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私の武勇伝 人類の知恵

 もう30年以上も前のことです。

 私はとある恩師と共に、珍しく電車で移動していました。
 列車に乗り込むと、私らが座ったシートと少し離れた位置のシートに、いかにもガラの悪そうな20歳過ぎのヤンキーが3人。その頃はそんな呼び名はありませんでしたが、今でいえばDQN どきゅん、と表現される人種です。
 その3人のどきゅんが人の迷惑かえりみず、大きな声で騒いでいました。もちろん皆が眉をひそめる明らかな迷惑行為です。

 恩師が私に命じます。

「おいっクボ……ちょっとアイツラを静かにさせてこい、やかましゅうてかなわん」

 私らの世界では恩師の命令は絶対です。さらに、恩師が黒でも白といえばパトカーも救急車となり、赤信号も青に変わり、黒帯は紅白になり、ヤクザも木に登るのです。

 私はイヤイヤ、単身ヤンキー……DQNたちの元に赴任しました。

 すると予想どおり、当然の流れでDQNたちの目がつり上がり、

「ナンジャい、オッさん、なんか用か?」と、スゴンできました。

 私は決して上から目線で説教などをせず、まずは人差し指を自分の口の前にたてて「シー!」っと、3人に小さな声で目の合図も加えながら内緒である意図を伝えたあと、なるべく敵意と勘違いされぬように顔を近づけ、ちょっとした円陣をつくり、

「実はワシ、あそこにオル人の使いで来たんやが……アカンアカン、見たらアカン……アノ人がやな……ちょっと静かにさせてこい……とやなあ、そうワシに命令したわけや」

「ナメとんのんか? ワレ?」

「ちがうちがう……よう聞いてくれよ……あの人な、ワシの師匠なんやけど、悪いけどアンタらが束になってかかっても絶対にかなう相手やないというか、ケンカにならへんような化け物なんや……」

「それがどないしたんや? ヤクザがなんぼのもんやねん?」

「ヤクザではないんやけど、ヤクザよりもっとタチが悪いんや……それで、ワシはこのあと師匠と一緒に行かなあかん、どうしてもはずせん大事な用事があるねん。それがな、もしも今アンタらがゴチャゆうたら、次の駅で絶対に師匠からアンタらみんなホームに降ろされるやろ?  そうしたら電車一本遅れるやん?  ワシにはそれが一番都合悪いんやわ……」

「ええかげんなことを言うなよ、ワレ!」

「こんなことを、わざわざ嘘ついてどないするんや? こうして小さい声で話してるんやから、アンタらの顔もたつやろ?  悪いことは言わへんからちょっとは大人になれや……とにかく、ほんのちょっとだけ静かにしてくれたらそれでええねん」

「3人はそれぞれ顔を見合わせています」

「言うとくけど……アノ人がワシに静かにさせてこいと言うたんは、ホンマはアンタらが逆らってワシに手をかけて……それを正当防衛で成敗する理由にしたいためなんやで……なんぼ師匠でも、ちょっと声が大きいだけの理由で、一般人が見てる前で一方的にゴンタできんから……とにかく、アンタらを絞めるのが楽しみなんや……ここまでワシが腹割ってホンマのこと言うてるのに、それでもまだ信じへんねんやったら、それはそれでええけど……そのかわりアンタら確実に人前で恥かくことになるで……具体的には、プラットホームに3人並んでネンネすることになる、まちがいなく一瞬で」

「…………」

「わかってくれたか?  ほんならなよろしゅうたのむで、バイバイ」

 私は3人のもとを離れて恩師の隣の席に戻りました。

「クボ……どないやった?」

「静かにしてくれと、ちゃんと頼んできました」

「そうか……」

 次の駅で3人組は、チラッとこちらを見ながら、おとなしく電車から降りてしまいました。
それを見た恩師が私に、

「クボ……ホンマにオマエは、仕事ができるなあ……」

「センセ、ホンマはアイツラをおちょくって、いたぶりたかったんでしょ?」

「当たり前だ」

「一回 電車降りて、一本後になったら時間に間に合いませんよ」

「オマエはアホウか?」

「さっき褒めたとこやないですか?」

「そうやったか、忘れた。とにかくや、ドアが開いて、アイツらを引き下ろして、そのあとドアが閉まる前に勝負をつけるに決まっとるやないか?」

「いえいえ……絶対にそのあと、ひとことふたこと、襟首つかんで言いたくなるでしょ?」

「そうかもしれんな」

「そこに駅員でもおったら、さらにややこしいですやん? また私が一から説明して……それに110番でもされたら確実に時間くわれますやん?」

「そらそうやな……そうやけどな、ワシがオマエを行かせたんは、また別の理由があったんや?」

「私がじっさい、どないするのかを試したんでしょ?」

「なんや、お見通しやったんか?」

「当たり前やないですか……」

「そうか……ワッハッハ!  オマエにはかなわんな、ワシの一本負けだ、ワッハッハ!」

「ちがいますよ、技ありですよ、技あり」

※ この話はフィクションであり、登場人物その他すべてにおいて実在のモデル等一切存在しません……と言いたいところですが、実は……。

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