和田哲物語 第53話

ブランドと広告


「広告は経費ではなく、投資である」と語った人がいる。ある企業のコミュニケーションを統括する部門の役員の方である。

 広告は販売促進の役割は当然あるが、もうひとつの大きな役割として「ブランド」を創る役割も持っている。販売促進の場合は、集中的に予算を投下して、素早く認知を高め、その商品、サービスを購入してもらうことが大事な役割である。
 一方、ブランド広告。なんか定義が難しいが、一言で言えばその企業なり製品、サービスなりを「好きになってもらい、愛着をもってもらう」ための広告だと思う。ただ、これは骨が折れる。急にバタバタとモノが売れるわけはないだろうし、突然、大きなうねりが来る可能性も少ない。

 最近は、特に販売促進的、短期集中的、「私を見て!すごいでしょ」広告が多い。マス広告費の割合が低下し、インターネット広告費がテレビ広告費を抜くような時代になっており、「販促的コミュニケーション」の傾向は強くなっている。
 
 1980年代の後半から1990年代初頭にかけて、I広告社の広告作品にはブランド表現的な要素が多かった。セゾングループの広告手法として‘鍛えられた’せいか、単純に「売り込み」のための表現は避ける傾向があった。

 最近、当時の広告作品を調べてみたが、広告としてゆとりのある作品が多い。「売り込む」前に、「好きになってもらえたら嬉しいです」という感がある。そこには、送り手側の意志とそれをうまくコミュニケーションしようという制作者の矜持がある。
 ただ、そんなに簡単に結果は出ないので、クライアントも制作者も粘り強く、作り続けるという頑固な精神も持ち合わせていないとうまくいかない。
 
「スタミナドリンクで元気になるのももちろんいいけど、漢方や運動、規則正しい生活で体質改善することも大事だよ」

などと言いながら(時には自分に言い聞かせながら)、そんな広告にチャレンジしていた。

「ブランド」とは、「その対象との様々な体験を通じて心の中(頭の中)に蓄積される確固たる存在」である。企業や団体、組織にとってのブランドは単なるプロモーション活動の一部ではなく、資産であると考えられている。(「ブランドは戦略を左右する資産である」デビッド・アーカー/「ブランド論」ダイヤモンド社)

セゾングループの会長だった堤清二氏は、

 「モノを売るのではなく、情報を売れ」

 「店をつくるのではなく、街をつくれ」


と言っていた。その頃は、そう指示されてもいま一つ理解できないことも多かったが、今考えれば「情報=ブランド」という意味であったと思う。セゾンらしい情報を絶えず発信することにより、ファンをじっくり育てる、それにより顧客に生涯にわたって愛される存在になる、そんなことを思う。

 今 、様々なものがコモディティ化していると言われる。差異化も難しくなっている。しかし、その企業や団体、組織(地域も含め)しかない財産は必ずある。それを見極め、大事にしながら、広告も含めた体験を提供していくことが、やっぱり大事だと思う。
セゾングループは今は存在しないが、そこで行った‘実験’は、「ブランド」の時代を迎える今こそ、見直されるべきであると思う。

写真は当時I広告社が制作した広告。当時は必ずしもブランド広告とは呼んでいなかったが…。政党広告でもこのような方法があることを示した。社会党は「土井たか子」さんブームを巻き起こした。

日本社会党(1989)
日本社会党(1989)
ラコステ
ラコステ
セゾングループ「お手本は自然界」シリーズ

第53話 完

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