許せるかどうかとかまぁそういうのはどうでも。

実は下娘につける名前のことで母になんかいったことがあって
「咲花」で「さくら」ってつけてみたい。
って伝えたことがあるんだが。

「やめなさい」っていわれたんだよね。

「なんでや?」
「草花のは前はダメ、早死にするから」

ところでうちの母。ナチュラルに「花子さん」っていうんですよ。


彼女は何も言わないけど。
彼女にも思うところがいっぱいあるんだろうと思う。
(彼女は戦中生まれなんだけど「きょうだい」はいっぱいたんだが残ったのは三人である。いろいろある。戦争中に生まれた人たち本当にいろいろ…ある。虐待とかそういうのではなく。ナチュラルに生きたり死んだり働いたり働かされたりいろいろ…ある)

そんな母には

「なんでkananってつけなかったの?」とはいわれた

>1999年6月のことなので気にしないでください

父が飲酒運転で事故を起こし。まだ赤ん坊だったボクはそうとうな大けがをした。いまだに傷は残ってるし。もろもろ後遺症的なのは残り…。
当時、まぁいろいろあったんだけれど。過ぎてしまったから何も言うことはない。

父は死んでしまったし。母は認知症でマトモな受け答えはできない。

その時に(わたし一歳半くらいだったんで細かいことは知らないのよ)
兄と姉に私は『大変な迷惑をかけたらしく』
わたし。兄と姉とは物心ついた時から完全に疎遠なんですよね…。


いったい何があったんですか?

(要約すると。母も当時それなりに大けがをして私と救急車で運ばれて。父は当時免許あったんだかなかったんだか実は無免許だったんじゃないか?みたいに、ともかく両親がどっかにいってしまったので兄貴はまだ小学校一年生とか二年生とか低学年で。姉は幼稚園児で。親類縁者いなくて家で二人で待ってなきゃいけないって状態で。でも母がケガとかよりも。わたしが大けがで戻ってこられなかったあいつのせいだってなってたらしいんですよね…)

つまり「私が原因」にいつのまにかなってたんです。当時。

(なお父には相当な『虐待』を兄と姉は受けていたらしいので…父に対しては悪意を持つ気にもならなかったんだろうなとは思います)


そんなわけで。

私はどういうわけだか兄と姉には「恩を返さなければいけない」みたいな気分がいつでもある。ように育てられた。意味が分からん。


育てられたんじゃない育っちゃったんだ。


なので兄貴と姉貴は最初から他人のようなもの。あんまり親愛の情のようなものはない。


でもさー。

うちの全員「特性ありまくり」なんだもん。


嫌いとか嫌いじゃないとかそういうのではなくて。

このひとたちどうしようもないじゃん?



メガネ屋さんでメガネがほしくてほしかった細いフレームのメガネを試着して。


あ。ってなった。

忘れていたこと。


首、曲がってる。



これ。顔にガラスの破片がいっぱいはいってわんわん泣いていたボクがいて。

うるさいって父が殴ったらしいんですよね(母の談)


んで、首曲がってるん。


なお。父ちょっと代わってる人なんで


兄貴も姉貴もとりあえずぶん殴って投げればいい(リアル)って考えてた人らしくて

家から殴って放り出して外のブロック塀に向かって投げつけるみたいなことを結構やってたらしい。


こどもって丈夫だなぁwwwwwwwwwwwwwwwww


僕も優しいので

父が亡くなったのは10年前だけれど。

その+五年くらい前に父によくわからん理由で壁ドンされたことがある。


いやぁ。不意打ちは良くないよねぇ…ってなる。

でもさ。そのときもうボク死にたい人だったんでどうでも良かったんですよね。

>なお、ボク脳内にいろいろ漏れてる箇所があるんでそれ破れたら姉貴よりも先に死にます



メガネ試着して。あぁ嫌だなって思った。

ボクは自分の写真を一切残さないって決めたのでほぼ一枚も撮りませんが

毎回学校の撮影とかで「まっすぐ向いて」っていわれるのが苦痛だったんです。まっすぐとかむけないんで。向くことができないんで。曲がってるので。


事実だからどうしようもないじゃん。


誰がやったとかそういうの。証明できないし。

事故のせいっていえばそうなっちゃうし。


でも「まっすぐ向いて」っていわれたら

まっすぐ、向けない。


細い軽いフレームのメガネ。

欲しかったんだけれどマスクの上でメガネかけて曲がってるの。

店員さんも困惑してた。まっすぐ、ならない。



にこにこわらって店を出ることにして。


あぁ、またか。ってなった。


わたし、あきらめるの得意なんだよね。


たくさんあきらめてきたし。

まだあきらめることが増えた。そんだけ。


誰のせいでもない。馬鹿みたいだけど。証明できないから。


わたしはまっすぐをむくことができない。→物理で

足の指が曲がっている

→物理で(適切な靴をかってもらえないのは虐待に当たります)

顔の傷があります

→治せません(縫った傷は治すことができない)

片耳失聴

→これもどうやらわからない時代に殴られまくった結果のような気がしてきた…

でもさー…もうさ。


誰かのせいだわっていうのもアホみたいなので

そうがないなぁって開き直った結果。


創作物が作れなくなった



誰かに私のことを知ってほしいっていうのは創作意欲の大元の気がする。


別にボク、誰かにワシのこと知ってもらいたいんじゃ!って意欲は減ってる。

だって「どこにでもあるどこにでもいるふつうのそんざい」だよなって。


問題のない人間がいないように。


そうなったことにはなにかの理由があってそれでなにか昇華させるって

創作する意欲とかなにか。吐露する気持ちとかなんか。

そういうの無くなっちゃったんだよ。


みんなどうせ同じように「だれもわたしのことなんかわからない」って考えて


「\きいて!/」ってやってる。


だからボクは聞くことにしたんだ。



できれば姉の側からも幼少期の話を聞いてみたかったなとは思う。

彼女には彼女なりの物語があって。吐き出したかったこともたくさんあったのかもしれない。


んが。

母は姉妹仲良しっておもっていたようなんだけれど


わしと姉の間にはなんもなかった。


わしが楽しいことをもってくると姉貴が嫉妬してそれをもっていっちゃうように。姉が私に対して「愛情」をもっていたとは一切思えない。

>そりゃそうだASDだぞ相手はwwwwwwwwwww


だから姉は植物状態なだけで「植物人間」ではないのでうっすら

意識が残っている状態動けないけど動かないけど

でも、私が来ると表情が変わるの。

ものすごく冷静に、ものすごく、憎しみを込めた目で。


『おまえ、なんで来た。来んな。』



知らねぇよ…。


(注釈・一度母が倒れたことがあって姉のキーパーソンを依頼されたことあからそのままキーパーソンをやってるんだけれど。母がまだ認知症を発症する前に姉の元に現れた時の顔はまったく違うもので…。姉からわたしは一切感謝されてないんだなぁwww って笑っちゃったことがある。それでも乗りかかった船だからいまだに姉の面倒を見ている。実際二度と会いたくはない)


姉に対して許すとか許さないとかとはもう別次元。


ボクが人間だから淡々と面倒見てるだけです。



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