スミちゃんの不味い飯 第5話

あれからリュンさんはスミちゃんの家へ泊まり込み、三度カレーを食し、見事完食しました。それはそれで大変温かな気遣いだと私は思います。リュンさんの行為、他の守り神が見てもわかるように『いい人リスト』のところに花二重丸、ちゃんとつけておきますからね。


スミちゃん、結局一睡も出来ませんでした、ええ。台所にあったあらゆる調味料の味見を始めて、またそれで泣いたり笑ったり項垂れたり…と忙しい忙しい。キッチンと食卓にはおびただしい数の調味料が並んでしまいましたねえ。

ゴロ寝していたリュンさん、重い瞼を必死で開きながら、それでもスミちゃんのブツブツ呟くことを、そこらへんの広告用紙の裏かなにかに箇条書きしていきました。"ぬるい"とか、"遠くにある"とか、"溶かした水飴の味"とか"なにもしない"とか。その紙と調味料をイエス/ノーじゃないですけど、ざっくりとテーブルの上で分け始めましたねえ…。


「これでみていくと…特に酷そうなのはダシの…和風系とか中華系とかかな」
「どっちも。特に昆布ダシとか鳥ガラとかさっぱりだ」
「どう違うとかはあんの?」
「違いなんてみえない。味なし。ただ舌にヌルッとする感じ」
「ええ?結構さー、中華ダシとかさー、濃いよ?マジかいな」

何度もまさかまさかと舐めてはみるものの、気持ちが悪いのか変な顔を作り続けるスミちゃんです。


「なんでこうなっちゃったかねえ。精神的ダメージってこんな形でくることもあるんだね、あぁ怖い怖い」
「ケチャップとか、酸っぱいのは立つよ」
「"立つ"ねえ…。けど、それが旨いかマズいかは別ってことだよね…」

リュンさん、冷蔵庫から昨日買ってきた2リットルボトルな炭酸飲料とグラスふたつをとってきてダンッとテーブルに置き、グラスに注いでスミちゃんに差し出しました。スミちゃん、お水以外で久しぶりに違う飲み物口にしますね…。

「うげっ、何この…ドリンク…気色悪い」
「なにがなにがなにが!?これスミちゃんいつも飲んでんじゃん!」
「喉…最後に通った時、化学薬品…苦いクスリな味…オゥエ~」
「ありゃりゃんりゃんりゃんりゃん…どうなってんのそれ…」

まいりましたねえ。そんなに味が変わって感じるものなんですか。

「わ~ったわ~った。もう口にしなくていいいい…つーか、もう確かめに何度も飲むな!もう~戻るよ、こっちに。この中濃ソースとお好みソースは?どう違ってたって?あ、もうジュースいいから~~勿体無いオバケとか出さないから~今日だけ許すから~!!」
「ソース…、お好みソースとか抜けてんだ、さらっと」
「なんだ?その"抜けてんだ、さらっと"ってのは。ソースだよ?どれも濃いにきまってんじゃん」

ですよねー、ですよねー。
本当に一体スミちゃんの味覚、どうなっちゃったんでしょうかねえ…。

「カレーがあんなに辛いのもわからなかったんだから…、どれもさー、味覚が極端に甘いとか辛いとか濃い方向に行っちゃってるとか?で、ダシみたいな繊細な味っていうの?そういうのはもう全然~みたいな?」
「…うん、そうみたいだ。もうダメだね」


味覚検証、ひとまず終了の様子ですね。あ、スミちゃんもようやく諦めがついたのか、調味料を元あった場所へと戻しにかかりましたよ。こういうことが出来るようになってるんですから、少なくとも昨日よりはずいぶん落ち着いてきたのかもしれませんよね。でもリュンさんの顔はしかめっ面なままです。案外ネガティブ思考なんですかね?

「このままじゃダメだろ、ダメ」
「……」
「なんかダメだよな、ダメ」
「……」
「私の役目、ないじゃん、こんなの一番ダメじゃん!」

どこがダメなのか私も突っ込みたかったんですけど、ええ、そこでしたかー。


「ねえスミちゃん。気晴らしっちゃなんだけど、外へ散歩行かない?」
「どこへ」
「しんどいのもお腹空き空きなのも充分わかってるけどさ、今のスミちゃんみてたらもうこのままずっと引きこもりそうじゃね?これマジでヒッキーの始まりになりそうじゃん、そういうのダメだと思うんだ。ね、だからちょっと散歩にでも行こうよ。歩くの面倒ならあたしの親父に車でちょっとそこまでって乗っけてってもらえばいいじゃん」

リュンさんのお父さんは、駄々花5丁目で中華料理屋『龍明一番』を営んでおります。リュンさんはそこの看板娘…のはずなんですが、どうやら休みをもらってスミちゃんヘルパーに駆け付けた様子ですね。

「どうよ?どうなのよ?」
「散歩、した方がいいか」
「そうだよ、もし歩いてて飯の匂いなんかでゲロゲロ吐きそうになったら介抱するよ、どうせ吐き気だけじゃん、何も食ってないんだし。行こう行こう!」
「水もってく…」
「あーはいはいはいはい、水だけは持って行こうね、了解了解」


フラフラではありますが、ようやくスミちゃん立ち上がりました。水のペットボトルを近所のスーパーで貰ったエコバッグの中に詰め、肩に背負って、マスクもして。

「どこ」
「じゃあ…世々岬行こうか?あそこなら公園も多いし、食べ物ばかりじゃない店も多いし、釣り堀もあるよ?ボクシングジムもあるべ?囲碁教室もあるし、最近じゃあ自分で作るキャッチャーミット屋さんなんてのも出来たよ?」
「散歩だけする」
「あーはいはい」


金曜の午後になっておりましたが、スミちゃんとリュンさん、駄々花町駅から二つ目、急行電車が停まる駅「世々岬(よよみさき)」へとどうやら向かったようです。


…スミちゃんの不味い飯。
この話の続きはまた後日。




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