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エッセイ 丁稚羊羹

 夕方から、吉田スタジオで、7月28日のライブの打ち合わせがあった。

相手は、山口を代表する石原裕次郎……いや、おいらはドラマー……そうそう、ドラマーの、ゆうゆ こと、原野幽閉……いや、原野悠平 師匠。

 萩から山口まで、わざわざひとやま超えてそのミュージシャン……JAZZドラマーがやって来た理由は、電話での私のひとことが理由だった。

「ゆうゆ、水ようかん、あるで」

 もともと小豆は好物らしいのだが、そのことは横に置いておいて、この、
「水ようかん あるで」が、妙にゆうゆのツボにハマったようである。

 電話の1時間後に、会って早々、やはり話題は、「水ようかん あるで」になり、ゲラゲラ笑いころげて、なかなかおさまらない。

「ふつう、せんせ以外の人は、そんなことを言わないでしょ? しかも電話の冒頭、薮から棒に」

「そうか? ワシはありのままを言うただけやがな。これでもワシは気をつこうたんやで」

「何をですか?」

「ホンマは丁稚羊羹(でっちようかん)と、言いたかったんや、そやけど、それやったら何のことかわからんやろ?」

「ナンですか? それ? 船の上で食うんですか?」

「そら、デッキや。 ちゃうがな、でっち。丁稚奉公のでっちが、奉公先からみやげに持って帰ったりした、まあ、本来は安もののB級グルメやが、これが意外にあっさりしてて、食感もよく、甘すぎず、美味いんや」

「たとえばですねえ、友達のところに、今から遊びにいく、と言って電話して、ビール冷やしとくわ……いや、クルマやから俺 ピールはいらん……とかね……母親に"帰るコール"したら、コーラ 買っておいたよ……とか、そんな会話はありますけどね……とつぜん"水ようかんあるで"といった会話は聞いたことないですよ」

「なんでや? ワシらの歳の関西人ならあたりまえの会話やないかい。
 これが水ようかんやなくて、粟おこしや岩おこし、ひよ子饅頭ならあかんけどな、通用するのは、まあ、水ようかん以外なら、スイカかイチゴかトコロテンくらいかなあ……」

「とにかく、おもしろすぎますよ」

「サッパリ、おもろい理由がわからんが、まあ、水ようかんでもくいながら、話をしょうや」

「そうですね……実は折り入って、おどろかれるかもしれませんが、28日のライブの打ち合わせなんですけど……」

「なんで驚くんや? そんなんあたりまえやないかい、この時期にこのタイミングで」

「えっ? せんせ、わかってました? 予測してたんですか?」

「いったい他に何の用があるゆうねん? 」

「いや、マジで、ボクが水ようかん だけを食べに来ると思ってたんじゃないかと……」

「餃子焼いたろか?」

「はあっ?」

「手づくり餃子やで、きのうからワシが仕込んでん」

「飯、済ませてからここへ来ましたから」

「何をくうてん?」

「アトラス萩で買った、お好み焼きです」

「店の前で焼いてるやつか?」

「いいえ、奥の惣菜コーナーのやつです」

「どうせ家に帰ってから、電子レンジでチンしたんやろ? 二重にカラダに悪いやないか? そんなもんばっかり食うてたら、化学調味料と放射能が脳みそに詰まって、アホになるぞ」

「やっぱそうですかね?」

「お好み焼きくらい、ミュージシャンなら自分でつくる。
 今から焼いたろか? 餃子の具を流用して、キャベツも紅生姜もあるし……あっ、天かすを切らせてるわ」

「まじで、おなかすいてません」

「そうか……それで、何の話やったかなあ?」

「28日の、ワカヤマさんでのライブです」

「そうや、そうそう。ここは一発、バーンと、スカッと、ドカーンと、世間をアッといわしたらなアカンな、アッと驚くタメゴローっときた」

「ハイ、頑張ります」

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