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夢七夜(完結)

(ふりがな含めて編集時の文字数カウント15000字強の作品です)

収録先


表紙

表紙画像

※この小説には、挿絵(紙媒体で作成した個人誌……もちろん自作です……を元に撮影したもの)等、画像が入っています。

作品紹介

作品紹介画像

作品紹介

 みちなき みちなる とびらを ひらいて
 ゆめみし せかいへ ゆくみち しるす
 さんかく とりいの やまのうえ
 めぐり めぐりて やまのうえ
 ねがいの かなう いどのなか
 ねがい ねがいて のぞいては
 みたまの ゆくすえ やみよに あんじて
 ななしが うたう いついつまでも──

(『ななしのうた』三番より抜粋)

 かたである“わたし”は、わらべうたてくるやまうえで、見知みしらぬちいさなおんな出会であゆめた。“わたし”とおんなゆめなか対話たいわし、それは、七晩ななばんわたつづけられる。そこでかたられるなか次第しだいあきらかになっていく、“わたし”とおんな意外いがいつながりとは──?
 “いまここにあること”の“えにし”をむす摩訶不思議まかふしぎ物語ものがたり

解説・夢現の物語むげんのものがたり 織宿おりおる

扉画像

ぼくらのわくわく大学園祭

PC三枝生 七偲(さえき しちし) G0044

プライベートテイル
『夢七夜』
~小説家なPCが小説を書いたら~

作:新名 在理可(P.N.)
(にいな ありか)   
2006.7.7.🦋

挿絵・表紙イラスト:    
夢現の物語 織宿(!?)
(むげんのものがたり おりおる)
(PCアート)

装丁・編集:        
新名 在理可


目次

目次画像

 〈目次〉

表紙
作品紹介(裏表紙)

目次

序章 現の栞
第一夜 夏服の女の子とおじさん
第二夜 底の見えない井戸
第三夜 願いの井戸と童歌
第四夜 小月と神隠し
第五夜 絶望を知るための祈り
第六夜 告白
第七夜 時を越えた願いは……
幕間 夢見月の舞台裏で
終章 蘭月の夢

あとがき 真の作者によるひとこと
解説 著者アートによる裏話
編集後記
著者(PC)および著者アート紹介

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夢七夜ゆめしちや


三枝生さえき 七偲しちし 著

 序章 現 の 栞うつつのしおり

序章挿絵画像

 こんな夢を見た。
 七晩ななばんで構成された一つの物語の夢を。
 それは、七日間に分けて見ていたわけだが、翌日の晩に見る夢の始まりは、きれいに前の晩に見た夢の終わりのシーンとつながっていた。
 ただし、「予告」とか「前回のあらすじ」などはなく、……そう、夢から覚めて起きている間をしおりとしてはさんでは、その箇所かしょから続きを読み進めるというような、そんな感じ、と言うとイメージしやすいかもしれない。

 第一夜 夏服の女の子とおじさん

第一夜挿絵画像


 あかられた三本柱さんぼんばしら鳥居とりいかたわらに腕を組んでたたずんでいると、少し離れたところに、年の頃は七、八歳といった、一人の小さな女の子が佇んでいるのが目に映った。
 その女の子は黒髪のおかっぱ頭で、袖無しノースリーブの白いワンピースを着ている。梅雨つゆ明けをげるせみの声が辺りにひびく七月の日差しの中、これであと、リボンの巻かれた麦藁むぎわら帽子でもかぶっていればより理想的であるものの、よく似合っていて可愛らしい姿の女の子だな、と思った。
 私は女の子の方に向き直ると、組んでいた腕をいて、安心させるように笑顔を見せてから、
「ここで、何をしているの?」
 と、たずねてみた。すると、女の子もまた、
「……おじさんこそ、なにをしてるの?」
 と、尋ね返してきた。
 そう、おじさんは、ここで……。何をしていたのか、あるいは、しようとしていたのか。ふと気がついたら、この朱く塗られた三本柱の鳥居……三角鳥居さんかくとりいの傍らに立っていた、と言うほかい。いや、それ以前に、
「あのね、ぼくはこんな恰好かっこうをしているけど、この間、二十歳はたちになったばかりなんだよ」
 と、「ぼく」こと私は抵抗してみせた。
 確かに私は、夏用の薄物うすもの長着ながぎ羽織はおり雪駄せったという、私の年齢くらいで日常着にしているほうが少数という和装姿でいる。それに、はたから見ていると違和感を覚えるだろうが、私を「おじさん」と言っても可笑おかしくない、自分と数歳しか年の離れていない義理のおいが一人いる。今は亡き、一番上の義理の姉のわす形見がたみだ。他にも年下の親戚の子たちがいて、そのいずれとも血がつながってはいないのだけれど、年の差に応じて「おにいさん」や「おじさん」などと呼ばれて、まあまあ、したわれてはいる。……私の五歳違いになる二番目の姉の、“しつけ”の賜物たまもの……なのかもしれないけれど。
 それでも、知らない女の子から「おじさん」と、この年で言われることにれてはいないつもりだ。いや、慣れてしまうことに一種のおそれのようなものをいだいて、無駄むだな抵抗をしているな、とわかっていながらも反発しているという感じである。
 白いワンピースの女の子は、私の言葉にまばたきして、小首こくびかしげていたが、
「でも、おじさんは、おじさんでしょ?」
 と、問い掛けの形であるものの、結論を出してきた。……やはり、女の子にはかなわない、という事なのか。
「ははっ、まいったね。……でも、本当にきみ、ここに何をしに来たの? ここへは勝手に入って来てはいけないんだよ。特にきみみたいな子供が一人で来るとね、迷子になりやすいでしょう? 神隠かみかくしにってしまうよ」
 私が、そうおどしともつかない説明をすると、女の子は、
「知ってる」
 と言った。

