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芳し森の冬 ~ino sent world 番外編~

 ♯0 定番ブレンド「家路」

 山間の夜は、早足だ。
 全身を赤く染めながら、山々は沈み行く陽を覆い隠していく。
 そんな、朱に染まる空を、黒い影が飛んでいく。
 塒に帰る鳥達の群れ。
 その中の一際大きな翼が、直線を描いていく。
 その軌跡は、紅いキャンバスに墨で描いた一筋。
 まるで夜を引き連れるように、線はにじみ、紫から藍、そして黒へと染めていく。
 家路を急ぐ母子を急かす様に、夜の帳は近づいてくる。

「かあちゃん、あれ!」
 背中の子供が伸ばした指の先を辿り、母親は微笑んだ。
「ああ、『芳し森の大鴉』さんだね」
「今日もいいにおい?」
 芳しい香りのする森の主の話は、子供達の間でも噂になっているようだ。 

「そうだね。今日は、どんないい匂いなんだろうねぇ?」
「なんだか、おなか空いてきたぁ・・・」

 幼い息子のちょっと情けない声に、笑いながら母は背中の子を背負い直す。
 長く伸びる二人の影は、真っ直ぐに温かい家を指していた。

「じゃあ、急いで帰ってご飯にしようね!」
「うん!!」

 朱から黒へと続くグラデーションの下、皆が家路に急ぐ。
 今日の終わりを、温もりの中で過ごすために。

♯1 冬季限定ブレンド「雪あかり」

からんころん

 頑丈そうな樫のドアを開けると、出迎えてくれるのは、素朴なドアベルの音。そして・・・。

「いらっしゃいませ」
 正面カウンターから、マスターの柔らかい声と、ちょっとぎこちない笑顔。
 そして何よりも嬉しいのは、心地良い暖炉の温もりと、美味しそうな食べ物の匂い。

「こんばんは。また来ちゃいました」
 冬の遠乗りでも温かい“もこもこ”ジャケットを脱いで、ドア傍のコートハンガーに掛けると、マスター正面のカウンターチェアに腰かける。
 白いYシャツに蝶ネクタイ、黒いズボンと黒いエプロン姿と言うバリスタっぽい格好に、顔の右半面の不思議な模様と、左半面のを隠すマスクにも慣れて来た。
 まぁ、初めはちょっとびっくりしたけど、ね。

「PONDAらしい蒸気エンジンの音が聞こえたので、ひょっとして、と話してたところです。でも、今夜は寒かったでしょう?雪は大丈夫でしたか?」

「ええ、体が凍っちゃうかと思いましたけど、雪は大丈夫でした。でも、明日は降るかもしれませんねー」

 カウンター奥にちらり、と視線を送りながらマスターが差し出す、ちょっと熱めの蒸しタオルを受け取って、わたしもカウンターの奥に目をやる。
 それほど広くない店内には、4人掛けのテーブルが2つと、カウンター席6つ。そのカウンターの奥には先客が一人いた。

「こんばんは、torikaくん。お先してますよ」
 と、マグカップを掲げて見せるのは、Mutsuro先生だった。
 最初にこの店に偶然・・・と言うか美味しそうな匂いに釣られて、立ち寄った時に知り合った、図書館で先生をしている(?)方。

「こっちにいらっしゃい。暖かいですよ?」
「あ、じゃあ。すいません、移りますね。今日は何を飲まれてるんですか?」
 誘われるままに、暖炉に近い奥の席に移りながらも、先生のカップの中身が気になってしょうがない。
「“今日のおすすめ”のお茶!僕も歩いて来たので体が冷えてたのですが、このお茶のお陰でぽかぽかですよ」
「図書館から歩いてじゃ、結構ありますもんねー。美味しいですか?」
「冬向けのブレンドのお茶でミルク風味ですが、torikaさんも同じで良いですか?」
 カップに口をつけながら頷く先生の代わりに、マスターがカップを温めながら答える。
「じゃあ、それでお願いします!あと――」
「えぇ、“お任せ”ディナーですね」

