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小説「姉ちゃんと僕と、僕らのじいちゃん」 3
それから三日後に姉ちゃんは決まっていた就職先に電話をして、就職を辞退した。近所の書店でバイトをしながら、家のことをするようになった。じいちゃんと僕の食事の用意、掃除に洗濯。だらしない僕を母さんと似た口調でたしなめた。
「ロウソクが小さくなっとるぞ」
僕は慌てて燭台に新しいロウソクを灯した。
じいちゃんは姉ちゃんのそばに寄って、その顔を見下ろした。
「じいちゃん、目が覚めたの?」
その問いに答えず、じいちゃんは線香に火をつけた。
僕らは沈黙のまま、長い間姉ちゃんを見つめた。葬儀屋が準備した白い布団と姉ちゃんの胸にかけた豪華な刺繍の布は姉ちゃんに馴染まず、少なからず僕を不安な気持ちにした。
「きれいな子じゃなぁ。あやこは」
じいちゃんが言った。
その途端、僕の両目から涙がこぼれた。のどの奥からこみ上げる嗚咽も、溢れる涙も抑えることができなかった。僕は目を開けることもできなくなり、床に突っ伏して声を張り上げた。
父さんと母さんが死んで、姉ちゃんがアレルギーで入院していたひと月の間、幼かった僕は、僕なりにいろいろなことを考えた。
姉ちゃんを苦しめるものから、姉ちゃんを守ろう。
姉ちゃんが悲しまないように、姉ちゃんが苦しまないように、姉ちゃんがしあわせになれるように。
じいちゃんが新しいロウソクを立て、線香に火をつけた。
「姉ちゃんを、守れんかった……」
僕は言った。
「僕は姉ちゃんの役に立たんかった……」
「立たんかったことは、ないよ」とじいちゃんが言った。
「ゆうやの存在が、あやこの幸せじゃった」
「そんなことないよ……」
「そんなことあるんじゃ。意外と」
畳の上に涙がしずくとなってぽたぽた落ちた。
僕は顔を上げ、姉ちゃんを見た。姉ちゃんは白く光って見えた。崇高で神がかって見えた。長い黒髪。長いまつ毛。
「写真、撮るか?」
じいちゃんが訊いた。
僕は姉ちゃんを見つめたまま、少し考えて、それから首を横に振った。
そうか、とじいちゃんは言った。
ばあちゃんの死んだ姿の写真を肌身離さず持ち歩く、じいちゃんの気持ちが少しだけわかった気がした。
この世界に存在する姉ちゃんのあと少ししかない肉体の時間。その肉体の時間の、なんという愛しさだろう。
見つめても見つめても姉ちゃんの魂はここになく、しばらく後には姉ちゃんの肉体をも、僕は永遠に失うことになるのだから。
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