 第二夜 底の見えない井戸

第ニ夜挿絵画像


「だったら……」
 どうして、と続けて問う前に、
「知ってるから、ここに来たの」
 と、女の子から答えがあった。
「……へぇ、そうなんだ」
 と、思わず私は受けた。次には、まるでそれが当然の成り行きであるかのように、
「じゃあ、神隠しにあってもいいんだね」
 と、いていた。
 女の子は、こくんとうなずいて、小さなおかっぱ頭をらした。
「本当に、いいんだね? ……あとで、きっと後悔する……あの時、あんな事にならなければ良かった、こんなはずじゃなかった、と思うかもしれないよ? それでも、いいの?」
 そう、念を押すように問いかける言葉も、すらすらと出た。むしろ、私の方が誘い掛けているようですらある。それでも女の子の意志はゆるぎ無いらしく、私の目を、まっすぐに見上げている。
「それで、ぜつぼうを知ることができるなら」
 と、女の子は言った。
「きみは、絶望を知りたいの?」
 と、私は訊いた。
 女の子は、直接それには答えずに、すっと、私の傍らに立つ、朱い三角鳥居の真ん中を指差した。そこには、三角鳥居の三本の柱に囲まれて、石造りの井戸がある。
「そこをのぞいてみても、井戸の底は見えないでしょう?」
 確かに、女の子の言う通り、その井戸の底は無いと言えるかもしれない。その井戸は、雨乞あまごいの儀式用に特別につくられたから井戸で、しかも、底に当たる下の空間は、岩屋いわやになっていて、そこには小さなやしろてられている。
 岩屋へは別に入り口があって、井戸の底にあたる社の所までは何基なんきものたくさんの鳥居がつらなる道がある。儀式のときには、岩屋の上の三角鳥居の井戸……真名井まないの井戸と呼ばれる……と、その下の岩屋の中の社……真名憑まなつき神社と呼ばれる……の両方が、井戸の穴をかいして使われる。ようは、井戸の上、三角鳥居の立つ場所を天上界、井戸の下、岩屋の中の社の立つ場所を地上界とそれぞれ見立てている。そして、井戸の中に水をそそぐことで、社の屋根の上に水が降って来る……あたかも雨を降らせたかのように見せることで、雨乞いの神様に雨を願うのだ。……この場所は、その為の儀式場だと伝えられている。表向きには、だが。
 とにかく、下の岩屋も含めて井戸の底であると言ってもよいが、普通の井戸としては底が抜けて無い。だから、底は見えない、と言っても間違いではない。
 私は、女の子に同意して、
「そうだね」
 と言った。
 すると女の子は小さく頷いてみせてから、
「でも、一人でその井戸をのぞくと、その人のねがうものが井戸の底に、うつって見えるんだって。そうすると、そのねがいは、ほんとうになるの」
 と話した。