 思わず大きく頷くと同時に、お腹が“ぐぅ”となった。

 マスターは何も聞こえなかったふりをしてくれてるけど、先生はチェシャ猫みたいにニヤニヤしてる。
 顔が真っ赤に火照るけど、店内に漂う香りに空腹が我慢できなくなってるんだから、しょうがないの!
「すぐに準備しますので、とりあえずお茶をどうぞ」
 そう言って微笑み、わたしに熱いお茶のマグカップを渡すと、マスターはカウンターの中をパタパタと動き回る。

 たっぷり入って冷めにくい厚手のマグの中には、乳白色の液体。
 少し泡立った表面には、うずまき状にオレンジの線が描かれている。
 そして、鼻をくすぐる優しいミルクの香りと、ちょっとスパイシーな香り。
 一口飲むと・・・不思議な味わいの中に、ほのかに蜂蜜の甘み。体に染み込んでいく、温もり。

 先生が「だろ?」と微笑みながら小首を傾げるのに頷きながら、もう一口。
 目を閉じると、素となった『影』のイメージが伝わってくる。

 「雪あかり」の薄っすらとした影、「蝋燭」の揺れる影、「暖炉」の爆ぜる影。

 マスター特製の“お茶”は、大陸中で採ってきた『影』を素に作ってるのだと、前に先生が教えてくれた。
 そのお茶を飲み易いように(今回のように)ミルクとか、フレーバーを足してブレンドするらしい。
 この不思議なお茶を―――そして、同様に作られるご飯を味わうために、大陸の端っこから来る人もいるらしい。
 私も「蒸気バイク」で飛ばして2時間半、先生だって歩いて1時間掛けて来ちゃうくらいだし。
 それだけ美味しいんだよね、ここ『マヨナカゴハン』って。

「お待たせしました。鉄板が熱いので気をつけてくださいね」

 ほんわか気分のわたしの目の前に運ばれてきたのは、生姜ご飯と、葱と油揚げのお味噌汁、そして芳しい香りのソースがかかった分厚く、大きなキノコのステーキ。
 きっと、このソースにも『影』がたっぷり使われているに違いない。
 隣にいる先生も、私と一緒になって美味しそうな匂いを胸いっぱいに吸い込んでいる。
「あぁ、美味しそうだよねぇ・・・さっき食べたんだけど、またお腹空いてきちゃうなぁ。ねぇ、torikaくん。ちょっとで良いからくれない?」
「あげませんよー!わたしもお腹ペコペコなんですからっ!」
 先生とわたしの掛け合いに微笑みながら、マスターはお茶のおかわりを振る舞ってくれた。

 わたしのお気に入りのレストラン『マヨナカゴハン』は、4番街道を「芳し森」に入って少し行った所にあります。
 営業時間は、夜の9時から翌3時まで。
 よろしかったら、是非立ち寄ってください♪

♯2 特別注文ブレンド「夏きらり」

とんとん

「こんばんは、Antyさん。Fuyuです」
 ちょっと控えめなノックの音の後、聞こえてくる声。

「はいはい、ちょっと待ってねー!」
 夕飯用に山と積んだじゃが芋を前に、腕まくりをして剥き始めたばかりのAntyは、エプロンで手を拭きながら玄関へと向かう。
「はいはいはいはい、今開けますよー」と呟きながらドアを開ける。

 外の世界は、マゼンダ色に染まっていた。
 そして、その世界の中心、つまりドアの前には、濡れ羽色のマントをまとった青年が丈夫そうな黒い布のリュックを抱えて立っていた。
 不思議な文様の描かれた右側の顔には、申し訳無さそうな表情。左側はこれもまた不思議な文様の描かれた仮面で隠されている。

「すみません、お忙しい時間に・・・」
 頭を下げながら、リュックの中を探っている。
「いいのよー!と言うか、寒かったでしょ、とりあえず入って入って!」
「あ、いや、ここで・・・」とか言いかける彼を、「ここだと、私も寒いからねー」と強引に室内に引っ張りこむ。

 柔らかく燃えるだるまストーブの前にいすを引っ張ると座らせると、飲んでね、と傍のテーブルにキノコスープのカップを置いた。
「忙しい時間って言っても、Fuyuくんだってこれから仕込みでしょ?」
「そうなんですが、早めにお届けしておきたかったので」

