割って入ることができなかった。

 他人事ではなく、ぼく自身もややこしいことには関わりたくはないと思ってしまう。

 彼は、フルフェイスのヘルメットをかぶっていた。
路地から出てきたのだから、ご近所にかかわりのある人かもしれない。
 けれど、バイクには詳しくはないし、顔もわからないのだから、どこかですれ違ったとしても、ぼくは行き過ぎるしかない。

 安全第一、電動車いすでゆっくり歩いていこう。

 あの日はうれしかった。ほんとうにうれしかった。

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