 第三夜 願いの井戸と童歌わらべうた

第三夜挿絵画像


「……その話、誰から聞いたの?」
 おそらくは、雨乞いの儀式をすると雨が降る、という言い伝えが、雨乞いの「願いが聞き届けられる」という部分のみが強調された形に変形したのだろう。そういううわさは、けっこう昔からいくつかのバリエーションを持って、ある。けれど、その内容の真偽となると怪しいもので、語り口が真実味を増せば増すほど、どこかに落とし穴があったりするものだ。たとえば、「神隠しにあう」などがそうだ。
 だが、女の子が話した内容の噂は、今から六年以上前に、この辺りの子供達の間で広まった童歌わらべうたの元になったものだ。しかし、元の噂そのものを知っているのは、限られたごく少数の者たちだけで、今でもそれを記憶の底に留めているだろう人物は、私と、私の数歳違いの義理の甥、その二人くらいだろう。いや、もう一人、当時すでに大人だった人物がいる。その大人の彼の「願い」こそが、「井戸の底をのぞき見ると……」との「うわさ」を生んだとも言える。ある協力者の意向を反映した上で、だが。
 とはいえ、その大人の彼は、彼の生み出した噂とともに姿を消している。当時、この辺りをさわがせていた連続放火魔れんぞくほうかまの噂も、彼が姿を消した同じ頃に聞かれなくなり、代わりに、彼が犯人だったのでは? との噂で一時、もちきりであった。
 だが、その真相は当時も、今も謎のままだ。ただ、彼が消えた事だけは確かな事実となっている。
 そのせいもあってか、童歌こそ「無邪気な子供達の歌う歌」として広まり、今でも時々、思い出したように子供達の間で歌われているのを聞くものの、本体となる「噂」は伝わっていない。真相に最も近づいた当事者であるところの、私の義理の甥が、それを避けたから、というのもある。……童歌の方は、その歌詞に込められた「願い」をお蔵入くらいりにするのがしのびなく、私が広めておいたけれども。
 そういった事情を考慮こうりょすれば、現在、七、八歳の目の前の女の子が、六年以上前の話、それも、当時も隠されていたも同然の事を知っているというのは、どうにもみょうな事であるのだ。
 この辺りの疑問も含めての「誰に聞いたのか」との私の問い掛けに、白いワンピースの女の子は、どう答えれば私に伝わるだろうか、と考えている様子で、少しの間の沈黙ちんもくの後、口を開いた。
「……めいやお兄ちゃん。冬みたいにすごくさむかった日に……、ここで会ったの」
 この場所に来れて、「めいや」という名前を持つ、私が心当たりのある人物は……一人、いる。それは、私の義理の甥に当たる「明夜めいや」だ。そしてもし、女の子の言う「めいやお兄ちゃん」と「明夜」が同一人物であるなら……。

 第四夜 小月と神隠し

第四夜挿絵画像


 そうだ。この目の前の女の子の名前は……。
「ところで話は変わるけど……さつきちゃん? って確か、小さい月と書いて『さつき』と読むんだったよねぇ?」
 と、私は訊いた。すると女の子は、
「うん……そう、だけど……?」
 と答えた。そして女の子……小月さつきは、どうして自分の名前を、今になって確かめたのだろう、というように、不思議そうな顔をしている。
 私が女の子の名前が「小月さつき」であると言えたのは、私の生い立ちに関係するが、まずは私が小月を知っていたからだ。そして小月は、以前に神隠しに遭っていたのだ。その時に、私の義理の甥の明夜めいやに出会ったことになる。その時、たまたま私は居合わせなかったけれども、今年の二月のある日に、この場所で、今日のように夏の服装をしていた小月を明夜が見つけたそうだ。だが小月は、一晩、この三角鳥居の立つ山のふもとにある、明夜の母方の実家……私の養家ようかでもある……で保護された後、神隠しにあったように姿を消してしまったと、後で聞いている。
 その時、直接私が小月の姿を見たわけではなかったので、すぐには、目の前の女の子が「あの小月」であるとは気付けなかった。……そういう事なのだ。
 一人、妙に納得している私に、「あの……」と、小月が声を掛けてきた。
「さっきの話の続きだけど」
 と言って、いったん口を閉ざした小月に、
「さっきの話、というと?」
 どこまでさかのぼるのかと思いつつ、私は話の先をうながした。
「……井戸の底にうつった願いがほんとうになるという話を、だれから聞いたかっていう話。わたし、めいやお兄ちゃんからも聞いたけど、他にも二人、いるの」
 ああ、その話か、と私は思いつつ、それに続く小月の話にだまって耳をかたむける。
「それで、さいしょに話をおしえてくれたのは、もう、そんなこと、わすれちゃったのかもしれないけど……おじさん、なんだよ」
 少し、怒ったような口調で、泣きそうな顔をして小月はそう告げた。私は、ただ、
「……そうだね」
 とだけ、言った。
 そう、きみが「あの小月ちゃん」であるのなら、本当にそうなのだろう。だからこそ、私は、ぼくは、ここにいられるのだから……。
(ぼくは、忘れていないよ。ただ、「思い出して」いなかっただけなんだ。ぼくにとっては、あまりにも遠い――まだぼくが、この世に生まれてもいない頃の記憶、なのだから……)
 そう、この場で言い訳してしまうのは簡単、なのだけれど。私自身、まだよく分かっていない、一方では、よく分かり過ぎているこの気持ちを今、ここで打ち明けてしまう事は出来なかった。……小月にはまだ、小月自身で選択すべき道がある。そのさまたげに私がなってはならないのだ。

