夜食

まだ日の登らない時間。
暗い服装をした男が下見通りの場所から一軒の民家に侵入した。

「下見通りだな…一人暮らしみたいなのにデカい家…緩い戸締り…良いとこのボンボンってとこなんだろうか?」
男が1人暗闇の中で金目の物をバッグに詰めながらブツブツと呟いていた。
手先は器用だが口は不器用なこの男は義務教育もそこそこに泥棒として生計を立ててきた。
もちろん、そんな男がマトモに食べ物にも金を払う訳は無く空き巣先の冷蔵庫の食べ物を証拠を残さずに食べ、「仕事」をする際の服も全て盗品だ。
「よし…!良い感じに盗めたな。コレで今年の冬も暖かく過ごせそうだ。」
「あとは…飯だな。腹が減った。キッチンに行こう…」
今日の成果に満足すると男は腹を満たす事にした。
「なんだこの家は…作り置きも既存の食品も何もないじゃないか。食材しかないから食べるなら料理するしないのかよ…クソッ…!」
男が下見では見切れなかったのはこの家の主が料理好きな事、そして
「誰か居るの?」

「….ッッッ!!!!!!????」
家主は眠りながら動き回り、夢と現実の間を毎晩彷徨っている事だった。

男は冷静を取り戻した。
何年もこの仕事をしてきたわけじゃない、俺は切り抜けれるはずだ。と。しかし、家主の言葉に惑わされ、再び再考を迫られた。
「今日が収録日だったっけ〜?まぁ良いや〜よろしくお願いしますね〜アシスタントさん〜?初めての人と共演するのは何年経っても緊張するわね〜」
男は戸惑った。寝言なのか遊ばれているのかが分からずあたふたしていると
「何じっとしてるの〜?今日は鮭のムニエル、イチゴのショートケーキ、簡単シーザーサラダでしょ〜?早く準備しなきゃPに怒られちゃうでしょ〜?」
気がつくと家主の手にはナイフが握られており、もうこうなるとこの状況に乗るしかないと諦める事にした。
「わ、分かりました…!準備しますね…」
余りにも意味の分からない展開に嫌な汗をかきながら準備を進める男。大きめな冷蔵庫には確かに先ほどの品目を作るに十分な量の材料が入っていた。
「それじゃあ、始めましょう〜。皆さん、こんにちは〜今日のメニューは…」
男は横のスラスラとした読み上げに聞き覚えがあった。最近配信サイトで人気を博している女性料理配信者の声だったのだ。そんな人気者が寝ながらナイフを握り締め、泥棒の自分と一緒に料理を作ろうとしている。自分が世間から外れた生き方をしているのは十も承知だが、この状況はその人生に置いても1番な出来事である。
「ではアシスタントの方にシャケの準備をお願いしま〜す。」
気がつくと仕事を振られていた。人生において初めて誰かに仕事の指示をされた為少し戸惑ったが無事準備が出来た。

そこから料理は順調に完成していき、残すはデザートのケーキになった。
家主は目をつぶりながらスラスラと喋り、ナイフで器用にイチゴを切っている。だが、男の体力はもう限界だった。一睡もせず、料理に付き合わされた。そして、スポンジを焼きながら眠ってしまった。
「んン…?ハッ!寝ちまったぞ!」
飛び起きた男の目の前には豪華な料理と家主、長嶋茂雄が居た。
「セコム、してますか?」
ニコニコとしながら長嶋は男に語りかけた。
「いや….するってかされる側です…」
余りの状況に自分の立場を遠回しに説明すると、「ダメじゃな〜い、セコムしてなきゃ〜」
「セコム、してますか?」
2人は男に迫ってきた。
言い淀んでいると家主はケーキを男の顔面に叩きつけた。
「何でしてないの〜?」
「セコム、してますか?」
そこに長嶋も乗っかってきた。
男が生クリームの暴力に溺れていると、長嶋がサラダボウルで男を殴りつけながら
「セコム、してますか?」と三たび語りかけてきた。
「だ、だから俺はされるほ、ウボァッ!」
「悪い子ね〜そんな人にはムニエルよ〜」
家主はムニエルを男の口に詰め込んだ。
「セコム、してますか?」
「し、してません…」
長嶋の問いに男は息も絶え絶えになりながら答えた。

プシャッ!「ぎゃぁぁぁ!いってぇっ!!」
家主が男の目にムニエルのレモンを噴出したのだ。
「もしかして、アルソック派なんて言わないわよね〜?」
「セコム、してますか?」
家主は男に問い、長嶋は変わらず疑問を投げかけた。
男は腹を括った。
「セ、セコムしてます!!!泥棒も辞めます!!!盗んだ物も返します!!だ、だからもう何もしないで!!!」
長嶋はおもむろに立ち上がり、満面の笑みで嬉しそうに男に語りかけた。
「セコム効果、出てますねェ」


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