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小説 「姉ちゃんと僕と、僕らのじいちゃん」第11話

【前話までのあらすじ】僕は結局のところ、姉ちゃんの苦しみがわかっていなかった。病院から連れ出してやると言った僕に姉ちゃんはほほ笑んだだけだった。



「大事なのはゆうやの未来でしょ」

 九月下旬の公園は夏と変わらない暑さで覆われていたけれど、それでも蝉の声はすっかり聴かなくなっていた。濃い緑の葉をつけた木々は時々風に音を鳴らした。

「今日も暑くねぇ?」

「話をそらさないで。いつまでグダグダしてるつもり? 進路を決めるのにあたしたちの時間は限られてるんだよ?」

「ユカ」

「なに?」

「今日化粧、濃い」

 ユカはため息をついた。

「もういい」

「考えてたんだ、ずっと」僕は言った。

「進路……大学のことを?」ユカが僕を見る。

「なんであのとき、姉ちゃんを背負って病院を逃げ出さなかったんだろう、って」


 姉ちゃんも僕も、それが無理であることを知っていた。

 愛しい時間はすべて過去に流れて、姉ちゃんは今ある目の前の時間に必死にしがみついていた。病室という場所で。現在進行形であらゆる時間は彩られ、過去に流れ、未来は見えなかった。僕にも姉ちゃんの時間は見えなかった。

 見えなかった。

 見えないのは光がないからじゃない。不明だからでもない。あるべき場所にないからだった。最初からなかったんだろうか。

 病院から戻ったじいちゃんが言った。

 明日、ゆうやに電話するって、あやこが言うとったぞ。ゆうやの誕生日じゃ。

 誕生日はあさってだよ。 

 ほうよの、じゃがあやこが電話したいんじゃと。

 なんで電話? おれ病院に行くよ。

 祝ってやれんから、電話でおめでとうが言ってやりたいじゃと。ゆうやに来てもらうんじゃのうて、あやこのほうからお前になにかしてやりたい、それがせめてもの電話なんじゃろ。

 僕は顔を手で押さえた。こらえなければ僕はきっと顔をにやにやさせてしまいそうだった。だって本当にうれしかったから。ねえちゃんが僕にしてやりたいと思ってくれたこと、誕生日の祝いの言葉、姉ちゃんの声。

 だけど間に合わなかった。電話は鳴らなかった。姉ちゃんは僕の誕生日の前日に死んだ。僕が電話を待っている間に。僕がうれしくて落ち着きなく、ずっと欲しかったものをプレゼントしてもらう子供みたいに待つ時間さえもまどろっこしく、でも楽しい、そんな気持ちでいる間に。



 

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