 第五夜 絶望を知るための祈り

第五夜挿絵画像


「……で、もう一人は誰なのかな? ぼくに教えてくれる?」
 私は、心とは裏腹うらはらに、残酷ざんこくな質問をした。それを私が知ったところで、さほどの意味は無い事だ。けれど、小月がそれを答える事には意味があるのに違いない。……そういう事なのだろう。彼女は……小月は最初に、ここに来た理由を、「それでぜつぼうを知ることができるなら」と言っていたのだから……。
「もう一人、の人は……知らない人。怖い人。ううん、とても悲しい人。ひとりなのが痛くて、それが、すごく怖い……ひと。だから、わたし……祈ったの」
「……何を、祈ったの?」
 私は、小月のすぐそば近くまであゆりながら、訊いた。小月の前まで行ってその場で腰をかがめ、小月の目線の高さと同じに合わせた。小月は、泣きそうな顔をしていたから、彼女のほお近くの髪に、そっと、手を触れた。けれどそれで、彼女の目のふちにじんでまった涙を、ぬぐうことはしない。代わりに、もう一度、訊いた。
「きみが神隠しにあう覚悟をしてまで、きみは、何を祈ったの?」
「それは、言ってしまったら、うそになるの。だけど、きぼうはあるって。きぼうは、いつでも、ぜつぼうの向こうにあるって……ぜつぼうを知らなければ、きぼうのほんとうのいみもわからない。それで祈ってもらっても、それは、つみだって。なにも知らないことは、知らずに、だれかを傷つけていることに気づかない、つみだって……」
 と、小月は語った。
「“その人”が、そう言ったの?」
 と、私が訊くと、小月は頷いて言った。
「じゃあ、わたしは、ぜつぼうを知ればいいの?」
「絶望なんて……知らないほうがいいよ?」
 私は、微苦笑びくしょうを浮かべて、そうすすめた。
 小月は、ひとつ頷いて、
「うん……その人も、そう言ってた」
 と、顔を上げて言った。しかし、
「だったら、わたしはどうしたらいいのか、わからないよ。それだけは、わかった、けど……」
 と言ったまま、うつむいて黙ってしまった。
 私は、しばらく小月のおかっぱ頭の旋毛つむじを見ていたが、目を閉じて、小さく溜め息をついた。それから小月の頭に手を乗せ、優しく髪をでてやった。
 しばらくして小月は、それで気持ちが落ち着いたのか、
「……だから、祈ったの。そして、決めたの」
 と言って、顔を上げて見せた。その顔には涙のあともあったが、今日、ここで最初に会った時のような、強気な表情も戻っていて、こう、続けた。
「ぜつぼうを知ろうって。それで、ここへ来たの。この井戸は、ぜつぼうのふちにも行けるって聞いたから……」

