君の視線

 とうとうあの子がアイ・テレビを買った。

 アイ・テレビはスクリーンに透明な特殊センサーがコーティングされている。グラスデバイスをつけて視聴すると、テレビ画面のどの部分を見ているかが「アイ・ポイント」として記録される。これによって一画面に多く映っている芸能人の中で、どの人が一番見られているのかが分かるようになった。テレビ局は視聴率だけではなく、出演者の誰が一番多くの視線を集めているかが分かるようになったのだ。

 しかし、このテレビの面白いところは、他人が画面のどこを見ているのかを共有できることだ。決めシーンでは皆の視線が主人公に集まったり、伏線となるシーンではその人がそのドラマの真相に気付いているかどうかがはっきりとする。

 恋愛映画の出演者が自分たちの映画を見ている時のアイ・ポイントを見てみると、キスシーンで俳優は画面を注視しているのに、女優は画面から目をそらしていたりする。この俳優は肉食系だなとか、この女優は照れてたのかななんて想像してしまう。なんというか、見ている人がどんな気持ちだったかが分かった気になれるんだ。

 僕が今一番楽しんでいるアイ・ポイントは、ゲーム実況者のものだ。

 今までだって生実況にコメントをつけてそれが読まれたりすると嬉しかったもんだ。アイ・ポイントはその気持ちを倍増させる。実況で読まれなくても、僕のコメントを見てくれたって分かるだけで気持ちがいいんだ。ライブに行って視線がもらえたら嬉しいもんだろ。

 彼女が熱中しているゲームには、応援システムがある。必殺技を出すときには視聴者にも応援ボタンが表示される。多くの視聴者がボタンを押せば押すほどダメージが増える。必殺技のあとには応援した人の名前が出てくる。アイ・ポイントが僕の名前をなぞった時にはやっぱり少し嬉しくなるもんだ。

 差し入れシステムもある。彼女がピンチになった時に回復薬を差し入れると、僕の名前が出る。高価なアイテムを差し入れるほど大きく名前が表示される。これはちょっとあこぎじゃないかなとも思うけど、その瞬間彼女や僕以外の視聴者が僕の名前に注目している気持ち良さが忘れられなくて何度も差し入れしちゃうんだな。

 もちろん、視聴者が見ているアイ・ポイントも共有されている。実況者は視線が集中したシーンを確認して次回放送に活かしたりもしているそうだ。ある実況者はパンチラシーンがあるとアイ・ポイントが集中するからって、無駄にキャラを飛び跳ねさせているらしい。

 彼女は実況が終わるといつも、ブログに「今日も放送見てくれてありがとう」と書きこんでいる。僕も「面白かったよ」って書き込んだりするんだけど、今まではスルーされていた書き込みが、差し入れを始めるようになってからは丁寧に返事をくれるようになった。ゲンキンだなとも思うけど、同じ立場だったら僕だってそうすると思う。

 差し入れから始まった交流はブログへの書き込み、メールのやり取りと少しずつ親密になっていった。もともと同じゲームが好きで彼女を見つけたわけだし、話題だって尽きることはなかった。差し入れはずっと続けていたし、彼女だって僕のことは悪く思っていないはずだ。

 ある日、彼女からメールがきた。

「今度のゲーム実況イベント一緒に行きませんか」

 彼女は地方に住んでいて、都心に知り合いがいなくて不安なんだそうだ。

 僕はいいよ、って返事をした。そうだ。じゃあ一度テレビ電話しませんか。どういう人か知らないと当日お互いを探すのも大変だし、とも書いておこう。

「もちろんいいですよ。じゃあ、明日のゲーム実況は早めに切り上げるのでそのあとにお願いします!」

 翌日のゲーム実況は、見ていてもそわそわして気が落ち着かなかった。でも彼女が配信の最後に今日はこの後用事があるから早めに終わりますね、って言ったときはどんな高い差し入れをしてみんなの視線を集めた時よりもいい気分になったな。

 配信が終わってすぐに彼女からの着信があった。

 初めてみる彼女の姿はラフな服装だった。ゲーム実況のあとだからかグラスデバイスもつけっぱなしだ。

「こんばんは、初めまして……ではないですけど、なんだかくすぐったいですね。学校の友達以外とテレビ電話するなんて初めてで」

 僕たちは少し雑談をしたあと、イベント当日の服装と待ち合わせ場所を決めてテレビ電話を終了した。

 翌日。

 今日も彼女のブログにアクセスする。いつも、その日の放送時間の予告がされているのだ。しかし、今までのブログ記事が消されており、トップページに「大切なお知らせ」という文章があった。

「今まで私のゲーム実況を見てくださってありがとうございました。昨日とある視聴者さんとテレビ電話をしました。お互いにグラスデバイスをつけたままの電話でした。電話を終えた後、その視聴者さんのアイ・ポイントを確認したら、その人は私の胸元ばかりちらちら見ていて……。きっとこの方だけじゃないんでしょうね。みなさんもそういう目線で私のことを見ていたんですよね。そんな目で見られていたなんてもう耐えられません。気持ち悪いです。もうゲーム実況をおしまいにしたいと思います。さようなら」

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