生駒の上の遊園地

生駒山上遊園地が、今年90周年。3月27日に記念イベントを実施するとのことで、週刊ひがしおおさかでも記事を出させていただいた。

90年前の1929年とはどんな時代だったのか。
1月にソビエトのヨシフ・スターリンがトロツキーを追放し独裁体制を確立。10月にはウォール街で株価が大暴落し、世界大恐慌の引き金が引かれる。
ヒシヒシと、景気の減速から不況へと時代が流れる中、当時の大阪電気軌道は花園ラグビー場を11月に開場するなどまだまだ投資の熱はおさまらない。浮つきが忘れられない多くのビジネスパーソンが、最先端の夢と希望をかけた時代の空気。
この仕事に関わった人たちのことを勝手に空想するのも、90周年を祝う事になるのでしょうか。

僕個人にとっても、生駒山上遊園地は忘れられません。子供の頃、死んだ父に無理やり連れていかれた生駒山登山のゴールが、いつも遊園地でした。
早朝、平岡公園から登り始め、昼前に山頂に着いたあと入場無料なので中に入り、遊具にはなにも乗らずおにぎりを食べて帰ってくる。
遊園地の華やかなイメージとは全く違う、嫌な登山とセットで思い出してしまう、マイナスイメージしか抱けていませんでした。

しかし、Twitterで生駒山上遊園地のアカウントを見つけたときから一変します。

どちらかと言えば、堅い印象があるインフラ企業の近鉄グループでありながら、攻めたツイートを連発。

リツイートを使いこなしたり、アンケートをとったり。近鉄グループ内の角川春樹かと思わせる。前のめりな運用で、新しい時代を感じさせています。
どこのどなたがされているのかは知りませんが、たぶん僕たちの仲間。いつかお会いしたいですね。

私たちが子どもの頃は、遊園地といえばあやめ池遊園地でした。そのあやめ池も今はなく、大阪府下の遊園地はテーマパークにおされ、USJにトドメを刺されてほぼなくなりつつあります。
新しいアトラクションやTVでのプロモーションをかけられたりする施設が、多くの消費者の心をつかんでいます。

そんな時代ですが、リーマンショックにも戦争にも不況にも耐えて90年。並大抵でできることではありません。ああ、中の人達に会いたい。

精一杯讃えるためにも、ぜひ皆さん、生駒山上遊園地90周年を祝おうじゃないですか!

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