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エッセイ 校歌について

  
 昨年(※執筆当時 2011年)、神奈川県教育委員会から統合合併による新設小学校の校歌作成を請け負い、年末にようやく完成した。

 その校歌と、別のデザイナーが作った校章のお披露目とお礼の会が開かれるということで、私は単身宇部から離陸した。

 海と同じ色に輝く讃岐平野の溜池を見おろし、芋虫のような漁船を見おろし、地上のすべての生命と人生を見おろす。

 アップルジュースが入った紙コップのふちを噛んでいると、突然頭の中で声がした。

「いつからオマエはそんなに偉くなったのだ。そして、偉くなったつもりでいるのだ?」

 具体的事実として見おろすのと、観念的に見くだすのとは決定的に異なるが、この二つは無意識に同化する癖があるようだ。
 空を飛べばより鮮明に自分の自惚れが浮き上がる。

「調子にのるな」との自戒の隙間を縫うように、今回の校歌づくりにまつわる思いが次々と表出する。

 言うまでもなく、作家にとっては作品が表現のすべてである。

 けれども今回の"校歌"という作品は特殊で、作家のみが創り手ではなかった。
 詞に起こし、曲をつける作業は便宜上私が担うことになったが、作品に内在する精神を作家が独占すれば上質の校歌には決してならないと、勝手に私が規定したからだ。

 制作にあたってまずは現地に赴き、その土地の空気や湿度に触れ、学校や生徒を支えている人々の思いを汲み、実際に多くの言葉や本音をいただいた。

 そこで今回、特に意識して取り入れたのは"翻訳"の概念だった。

 翻訳の対象は第一に学校の先生、そして子を持つ親と見守り育てる地域の思いである。 

 実際に完成した校歌を歌い、記憶や思い出の中に刻んでいく生徒たちは、現状年齢的にも当然未熟であり、良識ある大人たちから誠実に供給されたものを素直に受け入れる立場にあると考えたのである。

 作品全体の方向性は、何らかの新しいスタイルを模索すべきとした。
 既存のほとんどの校歌には、どこか格式張った古くさいイメージがつきまとう。
 それはおそらく校歌が制作された時代の空気が大きく影響しているからだと思う。

 襟を正して背筋を伸ばすのはいいが、無理な背伸びになってしまうと、歌は生徒たちの心を徐々に離れていく気がする。

 そこで私が選んだ校歌の具体的なイメージは概ね以下のようなものとなった。

(1) 大人が、もしくは大人になってからもしっかり味わえる上質な品質でありながらも、小学生がちゃんと主旨や内容が理解でき、かつ楽しく歌えるもの。

(2) 歌詞も曲も、たとえ1年生では少し難しすぎたとしても、6年間かけて子供たちがじっくり歌いこんでいけるもの、また歌い込んでいく楽しさを味わえるもの。

(3) 輪唱や合唱ができるもの……既存の校歌では主旋律のシンプルさを強調するためにか、輪唱や合唱の味わいのあるものがほとんどない。
 けれども輪唱や合唱を少し加えることで、より一体感と立体感がある校歌になるはずである。
 もちろんメインのメロディだけでも十分に成立するようにして、輪唱や合唱をしない状態で歌うことも想定する必要がある。

(4) これからの長い歳月、新たな歴史の流れにさらされても、風化や劣化をしにくい耐久力を備えるもの。
 特に歌詞においては、年月を経ても色あせない普遍的な価値観を据えること。
 また曲においては、飽きっぽい世俗の流行に振り回されない安定感のある下半身を持つ曲調にすること。
 
 そうして完成した校歌の歌詞が、新築されたばかりの体育館の正面に一字ずつ丁寧に掘り刻まれたレリーフとして飾られていた。

 全校生徒が歌う自分の作品が体育館いっぱいにこだました。それは感動と呼ぶよりも、作家にしか味わえない強烈な快感に思えた。
 また同時に、その時点ではすでに手遅れだが、担った責任の重さを今一度痛感したのだった。
 
 優れた作品は、作家の手を離れて歌いつがれるうちに、一人歩きを始め、より一層秘めた輝きを身に纏っていくものである。

 その内面からも染みだすような輝きが認められて初めて、私の仕事が正しく評価されるのだと思う。 

 その日を迎えるまで私が生きながらえているかどうかは、神のみぞ知ることだが、とにもかくにも命あるかぎり、自らの内側にある、何か生き生きしたものを追及し、自己を覚醒させることを表現活動の源泉としていきたいと、あらためて心に誓ったのであった。

 ちなみにこの誓いは、恩師、故 尾川正ニ 先生の教えである。

 横浜市立瀬谷さくら小学校校歌
  
   《大きな翼》
          作詞作曲 久保 研二 
               落合さとこ
                  共作

(一番)

 あしたへと続く道
 未来へと広がる空
 歴史を受け継ぎ
 夢がふくらむ
 笑顔がはじける
 校庭に
 さあ歌おうよ
 声をあわせて
 さくらの木も歌う
 小鳥もさえずる
 手と手をつなげば大きな翼
 瀬谷さくら小学校
 未来へはばたく

(二番)
 
思いやるぬくもりが
 世界へと広がる空
 歴史を受け継ぎ
 平和を学ぶ
 笑顔を絶やさぬ
 知恵と勇気
 さあ歌おうよ
 ひとつの心で
 さくらの木も歌う 
 風が吹いている
 手と手をつなげば大きな翼
 瀬谷さくら小学校
 世界へはばたく

 瀬谷さくら小学校 
 みんなの母校

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