 そう言って差し出されたのは、お茶の瓶。
 ハンドメイドっぽいラベルには、「夏きらり~夏の思い出~」と書かれている。
 この前来てもらった時にお願いした、お茶だった。

「あら、出来たのね!ありがとう!」
「いえ。良い影がなかなか手に入らず、秋口にお願いされたのに遅くなってすいません」
 そして、また頭を下げるFuyuくん。
「いいのいいの!だって、難しい注文しちゃったの私だし」

 そう、森の木々の葉が色づき始めた頃、今年の夏の思い出話をしながら、無茶な注文を冗談っぽく話したら、わかりました、と受けてくれたのだった。

 受け取った瓶のコルク蓋を開け、香りを嗅いで目を閉じてみる。
 焼けた大地の香りに、花火の火薬の香ばしい香り。
 そしてまぶたに浮かぶ光景は、高い陽を浴びる向日葵、プールサイドのビーチパラソル、夜空に咲く大輪の花火。

「ほんとに、話した思い出のとおり!」
「喜んで頂けて、僕もうれしいです。あ、それと遅れたお詫びに、少しですが」
 手渡されたのは、小さな紙袋。
「これは何のお茶?」
 持った感じと音から、お茶らしいのはわかったけど、何だろう?
「昨日から出し始めた。冬用のお茶です。夏と合わせて楽しんで下さい」
「それ、面白そうね。あ、ちょっと待ってね」

 急ぎキッチンに戻って大きながま口を取り、ついでに今日焼いたリンゴのパイを数切れ手早く紙に包む。

 戻ると、Fuyuくんはカップを両手で包むように、スープを飲んでいた。「美味しいですね、これ」
「でしょ?イガグリタケを頂いたから、スープにしたのよ。細かく刻んだから、形残ってないけどね」」
「最近めっきり採れなくなったらしいですね、あのキノコも」
 がま口からお茶の代金を出すと、テーブルの上にパイと一緒に置く。
「はい、丁度頂きます。あれ、これは?」
「おやつ用に焼いたリンゴのパイよ。甘いの好きよね?」
 ええ、と嬉しそうに笑うFuyuくん。笑うと、結構子供っぽい感じがする。

「さて・・・ごちそう様でした」
 カップをテーブルに置いてお辞儀し、立ち上がるFuyuくんの後ろを追って、私も玄関に向かう。

 ドアを開けると、外はもう真っ暗だ。
「寒いし、暗いから気をつけてね」
「ありがとうございま・・・あ」

 Fuyuくんが、空を見上げる。
 そして、白いものが舞い降りてきた。
 そして、また一片。

「雪ですね」
「雪ね・・・積もるかしら?」
「そうですね・・・一杯じゃなければ、積もった方が」

 そう、かもね。明日は、その方が。
 みんなも喜ぶかもね。

「では、Antyさん」
 私に向かい直って一礼すると、あの笑顔。

「メリークリスマス。そして、良いお年を」
「うん!メリークリスマス。Fuyuくんも、良いお年を!」

 そうしてFuyuくんは、大きな羽ばたきの音と共に、暗い夜空に消えていく。
 世界を白く染まる前に、どうか、温かい家に着きますように。
「さて、ご飯の準備、再開だー!」

 そして、雪は静かに降り続く。
 山に、森に。世界に。
 柔らかく、温かな窓の灯りを縁取るように。
 温かく、皆の願いを包み込むように。

 白く染まる「芳し森」に、良い匂いが漂っている。
 お腹を空かせたあなたに、体も、心も温まる、そんな料理を準備して。
 さぁ、今宵も『マヨナカゴハン』開店です。

すぺしゃるさんくす♪
 大家さん(=原案):いのうえ あさのさん #ino_sent_world
 出演者の方々   :torikaさんtorikaさん
           Mutsuro先生ならざきむつろさん
           Antyさんantyママンさん
 クリスマス用ライン:ossoさん
          【素材】noteで使える飾り罫線 クリスマス編 

 そして、これを読んでくださったあなたへ。

Merry Christmas♪

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