ヒトゴミ



街中で火を放った男がいた
歩く人々に火をつけた男が
捕らえられた男は悪びれもせず
さも当然の事であるかのように
寧ろ邪魔をされたと憤慨しながら
集まる人に動機の弁明をしていた

「ゴミに火をつけて何が悪い
 お前らが棄てやがったのを
 おれが燃してやろうとした
 そのどこが悪いというんだ
 感謝されこそこんなふうに
 縛られる筋合いなどないぞ」

お前が言うその「ゴミ」とやらは
まさか人をさすのではあるまいな
人をゴミ扱いするとはなにごとだと
一部の理論派正統派の人々が口々に
男を罵り始めたが
男は全く構わずに
言葉を続けるだけだった
その場の皆は驚愕しつつ
あながち違うとも言えないそれに
ただただ閉口してしまうのだった

「誰も気にかけてないだろう
 通りを歩く他人のことなど
 肩がぶつかればうっとうしがる
 自らの不注意など気にも留めず
 己の進む方向にいる他人など
 邪魔だと思ってばかりいるが
 自分が相手に感じるその不快感を
 同じく自分も誰かに与えていると
 誰が気付いているって言うんだよ
 当たり前のことだが知りはしない
 自分のことは棚に上げて他人を貶め
 被害者に回ればただわめき散らして
 何かがあれば「社会が悪い」
 自分が悪いとは思いもしない
 事故も殺人も酒の肴
 他人の不幸は蜜の味
 その悲しみは身をもってしか知りえない
 知りえたとしても自らの不幸に酔いしれ
 それにお前らが言うじゃないか
 こういう所は「ヒトゴミ」だと
 見も知らない
 ヒトゴミだと
 誰も他人に価値を見出さない
 自分以外はみんなゴミ扱いで
 他人に甘く自分に厳しくと
 自らを律したつもりの奴も
 結局形式に自己陶酔して
 他人の人格を一段下げて
 えらい人間になった気でいやがる
 己の善良さを自画自賛してるだけ
 結局他人はゴミ扱い
 自分以外はゴミ同然
 だから燃やしてやろうとした
 それをお前らは邪魔したんだ
 自分たちまで燃やされると
 己に累が及ぶのをおそれて
 自己防衛でしかないそれを
 正義感だと思いこんでりゃ
 おめでたい人間だよなあ
 全くホントに羨ましいよ」


まるで己に言うかのよう
情けない目で男は笑って
そのままその場にうずくまる
助けは求めず助けは得られず
笑声はやみ動きもやんで
いつしか息もやめていた
ゴミに火をつけたつもりの男は
そのまま燃されてゴミとなった


男のかばねは白く崩れて
風に流れて世界に纏うが
その灰に相似を覚える者は
ゴミ捨て場には不在のまま
燃されもリサイクルもされず
ゴミはゴミのまま放置されて
世界は言いようのない悪臭を放ち
みな誰宛となく眉をひそめている
己の腐臭に気付かないまま
心地の悪さに不満を抱いて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?