 第六夜 告白

第六夜挿絵画像


 私は、一応確認のため、訊いた。
「“その人”が、言ったんだね」
「うん、そう。……前にも、おじさんから聞いていた気がするけど……この間、聞いたばかりなのは、そう」
「……小月ちゃん、“その人”は、『明智 鏡司あけち きょうじ』と名乗っていたんじゃない?」
 ある確信を持って私は、そう尋ねた。
「うん、そう。見た目は、ウェーブのかかった銀色に近い金髪だったり、青い目をしていて外国人なのに、変なの。そんなの、おかしいんだって言ったら、『私は、帰化きかして日本人になったので、その時に、明智あけち 鏡司きょうじと名前を変えています。ですから、私がそう名乗ってもおかしくはないのですよ、お嬢さん』なんだって」
 小月は答えて、明智鏡司がそうだと名乗った時の様子を語った。
「……でも、どうして、『あけち きょうじ』の名前をおじさんは知っているの?」
 と、小月は訊いてきた。私は、
「それは……」
 と言っていったん口を閉じ、充分に間をとってから……、再び口を開いた。
「……もちろん、それはぼくが、明智鏡司という男の事をよく知っているからさ」
 口許くちもとに笑みを浮かべる事を忘れずに、私は続けて言った。
「それだけじゃない。ぼくは、明智鏡司の存在をこの世から消してもいる。……追い出した、と言うほうがあっているかな?」
 それを聞いても小月は、私の言葉の意味をはかりかねているのか、何の反応もない。
 私は、小月の目線の高さに合わせるために腰をかがめていた姿勢から立ち上がって、腰の後ろに手をやり、やれやれ、といった感じで溜め息をついた。そして、言った。
「つまりは、ぼくはやつを殺したも同然だって事だよ。ぼくが奴を……明智鏡司を殺したんだ。この手で、この場所で……ほら、そこの三角鳥居さんかくとりいの井戸の中に突き落としたのさ。死体は発見されなかったけど、とうてい生きているとは思えない。少なくとも、『この世界』においてはね」
 私は薄笑いを浮かべて、小月の方を見下ろして見やった。小月は、私の告げた内容にショックを受けたのか、沈黙したままだ。
「きみは、聞いていなかったのかい? 明智鏡司から。『三枝生さえき 七偲しちしという名の子供にだまされて殺された』って。そして、『それで君に、私自身が絶望を与える事になるのが、私にとっての絶望にひとしい』とでも、言われなかったかい?」
 小月は、何か思い当たるふしがあるのか、ハッとして目を見張みはり、口許くちもとに手を当てた。それを私は冷静に、表情を消してじっと見ていた。
「三枝生 七偲というのは、ぼくの名前だよ。ぼくは、きみのおじさんじゃないんだ。きみの『叔父さん』の名前は、同じ『三枝生さえきせいでも、下の名前は違うんじゃない?
 ……そうそう、明智鏡司がぼくの事を『子供』だって言っていたとしても間違いじゃないよ。今から六年半くらい前の出来事だからね。今、二十歳のぼくでも、当時は十三歳と六ヶ月かそこらで、充分じゅうぶん子供と言える年齢だったわけだし」
 そこまで言って、いったん、区切る。
 ……小月ちゃんがぼくと勘違かんちがいしていた、「おじさん」の名前は、通称「名無思之ななしの 未生いまあり」こと「三枝生さえき 未生みしょう」さんと言う。小月ちゃんの父親の銀之助ぎんのすけさんの父、つまりは小月ちゃんの祖父である玄司げんじさんの養子ようしとなり、銀之助さんの義弟ぎていとなっている。だから小月ちゃんにとっては義理の叔父さんになる……らしい。少なくとも世間ではそのように通っていた。
 未生みしょうさんの亡き母親は、ぼくと同じく異世界っれええ1の出身であるらしく、未生みしょうさん自身も半分はアラヤシキの住人であったようだ。父親は日本人で、やはりすでに亡くなっているものの、代々三枝生さえきのある地元の有力者であり、その正妻の子である長男は現在、清廉潔白せいれんけっぱくで有能と評判の……その実、虚栄心きょえいしんに満ちた俗人物ぞくじんぶつにして老獪ろうかいなる政治家であるのだが、未生みしょうさんはその異母弟いぼていになるらしい。その真相は当時も今もせられ、秘密とされている。
 しかしその事がかえってゆがみを生み、別の要因よういんからの事件ともからんだ結果、それに巻き込まれる形で、未生みしょうさんは、ぼくが生まれる少し前に享年きょうねん三十五歳でこの世から姿を消している……。
 未生みしょうさんが小月ちゃんと親しく話すようになったのは、未生みしょうさんが二十七、八歳、小月ちゃんが七、八歳の時で、今の小月ちゃんにとってはつい最近の事になるだろう。その時にはすでに、未生みしょうさんはこの三角鳥居の井戸の“底”にあたる、真名憑まなつき神社と、この山の麓にある名無思ななし神社……どちらも、三枝生家の一族が代々管理している……の神主かんぬしつとめていた。また、正式ではないものの妻帯者さいたいしゃであり、彼の女性型アートの「実生みおさん」を妻としていた。
 この事もまた明智鏡司との出会いと同様に、その後の小月ちゃんにとって少なからぬ影響を与えていたことはいな)めない。彼女の淡い初恋を、未生みしょうさんはかなえられなかったのだから……。
 仕方の無かった事とはいえ、当時の未生みしょうさんは、どうしてもっと少女の想いに配慮できなかったのか? と、自らがこの世にとどまれなくなる瞬間までくややんでいたようだ。彼は少女が、……小月ちゃんが、彼自身と同じく孤独をかかえている事に気づいていた一人だったから。彼女を一度でも拒絶きょぜつしてしまった責任を感じていたのだろう。
 その悔恨かいこんが、ぼくの中にもある。

 小月は、この時点でもまだ、私と、叔父さんとの区別がついていない様子だったが、それも仕方のない事なのかもしれない。私と、小月の言う「おじさん」こと三枝生未生さえきみしょうとは、まったくの別人と言うわけでもないのだから……。

