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黒蝶奇譚~ある里帰りでの出来事~(完結)

収録先


『黒蝶奇譚~ある里帰りでの出来事~』

三枝生 七偲 
夢現の物語 織宿 
共著

序章 図書館

 異世界アラヤシキへ繋がるメインの扉は、三枝生 七偲(さえき しちし)の養家である三枝生家のある地元(七偲が大学院修士課程で学ぶ、初等部から大学院まで併設された全寮制の私立風見ヶ原学園のある風間市ではない)にある。
 その「扉」を通じて行ける場所には、三角鳥居で囲まれた空(から)井戸がある円錐形の山があり、そのふもとに、いくつかの社(やしろ)が点在し大きな泉を有する森がある。そこに和風の大きな屋敷があって、その中核をなす建物の中の洋風扉を開いた先には、外観からは想像つかない広大な空間が広がっている。
 そこは風学こと風見ヶ原学園の「埋蔵図書館」(……蔵書数世界一と言われ、地底深くまで階層が続いており、未だかつて最深部にたどり着いた者はいないとされるゆえに、そう呼ばれている。正式名称は『私立風見ヶ原学園図書館』)に匹敵する数の蔵書が並ぶ「図書館」の姿を取り、そこを中心に各物語ごとの世界(エリア)にも通じている。
 つまり、各物語が展開するエリアへは、……例外もあるが……、該当する本を見つけて開くことで行ける。

 今年の夏休み、七偲は養家への里帰りをして、その「図書館」を久しぶりに訪れていた。
 七偲はこのアラヤシキでの影響力が危険レベルで大きい為半ば追放されたも同然となっていたのだが、少々気がかりなことができたので、それを確かめに来たのだ。
「……やっぱり、だね」
 七偲は、該当する本が並ぶ棚の前に来て呟(つぶや)いた。
「この匂いは、確かにそばつゆだよ」

第一章 日常的惨事

 時間を少し遡る。
 七偲は、養家の敷地に建つ離れの一軒家の自分の部屋で目が覚めた。顔を洗い、寝間着から普段着の着物に着替えると、ふと、空腹であることに気づく。
「……そういえば、もうお昼だよ」
 時計を見て、七偲は少し考える。食事はいつもなら母屋へ行けば、5歳上の義理の姉の笹百合(ささゆり)が用意してくれる。だが今日は神事の出張(地鎮祭とか)で、神主である養父の銀之助(ぎんのすけ)に巫女として同行して、現在留守にしているはずだ。
 仕方ないので出前を取ることにして、
「天ぷらそばを一つ、お願いするよ。薬味の刻みネギはたっぷりでね!」
 と、馴染みのそば屋に注文する。

 待つことしばしで、出前が届くと、七偲はそのどんぶりをお盆に乗せて、居間の床の上に置いた。
 テーブルの上は書きかけの原稿や資料、息抜きで読みかけた本やらが散らかっていて、置き場所がなかった。
 床の上にも何冊かの本が積まれていて、足の踏み場もない。それをざっと端に寄せてスペースを空けると、床に直に座り、七偲は刻みネギがたっぷり入った天ぷらそばを幸せそうに食べ始める。と、ピィィィーッと、台所の方で、やかんのお湯が沸いたことを知らせる笛が鳴る。
「ん、お茶くらいは自分で淹(い)れないとね」
 と、台所に向かおうとして足を踏み出した。と同時に何かにつまずいた。というか、思いっきり蹴っ飛ばした。
「あちゃー、やっちゃったよ」
 足下には、お盆から外れた床の上にどんぶりが、そばと天ぷら、そばつゆ、刻みネギをぶちまけて転がっていた。

第二章 おいしそうな本

「えーっと、ぞうきん、ぞうきん、じゃなくてもいいや。あ、りおさん! やかんの火を止めるのをお願い!」
 七偲が着物の袖口からティッシュBOXを取り出しながら、自らのモノス(物型)アートである、夢現の物語 織宿(むげんのものがたり おりおる)を呼び出して、台所に向かわせる。
「あ~あ、こんなとこまで飛び散っちゃって……」
 七偲は床に積んであった本にかかった、そばつゆをティッシュに吸わせつつ、一緒にひっついていた刻みネギを拭き取った。
「……火は止めたぞ」と織宿が戻ってきた。
「ありがとう、りおさん。この上火事でも出したら事ですからね」七偲が自嘲して言う。
「……本の方は大丈夫か?」
「ああ、うん、何とか……ほとんどは表紙にかかっただけだし、その表紙もコーティングされたものだったから、大丈夫そうだよ」
「そうか」
「……でも、これが、なんとなくいい匂いがするんだよね~」
 七偲が本を手に取って、クンクンと匂いを嗅いだ。そして、「この、刻みネギと天ぷらの匂いが混じった、ダシの利いた香ばしいそばつゆの匂い。……これって、どんな料理本よりも、『おいしそうな本』って感じだね!」と、のたまった。
「……。それは、マズイな……」
「え? どうしてだい? 借り物の本じゃないし……まぁ、ぼくは、自分の本が他人に汚されたら許せないけどね~。ハハハ」
「……いや、他の者だったら、影響は出なかっただろうが。忘れているだろう? 本来アラヤシキの住人である、中でも創り手に属するおまえの場合、こちらでおまえが直接関わった本や物語は『そのままの形』で、他のものとは別に、向こうの『図書館』の蔵書の一角にコピーされるんだぞ」
「! あ……」
 それこそが、七偲の「物語を半現実化させる」という非常にはた迷惑な能力を支える、ベースとなる仕組みであるのだが、ほとんど自動的であるため、七偲自身は普段から意識していなく、自覚もまた薄いのだった。

