クラウンズポケット

「久しぶり。もう、デートに手ぶらでくるなんて相変わらずだね。変わったところといえばその頭くらいか。やっと玉ねぎ買ってくれたんだね」

「デートなんて財布だけあればどうにでもなるじゃん。でも玉ねぎってダサくない? これ王冠型帽子でしょ。商品名だってクラウンズアイだったよね」

「そうは言ってもどう見てもこのかたちは玉ねぎだから、仕方ないんじゃない。流行に遅れて買ったくせにあだ名に文句をつけない。それにこういうあだ名は、最初期に買ったオタクの皆さんがつけてるんだもん。私に文句言われても困るよ」

「そっか。ごめんごめん。でも1週間たつけどまだ使い方がよく分からないんだよな」

「簡単だよ。玉ねぎの先端にカメラとソナーがついてるの。カメラはぐるりと360度を撮り続けている。ソナーは常にまわりに発信し続けていて、返ってきた反応から私たちの周りを3Dデータとして作りつづけている。この2つを合わせるとフルカラーの3Dデータができるってわけ」

「そんなことができても何かいいことがあるのかな」

「何言ってるの。玉ねぎのおかげでしょ。デートの度に私の家まで電車で片道1時間を送っていかなくてすむようになったのは」

「ああ、夜道でおそわれたら困るからって毎回送らされてたね。そっか、玉ねぎならカメラが360度を撮っているから後ろから襲われることがない。というか玉ねぎ頭の人を襲うやつがいないんだって言ってたっけ」

「それに3Dデータができるからね。家に帰ったあと、その日の出来事を自分で追体験することもできるんだよ。あーあ。あなたの彼女さんは彼氏と会えないあいだ、毎日前回のデートを体験してさみしさをごまかしていたのに。玉ねぎサマのありがたさも分からないなんて」

「まあ、便利なことは分かったよ。彼女サマの言うとおり今後は活用していきたいと思います」

「よろしい。あとは、そうだな。いろんなお店が店内の様子を3Dデータとして公開してるからそれを見てみるのもいいかもね。ってそうだ。私が欲しがってたセーターあったでしょ。そう、あの通りのお店。昨日寝る前にデータ再現して確認したらさ、売りきれちゃったみたいなんだよね。3Dデータからなくなってた」

「なるほどね。そんな使い方もあるんだ」

「今日、買ってもらおうと思ってたのに」

「売りきれててよかった」

「え、今なんて言ったの」

「なんでもないよ」

「それに私達の玉ねぎで作られた3Dデータをメーカーがつなぎ合わせて3Dデータの街を作ってるんだって。そうなったらもうわからないことなんてなくなっちゃうのかもね」

「え、なんで。たとえばさ、あの店のラーメンの味わかる?」

「ああ、そっか。味とか匂いとかそういうものはわからないのか。……ってそういうことじゃなくてさ」

「他にもいくらだってわからないことはあるだろ。じゃあさ、今日俺が考えてきたプランはわかる?」

「わかるよ。私達は玉ねぎのデータ共有してるんだから。昨日、帽子かぶったままいろいろ調べてたよね。映画館とレストランとダーツバーだっけ。この時間だと映画館が最初かな。どうせあのコメディ映画が見たいんでしょ。あ、これは付き合いが長いからわかること。そうだ、終電の時間も随分と確認してたよね。彼氏さんは今日なにか狙ってるのかな?」

「そんなことないよ。というかそんなことまでわかるんだ」

「わかっちゃうんですよ。でもこれはあんただからだね。家にいるときはその帽子オフにした方がいいと思うよ。私も彼氏のトイレとか見たくないから」

「ごめんね。……って俺が謝ることなのかな。見ないでよ」

「見てないよ。見たくもない。まあとりあえず、映画を見に行きましょ」

「うん。でもさ、当ててくれたプランで一個抜けてるのがあるんだよなあ」

「え、でもきみが玉ねぎ買ってからのデータはだいたい見たと思うんだけどな」

「うん。1か月前から準備してたものだからね。それでも今日の朝のデータを確認されてたらばれちゃってただろうけど。……はい、プレゼント。安物だけど。もうすぐ1年だろ」

「指輪……。ありがとう。でも今どこから出したの」

「どこって……。帽子のなかだけど。手ぶらだとここくらいしかしまう場所がなくてさ。指輪をくれるなんて思ってなかったでしょ。なんでも教えてくれる玉ねぎサマだって、頭の中のことまではわからないってことだ」

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