 第七夜 時を越えた願いは……

第七夜挿絵画像


 小月はまだ、黙ったままだ。それはそうだろう。頭の中で一生懸命に計算してみたって、出てくる答えは、常識的に考えて出てくる答えといくら突き合わせてみても、合うはずもないのだから。
「……つまりはね、きみがずっと暮らしていて、明智鏡司と出会った場所の時間と、今ここにいる場所の時間の流れ方は同じであっても、生きている時代が違うんだ。……明智鏡司は、きみから見てずっと未来になる時代から、きみのいる時代に行った。一方のきみは、きみのいた時代からみて未来になる、ぼくのいる、そして明智鏡司もかつていた時代の続きにある、この場所に来たんだ。きみは、ぼくから見て過去の時代から来た人間なんだよ。……ぼくの言っている事、分かるかい?」
 少し意地悪な表情かおをしてそうたずねた私に、小月は、やや間を置いてから小さく頷いてみせた。
「……でも、どうして?」
 どうして、過去と未来を行き来できたのか、という事か? それとも、どうして、明智鏡司を小月のいる過去の時代へと突き落としたのか、という事だろうか? 私は、小月のその疑問へと答えて言った。
「それはきっと……ぼくが、きみがここへ来ることを望んだからだよ。その三角鳥居の中の井戸を覗いた時に、ね」
 私はそこで、すべてを伝え切れない事へのもどかしさと、力の足りない自分への不甲斐無ふがいなさ、くやしさへの感傷かんしょうひたりたい衝動しょうどうを抑えて、苦笑した。私は、心で泣いていた。
「きみだって、祈ったでしょう? 絶望を知る事になっても構わないと思うほどに。自分が神隠しにあってもすくいたい、希望を求めて来たんでしょう、ここまで。だったら……」
 私は、願った。それをきみに与えたいと。けれどそれは、生易なまやさしいことではないから。私はこう誘いかけた。悪魔が耳元で甘くささやきかけるように、
「きみは、ここで絶望も希望も忘れるべきだ。きみの『さつき』という名前以外、すべての思い出を忘れて、ぼくとこの時代で一緒に暮らさないかい? ……そうして、ぼくと同じ時を過ごすのならば、きみは、きみの求めた希望にめぐうことが出来る。でも、それにきみは気づけない。それこそが、きみの知る絶望になるから……。きみは、そうするだけの覚悟はあるかい? もし、そうであるなら、ぼくはきみに協力する。きみの力になると約束するよ、小月ちゃん……」
 きみは、過去の人間だ。それなのに、今、きみから見て未来の時代にいる……。きみには、きみのまだ知らない思い出があるんだ。……それと引き換えに、きみの祈りを聞いてもいいよ。きみの願いを叶えてあげるよ。

 そして、小月の出した答えと私への返事は……。

 ──。
 目が覚めた私のほおには、涙のあとがあった。
 目覚めの気分は、それなりに爽快そうかいだった。たとえるなら、雨上がりの庭の空気だ。
 庭はまだれたままで、屋根のふちや庭木の葉からしずくがポタリポタリと落ちるのと、夜明けの次第しだいに明るさを増していくさまとが、庭に面して開いた障子戸しょうじどの向こうに一枚の生きた絵となってあり、部屋のこちら側からそれを見ている。部屋の中は外にくらべてまだずっと薄暗く、空気も重くよどんでいるのだが、わずかに朝の微風びふうが、そっとしのび込むように入ってきて、それは雨が上がったばかりゆえ湿しめった空気をふくんでいたが、それすらも、ひんやりとして心地好ここちよく感じた。……そうこうしているうちに、夜は明けきってしまい、うれいをびた景色は、カラリと晴れやかなものへと様相ようそうを変えてしまった。それは受容うけいがたくもある変化だが、まだ濡れた跡の残る庭木の葉たちが、キラキラと朝日を反射して光っているのが奇麗きれいだ。それをながめていると、いつの間にか、とてもさっぱりとした気分になって、つい、いまがた見た夢の事など忘れてしまえる……そんな感じである。
 もちろん、夢の事は忘れてはいない。今も、この胸に残っている。
 これもまた、夢なのだから……。

