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ムーミン童話の百科事典

生まれ育った家の二階にはものすごい量の本があった。両親が買ったものが多かったのだろうけれど、誰かから貰って段ボールに詰められたまま埃をかぶっている一角もあった。ありとあらゆるジャンルの本が雑然と積み重ねられて、本棚や納戸に収まりきらず廊下にまで侵出していた。

「この本、誰がいつ読むんだろう」と思うこともなく、小さい頃はそれが我が家の二階のごく当たり前の光景で、あのジャングルが片付けられた今になっても、そのかび臭さや、音を立てても本に吸い込まれていくような感覚は私の体の中に残っている。

その本のジャングルの中に子供の気を引くものは殆どないに等しかったのだけれど、それでも私は時々探検に入って気に入ったものを抜き出し、自分の書棚に勝手にコレクションを構えていた。

「ムーミン童話の百科事典」はそんな風に私の手元にやってきた本のうちの一冊だ。二階の環境には似つかわしくない、珍しく新しくて綺麗な本だった。けれど、ずっと愛読書だったという訳ではない。もちろん、ムーミンは知っていたけれど、辞典形式のこの本は何だか話が細切れで、内容もよく理解できなかったのだと思う。長い間、隅のほうで鎮座したままになっていた。

大学生になって一人で暮らしはじめ、時々自分の部屋に帰るようになった頃、そういえばこんな本があったと手に取ってみた。すると、それは当時の私のたくさんの問いに優しく寄り添ってくれるものだった。色々と本を読み漁っていたけれど、こんなに素敵な本が自分の本棚にあったなんて、ちょっと間抜けだなと思った。

この本を作った高橋静男さんという人のことが気になって、ネットで検索をかけると、ひょっこり講演録が出てきた。あまりに素敵な内容なので、消えてしまったら大変と、学校でプリントアウトして友人にも配った。もう、かれこれ10年以上前になるけれど、いまだにちゃんと出てきてくれる。(リンクをこうして貼っても良いのか分からないけれど。)

http://www.hico.jp/sakuhinn/7ma/mu01.htm


悲しい私、寂しい私、嬉しい私、どんなときにもじんわりと気持ちに馴染む本。お気に入りの本は何ですかと聞かれたら、迷わずこの本だと言う。これまでも、きっとこれからも。

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