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Wing HighBridge 2万字インタビュー

この春、突如リリースされたWing HighBridgeの8年ぶり4作目のフルアルバム「ホームレスネス」は、彼のルーツとも言える00年代のUSインディーとヒップホップの両方のエッセンスを参照しながらも、いつの間にかその幕を閉じた2010年代の音楽シーンを総括する様な充実作となった。2枚組128分22曲という重厚なヴォリュームで描かれるこのアルバムのコンセプトは、公に本人の口からは明かされておらず、彼のファンクラブ (月額1,380円もしくは年額15,000円) に加入しないとわからない。筆者は加入するつもりはないので、わからない。その真相はぜひ、あなた自身で確かめてほしい。

そんな謎に包まれた本作において、白眉と言えるリードシングル "元・海 (もと・うみ)" の印象的なブリッジ部分で、彼はタケモトピアノのCMソング (サンプルクリアランスに600万ドルを擁したと暴露した彼のマネージャーのツイートに財津一郎が激怒し、契約解消寸前にまで拗れたが、Wingがインディーズ時代にsoundcloud上で発表していた"きびしーいっ freestyle"を絶賛していた財津和夫が仲介役となり、最終的には財津一郎とWingがSkypeで話し合い意気投合。その数日後にはWingの所有するドバイのスタジオにまで財津とその家族を招き、サンプル素材にするためだけに楽曲を新録したという贅沢すぎる逸話も記憶に新しい。) を脱構築したトラックに乗せて、自身の商業的な成功と、プライヴェートにおける失敗 (2017年にツアーを共にしたPost Maloneとの殴り合い騒動で彼はお気に入りのクロックスと健康な前歯のすべてを失った。) の狭間で揺れる不安定な自身の心境を赤裸々に吐露してみせる。

"味噌汁が濃ゆすぎて溺れる
わかめ美味しい
ミネラルにやられる気分はどう?
俺らそもそも 元・海"

—"元・海 (もと・うみ)"

ここにはもう、都内のスーパー銭湯に通っては問題行動を起こしていたセカンドアルバム以降の、あのあまりにも痛々しい彼の姿はない。日本の音楽シーンへの献身と世界基準とを常に意識し、内に秘めた情熱と創作意欲のすべてを自身の睡眠時間とトレードオフし続ける、あのデビュー当時の不健康な賢者の帰還である。

「ミヤネ屋とか24時間テレビとか、そういった古びたコンテンツに対して、拒否反応を示すのではなく、ただチャンネルを変えたかったんです。いや、放送大学とかじゃなく。」

このコロナ禍において、私生活でも3人の子宝に恵まれ、自身を見つめ直さざるを得ない場面が増えたと口々に語る彼は、人間的にも、そしてアーティストとしても、そのキャリアにおける重要なタームに入りつつあるということを自覚している様だ。

「歯医者に行こうと思いました。先ず。」

米Pitchforkが"メガドンキ版Nicolas Jaar"と評し、英GuardianがAphex TwinやAutechreの名前を連ねて絶賛し、その翌朝に訂正謝罪した前作「リーでした」は、彼が敬愛する郷ひろみとおよそ5年の歳月をかけて制作を試みたもののお蔵入りとなった幻のプロジェクト [ぶらぶら定刻] セッション時の楽曲を練り直し、自身ではなく初音ミクに歌わせることでバーニングとの契約問題をクリアし、やっと日の目を見たという特異な経緯があった。そこからの華麗なる世界デビューというストーリーの飛躍は、常に賛否両論が渦巻く豊かなコンテクストを携えたその音楽性と、彼の最低な人間性 (最近のインタヴューでも「あえて不燃ゴミの日を選び、2週に渡り溜めた大量の生ゴミをIKEAのバッグに入れて捨てている。」と発言し、世間から普通に軽蔑されている。) により補完され、国内ではカルト的人気を博していた彼の目論む世界征服のはじまりとして、海外メディアが挙って彼を祭り上げたのだった。(そしてその熱狂はやがて国内へ逆輸入され、ヒルナンデス出演にまで至った。そして、熱心なファンの方ならご存知の様にこの出演を機に番組MCの南原清隆とは毎月互いの家を行き来するほどの交友関係を築いており、Wingはメディアで必ず "サウス" (南原の愛称) の話をする。)

「終齢幼虫が蛹になる前にする下痢。私はね、そっち側でいたいんですよ。蝶になんかなる気はさらさら無くて、常に下痢側でありたいんです。」

ウィルキンソンで割ったオールドエズラ12年を、風呂上がりのフルーツオ・レの如く飲み干した彼は、いつにも増して饒舌だ。「ベストアルバムを出してくれとレコード会社にせっつかれてるんです。でも、ボーナストラックとして私の敬愛するGARNET CROWのMysterious Eyesを収録しないと出せない。それ無しでベストアルバムと謳うのは少し無理があると何度も説明しているんです。」

"俺はモーゼ 君はシャチ
海水飲もうぜ 君はシャチ

ブロッケンギガントみたいに
前にモーター付いてる
進もうぜ 君のシャーシ
熱くなってるんだろ"

—"元・海 (もと・うみ)"

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