    ○

 幕間まくあい 夢見月ゆめみづきの舞台裏で

幕間挿絵画像


「……ねぇ、りおさん、こんな夢を見たよ。もう、二年と三季節ほど前の出来事になるんだけど……懐かしいなぁ。ぼくも若いけど、小月ちゃんも今よりももっと小さくってさぁ、可愛かったなぁ。今でも、そうなんだけどね」
「……」
「でも、このままでいいわけない、か。まぁ、そうなんだけどね。こればっかりはさ、小月ちゃん次第で、“答え”を見つけるのはぼくじゃありませんから。ぼくはぼくで“答え”を持っているし、それを確かな形にしたい。どんな手を使ってでも必ず手に入れてみせる、と思っているけど」
「……」
「わかっているさ。あくまでぼくは、ただ語り掛けるだけ……。その中で“誘導”するくらいはしてもばちは当たらないと思うけどね」
「……」
「わかってるよ。ぼくときみは同じ穴のムジナではあるけど、敵でもないけど味方でもないんでしょ? りおさんと何年、付き合っていると思ってるの? ……でも、ぼくに思う所があるならさ、ちゃんと面と向かって説教してくれなくちゃ! それが、長年付き合ってきた、りおさんの役目でしょ?」
「……おまえがわかっていてやめるつもりの無い事については、俺は何も言わん」
「え、ちょっと何、それ?! りおさんの中では、そういう判断があったの!? 何となく、薄々気づいてはいたけどねっ!」
「おまえは、そういう奴だ」
「……自分でもそう思ってるってのが、駄目だめな所だね、ハハッ。ぼくは最低俗悪な人間で腹黒さ百パーセントの男です、ってね。アハハハッ」
「……だが、俺はおまえのそういう所に、救われている部分もある。……あまり、認めたくは無い事だがな」
「……。へぇ、そうなんだ。まぁ、それはそうでしょう。じゃなきゃ、ぼくだって、りおさんとここまでやっては来れなかったし。そうするつもりも無かったからね」
「……」
「! あー、また、そこで黙っちゃうわけ? ずるいなぁ、りおさんは!」
「……おまえに言われたくはないな」
「あははっ、確かにね。……でも、真面目な話、これからが問題だよ。相手がぼくたちに騙されていると気付いても、気付いていなくても、ぼくたちの意志だけじゃ、決定力に欠けるんだからね。うまく状況をかき回して“誘導”していかないと、すべてが台無しになってしまう。そうなると……想像するのも怖いね。せめて、ぼくにまだ子供がいないのが救いというだけで……そうならない事を、祈ろうよ」

 終章 蘭月らんげつの夢

終章挿絵画像


 ……ちなみに、その夢を見た後、一季節が過ぎるまでに、私の義理の甥の明夜めいやの活躍もあり、小月の願いは叶った。その上で小月は彼女の本来るべき時間《とき》のもとへ帰ってもいる。
 しかし、彼女が本当に大変なのは、その後なのかもしれない。彼女にとって、「向こう」で起きる事件はまだ、何ひとつ解決できていないのだから。
 けれど、彼女が「こちら」で見つけた希望は、「こちら」での体験の記憶を失うことと引き換えに、確かに彼女の胸の中に……「夢」という名の記憶として、きざまれたはずだ。
 だからこそ……そう、私はここにいる。……存在していられる。

「……だから、小月ちゃん。今度は、『小月さつきねえさん』として、ぼくと会ってくれるかい? きみに初恋はつこいした、幼い頃のぼくに。そして、それよりも前、三枝生さえきの養子として引き取られてきみの義理の弟となる前の、名も無き思いの小さなぼくを……その名をかんする神社の前で、見つけ出して……くれるだろうか?」
 私は、祈るように、三角鳥居さんかくとりいに囲まれたから井戸の前に立ち、片手をかすようにかざして、夏のそらまぶしそうに見上げた。

(了)


 この作品は作者の見た夢をモチーフとした物語であり、フィクションです。作品の性質上、一部(作者こと三枝生 七偲が存在する世界での)実在の人名・固有名詞等が登場し、事実と重なる部分もありますが、現実の事件・団体・個人などとは無関係であることを、とくにお断りしておきます。
(↑※七偲の物語の半現実化能力封じ文)

 あとがき 真の作者によるひとこと

 ……こんな感じの文体で七偲は小説を書いています、との一例です。

新名にいな 在理可ありか

 解説 著者アートによる裏話

解説挿絵画像

「りおさん」こと、 
 夢現の物語 織宿 
(むげんのものがたり おりおる)

