エッセイ 逝にて帰らぬ
私は、還暦を過ぎても、いまだ「ことば」による表現に、バカみたいにこだわりながら、独自の蛸壷の中で金銭以外はものすごく幸せに生きている。
このような趣向は若年期からすでに発芽していて、テレビなんかから流れてくる名台詞や啖呵などを覚えては、まわりに言いふらして悦にいっていた。
たとえば「ルパン三世」の冒頭、ルパンによるメンバー紹介。
小学生ではわからなかったことばを、必死に聞き取り、意味を調べたものである。時には職員室を訪ねて……。
「いにしえの大泥棒、いしかわごえもんのまつえい」(古の大泥棒、石川五右衛門の末裔)
「けいしちょうの、びんわんけいぶ」
(警視庁の敏腕警部) などである。
さらに、大人が聞いていた広沢虎造の浪曲、次郎長伝……
「たび〜ゆけば〜するがのくにに〜ちゃのかおり〜」というやつ。
とにかく、そんなのをやたらと覚えて、得意になっていたのである。
ところが、中学、高校とあがっても、なかなか私のそんな変な趣味があう友人とは出会えなかった。
あれはたしか、高校を卒業してから30 年以上経てからだった。
いつもの神戸花隈のアジトで、中学からの友人と同席したさい、ふとそこで昔話に花が咲いたのだ。
そいつとは、もちろん互いに存在は知っていたが、微妙な友達系統がズレていて、それまで特に深い付き合いがほとんどなかった。
何より、相手は中学の時から、誰もが……それこそ教師でさえ一目を置くような秀才で、こちらは、誰もがもれなくあきれるほど名が売れた劣等生だったのだから……。
その男の得意技たる、紅白歌合戦の裏話を起点に、枝から枝へと話が広がり、いつしか年末、大晦日のテレビ恒例の番組、「懐かしの歌声」の話題になった。
そこで私が、ふと幼年期を思い出し、
「あれ、司会者…誰やったか…そいつがセリフを読むやん? アレが覚えたかったんやが、どうしても内容が聞き取れんかってなあ…」と、言うと、そいつがニコッと笑って、
「コロンビア・トップや」
「そうや、そうや、コロンビア・トップやった…あれ、なんて言うてたんやろ?」
「クボ、あれはな、こう言うてたんや」
そして、すらすらとそのセリフを語り、その漢字まで、丁寧に教えてくれたのである。
50の手習い…どれだけ、私、久保研二、その時に幸せを噛みしめたことか……
そのセリフがコレである。
「今日に感謝し今を生きるも、ふと振り返れば思い出だけがまぶたをめぐります」
※ このあとが重要
☆ 「老いたる者には、過ぎにし青春の郷愁。
若人には、呼べど再び逝にて帰り来たらぬ、いにしえの幻……」
ことばやセリフにこだわり、その質感や芸を愛する資質。
私など……いくらガキの頃、さんざん末は博士かと騒がれてても、
「世の中には上には上がおるもんや、自分がいかに井の中の蛙やったか……まだまだ、こんまい(小さい)こんまい」
と、素直に完敗、感心したのであった。
もっと遊びたかったのだが、相手はすでに偉い人になってたので、なかなかそんなわけにはいかなかった。
それでも最近になってようやく、彼の書いた経営学の本を、私がおもしろおかしく、そして柔らかく仕上げなおすという企画が盛り上がったというのに……。
ご冥福をお祈りいたします。というか、それしかできない。今は。
まあ、いずれあっちで、また会えるだろうが。
ちなみに、彼のあだ名は、中学の頃からずっと変わらず、「バーブ」だった。
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