第三章 アラヤシキでの日常茶飯事

 ここで時間を元に進める。
 アラヤシキの「図書館」にて七偲は、「おいしそうな本」と化してしまった本の一冊を手に取り、表紙を開いてみた。
 すると、その本のエリアの中に場面が移る。
 そして……、ひたすらその本の物語る内容とは関係なく、そばつゆの匂いが全体に漂(ただよ)い、その本の登場人物(二次的なアラヤシキの住人)たちは、「何だろうね、この匂い?」と首を傾げながらも、「掛け替えの無い物を探す旅に出た。……何とも言えない、香ばしくて、おいしそうな……、行き先も知らずに、歩き出してた。……今まで嗅いだこともない、この匂いは……、それはきっと、運命じゃなくて。……その、未知なる食べ物を想像するのは……、誰もが一度は、経験して行くこと」などと、本来の筋も同時進行していくという……とてもシュールな光景が見られた。
 別の「おいしそうな本」は、これはお茶の事典だったのだが、お茶の香りについて解説されている箇所に来ると、お茶の香りと後から加わったそばつゆの匂いが混じっていた。
「……やっぱり、マズかったみたいだね……」
 七偲が本を閉じてから呟いた。
「……ああ」と織宿も同意する。
「でも、さ。これって『内容』からじゃ修正はできないよ? ……向こうに戻ったら消臭スプレーをかけてみるって手もあるけどさ、今度はそれで元々あった物語の中の匂いまで消えたりしてね? アハハッ」
「……内容を書き換えなければ、平気だろう」

終章 オマケ 七偲があまり行きたくない物語世界(※)

(※映画などの映像の世界やラジオドラマなどの音声の世界なども含む)

「スプラッターもの」……生理的に好んで行きたくはない。

「バイオレンスもの」……作品として鑑賞する分には平気だが、その現場には居合わせたくない。痛そうだから。

「自作品で登場人物が殺される・殺すシーンがあるもの」……それをリアルで繰り返し見ると夢見が悪い。というか、どうしても必要な場合を除いて、むやみやたらとは書かないようにしている。

 ……など。

 そんなこんなで七偲と織宿は、現在の自分たちがいるべき世界へと戻り、今回の奇妙な「里帰り」を終えたのだった。

(了)

登場人物紹介


☆主な登場人物☆
†三枝生 七偲(さえき しちし)…わく学祭参加PC/真名:黒仁蘭/男/23歳/大学院修士課程に在籍/アート使いで、アート・夢現の物語 織宿のマスター/印象:美形な風流人・道楽者/「この世界は物語、浪漫で成り立っている」異世界、アラヤシキの生まれで日本育ち/神社な養家では末っ子長男で三枝生流弓術の師範だが、小説家が本業。…だとか。

†夢現の物語 織宿(むげんのものがたり おりおる)…七偲のアート/モノス(物型)/(通常、)黒い表紙の四六判サイズの本の姿で空中に浮かんでいる/先端にそれぞれ黒い蝶型の紙片が結びつけられた、三本の紐の栞(しおり)付き/基本、無口だが、しゃべる時はキッパリ命令口調で、七偲はこれに弱いとか。

(以上)

あとがき

 まずは、ここまで読んでくださり、ありがとうございます。真の作者である管理人こと、にーなです。

 この作品は、P.A.S.社のPBM作品『ぼくらのわくわく大学園祭』(わく学祭)に参加していた時に作っていたペーパー『黒蝶奇譚』に載せる、プライベート・テイル(リアクション)として書いたものの、実際は別の作品を採用したため自主ボツ作品に……。
 一応、その回以降のペーパーでネタ切れした時用のストックで、いずれ使う気でいたものの、結局使うことなく、わく学祭が終了を迎えて完全にお蔵入り。
 ……と経て、今回やっと日の目を見る機会を得た、未発表作品です。

 基本、当時書いたままに書き写していますが、一部説明不足な部分を補ったり、漢字を平仮名に直したり、括弧内ルビをつけたり、片仮名だったり平仮名だったりした単語を平仮名に統一したり、読みやすく改行を増やしたりと、多少の改編をしています。

(新名 在理可)

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