 ……本来『夢七夜』は、未発表作品として、俺のマスターである三枝生 七偲によって書かれた。……つまりは、奴の創作ノートでもある俺に書かれていたものだ。
 内容が内容なだけに、奴としては発表するつもりのなかったそれを、七偲のパッセで担当編集者でもある(!?)、新名 在理可が勝手に今回、このような形で発表したというのが真相だ。……とはいえ、「物語を半現実化する能力封じに、断りの文をおまじないで付けてくれるなら、まぁ、いいかな? あとでこれを読んだ明夜君に、ぼくは半殺しにされるだろうけどね……ハハハッ(笑いつつ、怒)」と、七偲本人もあとで許可を出しているから、問題ないが。
 ……因に、作品に登場する“明智 鏡司”なる人物は、主人公の“私”よりも、“女の子”や“義理の甥”との間に、より因縁がある。ただ、この物語ではその辺りの詳細が書かれていないので、その存在には謎が残った。また、作品中の出来事は、夢は(※2006年二学期からスタートのわく学祭ゲーム内時間を基準に)三年前の夏、夢を見たのが今年の春、後日譚が今年の夏休み直前、の事と想定されている。
 ……それにしても、七偲は作品中、「ぼくにまだ子供がいない」などと言っていたが。奴がこれまで書いてきた作品の登場人物はすべて……老若男女を問わず、人外のものまでを含めてで……、奴の子供も同然だと思うが。……その辺りの自覚が意図的にか薄いところに問題があるのだろうな。まったく……。

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□編集後記□

 この作品は、一度紙媒体(袋とじ印刷にてのコピー本)で少数部数(4~5冊くらい?)を2006年7月7日に発行した、新名在理可/作の個人誌を元に、携帯用に書き写したものになります。

 紙媒体時には、本格的な小説を目指して(!?)、縦書き&ルビ付き(本文の適当な漢字へ)の文章にして書いてみましたが、携帯では縦書きとルビを文章の脇に付けるのは(ルビに関して極一部を除いて)出来ないため、横書き&文章中の括弧内のルビ表記に変更しています(転載先であるnoteではルビに対応しているため、一部除いて文章の脇にルビが付く形に書き換え処理をしています)。
 また、ルビを付けた漢字を適宜てきぎ、増やしました(note版でさらに増やしています)。

 文章中の改行が少ないのは……これも当時、本格的な小説を意識して少なくしたと思うのですが。
 紙媒体時には行間が充分開いていて、読みにくい印象は無かったのが、携帯画面上ではやはり、「改行、少なすぎたかな?」と思いました。
 しかし、元の文章の雰囲気を残すために、あえて改行を増やしておりません。

 読みづらかったら、申し訳ありません。

 さて、作品内容ですが、P.A.S.さんのPBM作品のひとつ『ぼくらのわくわく大学園祭』(わく学祭)から、「アート(その他、異世界や転生、タイムトラベル等)が存在する世界観」をベースに借りているとはいえ、ほとんどオリジナルの物語となっています。

 要はPC(三枝生七偲)の過去エピソードであり、PC設定の超ロングバージョン(!?)と割り切って読んで頂ければ、よろしいかと……。

 また、この話を思いついたのは、わく学祭と世界観が同じなパラレル作品になる『はぴがく』に、PC七偲(はぴがくバージョン)と、PC明夜・イルミナス(七偲の義理の甥で、先行して『ぼくらの学園夏休み』(僕夏)&『ぼくらの学園アドベンチャー2学期』(僕学2学期)から参加)の参加時であり、さらに「小月」たちの設定は、明夜が参加していた僕夏の時からあったものです。

 そのため、今後、この作品中で明らかになっていない謎について言及する別作品(明夜を主軸にしたエピソードなど)を書く際に、起点となる年代の数値のみ、はぴがく以前のもの(例:わく学祭の2006年→はぴがくの2003年。ただし、キャラクターの年齢は2006年=2003年との設定)を採用するかと思いますので、事件年等に「ズレ」が生じる可能性があります。

 ともあれ、広い意味でのファンタジーおよびミステリー風の摩訶不思議な物語を目指して書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?

 少しでも楽しんでいただけましたなら、幸いです。

新名 在理可
(2009.6.29.)

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著者(PC)および著者アートの紹介

著者&アート画像


著者画像

 三枝生さえき 七偲しちし
[G0044]

 7月4日生まれ。蟹座。O型。23歳。裏で代々真名(しんな)を扱う神社の家の拾い子で養子な末っ子長男。通称「ななし」。「この世界は物語、浪漫ろまんで成り立っている」異世界アラヤシキの生まれで日本育ち。養家では三枝生さえきりゅう弓術きゅうじゅつ師範しはん。現在、風見ヶ原かざみがはら学園大学院修士課程に在籍。学園では一応、社会心理学専攻。本業は小説家。筆名は本名(三枝生七偲)の他、「新邸あらやしきななし」など。人が悪いロマンチストで、物語を半現実化させる、はた迷惑な能力を持つ。

アート画像

(アート)

 アート名は、夢現の物語 織宿(むげんのものがたり おりおる)。モノスタイプで、無限のページを持つ黒い表紙の本。黒いちょうがたしおり付き。見聞きした内容を物語に筆録ひつろくし、挿絵さしえとして物語の場面を、飛び出す絵本風に具象化できる。

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