見出し画像

虫の音

 この度は『虫の音』を舞います。
時は600年ほど遡って、摂津国 阿倍野の市の酒売りのもとに訪れる仲間たちと酒宴をしている男のお話です。
彼は酒売りに「松虫の音に友を偲ぶ」故事として、昔この地にあった二人の男の友情を語りますが、実は自分がその幽霊のひとりだと明かして消え失せます。

本作は惹かれ合う男達の交流と、酒がサブテーマとなっています。
人を待つ虫と、虫の音に誘われて現る主人公が現在過去未来と融合する様子を舞にしたものです。
是非この機会に古くから愛される上方舞の作品をお見知りおき下さいませ。

今回舞わない歌詞に、
"機織る音の  
きりはたりちゃう きりはたりちゃう
綴れさせてふ きりぎりす
ひぐらし
いろいろの色音の中に 
別きて我が偲ぶ 松虫の声 
りんりんりんりんとして
夜の声冥冥たり"
とございます。

機織り虫の別名きりぎりすは古来'"キリ ハタ リ チョウ"'と鳴き漢字に充てると"桐 秦 李 朝"と綴ることが出来ます。
本作とは別のテーマへと発展しますが、わが国は織姫によって秦国と李朝を綴れさせられたのではないかなと夢想しています。

しかも変貌した虫は鳴かない虫の代表である蝶がイメージされています。秋の蝶は産卵しないからかも…、もしかしてこの長い長い輪廻のお話しは機織り娘の奇想した世界なのかも知れない。
弔いにて女身で舞います。


では本題の「松虫の音に友を偲ぶ」故事とは何か、何故友は虫の音に聴き入ったきり帰らぬ人となったのか。
「死ぬ時は一緒と約束した友が、草むらで呆気なく死んでいた。」
その夜集う魂とは、滋賀津彦や大友皇子、隼別皇子或いは天若日子、山背大兄王これらの不憫な王子、あるいは虫の音の主人公もそのうちの一人だったのかもしれない。

主人公は霊となってなお虫の音に執着しこの地に姿を現します。
これまでが前振りのエピソードです。ここからがいよいよ、「虫の音」の舞の始まりです。

思うに死とは何もかもが一緒になった世界です。好きも嫌いも有無を言わず酒の様に溶け合っている状態。
実は孤独を味わえるのは現世、この体あっての特別な感覚なんだろうと想像します。
それゆえ彼が示す愛着とは独占欲ではなかったかと理解できます。

私たちがそんな憐れな主人公や無数の虫たちに寄り添い一緒に涙できることは唯一の弔いであり、この舞の優しさの本髄とする所です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?