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黒蝶奇譚~夢見月に見る夢は……~(完結)

作品解説

 この小説は、PC三枝生 七偲(さえき しちし)が書いた未発表の新作……ゲーム内時間の2006年秋(9月以降)に執筆したもの、との設定です。七偲の書く小説の見本その一、みたいな?
(本当はもう少し違う書き方を七偲はするけど、それが出来た作品は、長すぎるとか、不都合があるんで…。(汗))

収録先



『黒蝶奇譚~夢見月に見る夢は~』

三枝生 七偲 著

第一章 秋に春の夢見る物思い

 春、木蓮の花の咲くころになると、幼いころから繰り返し見ている夢を決まって見る。それは、ぼくの前世に関係する夢だ。

 前世のぼくは、三枝生 未生(さえき みしょう)さんの名前を持っていて、今のぼくの養父・銀之助(ぎんのすけ)の義理の弟ということになっている。つまり、今のぼくにとっての義理の叔父に当たる人でもあった。
 そしてその人は、ぼくが生まれる前には姿を消しているのだけれど、後にぼくの義理の姉にして、幼いころの初恋の相手となる少女と出会っていた……。

「ぼくの名前は、名無思之 未生(ななしの いまあり)。この三角鳥居の下にある、真名憑(まなつき)神社と、この山のふもとにある名無思(ななし)神社の神主をしているんだよ、小月(さつき)ちゃん」
 未生は、三角鳥居に囲まれた儀式用の空(から)井戸の傍らに立ち、目の前にたたずむ、おかっぱにした黒髪の小さな女の子である小月に、そう名乗った。名無思之 未生というのは、神主になってからの通り名だ。
 和服姿の青年である未生は、口調や表情、振る舞いに落ち着きがあり、穏やかな、だがどこか足りない笑顔を浮かべていた。未生は、さらに、こうも付け加えた。
「ちなみに、ぼくは妻帯者だよ。つまりは、奥さんがいるの。名前は、実生(みお)さんっていうんだよ。ぼくのアートなんだけどね、ほら、この人が実生さんだよ」
 未生が紹介すると、その傍らに、紫木蓮の花が、パッ、パッ、と咲いたようにたおやかな、着物姿の女性が姿を見せた。その顔は、前下がりでもみあげの長いボブの黒髪に隠れがちで、無表情だが、目鼻立ちはキリッとしていて美しい。
「ぼくとはねー、人間の年で言うと七歳違いなのー。あ、彼女の方が年下ね!」
 自慢げに、心から嬉しそうな笑顔で子供っぽく言う未生に、小月は、「……え?」と、少し反応が遅れて問い返すような表情で、小さな両手を胸の前で、ぎゅっと握りしめた。

 ぼくは、このシーンを思い返す度に、胸が締めつけられる。小月ちゃんはまだ七、八歳、未生さんは二十七、八歳の時の事で、出会ったのが小月ちゃんよりも実生さんの方が先だったのだから、仕方のなかったことなんだろうけど。……どうしてもっと、少女の想いに配慮できなかったのか? と。後になって悔やんでいた未生さんの思いが、ぼくの中に残っている。
 一方で、未生さんが自らのアートの実生さんに、ずっと傍にいることを……自身の伴侶としての役割を求めた気持ちは、解らなくはない。そして実生さんもまた、未生さんの気持ちに応えてくれたことは……それはとても満たされて、幸せな出来事のはずだった。けれど。
 小月ちゃんの初恋に応えられなかった未生さんの悔恨の念から、転生後に義理の姉として再会した小月姉さんに、幼いぼくが淡い恋心を寄せたのだとしたら……、それは罰なんじゃないだろうか?
 はじめから叶わないとわかっている初恋。そうなることで、せめて前世でフッた相手と対等の立場に立とうとしたための……?
 だが、罰というならば、すでに未生さんは、後にその伴侶でもあるアートの実生さんを失い、自らもその存在を現世から消さざるを得ない事件に巻き込まれる形で、報いを受けているはずだ。それによって、今のぼくが存在することになったのだから……おそらくは。

第二章 夢見鳥の飛翔

 小月姉さんが結婚して、今から十五年前、ぼくの義理の甥になる、当時二歳の一人息子の明夜(めいや)君を残して亡くなった後、しばらくこの夢を見なかった時期がある。
 生前の小月姉さんから、明夜君のことを頼まれたことで、過去の小月ちゃんへの負い目を相殺できたと子供ながらに無意識に感じたためだとも、不可解な夢を忘れようとしたためだとも、推測できる。
 だが、夢の記憶も薄れかけた、十三歳になる年の夢見月に、それは訪れた。

 ぼくは、三角鳥居の前に立っていた。なぜか、ここまでの山道を登った覚えがなく、気づくとそこにいた。ああ、これは以前に見ていた例の夢だ、と最初は思ったけれど。ぼくは前世の未生さんとしての姿ではなく、十二歳の姿のぼく自身で、少し様子が違っていた。目の前に、小月ちゃんの姿もない。
 代わりに、近くには、ひらひらと、一匹の黒い蝶が舞っていた。真っ黒な翅(はね)ながら、その表面はメタリック仕上げになっていて、グリーンともブルーともつかない色に輝いている。
(烏揚羽蝶(カラスアゲハ)……? 少し時期が早いけど)
 よく確かめようとして、黒い蝶に近づくと、黒い蝶は山を下る道の方へと飛んで行った。そして少し進んだ所で、こちらを待つように同じ所に留まって、宙を舞っている。ぼくがそこまで行くと、再び道の上を進んで飛んでゆき、少し先で留まって舞う。……まるで、それは誘っているようにも見える。事実、そうだった。
(前にも、同じようなことが何回かあったような……? ……よく覚えていないけど)
 そう考えながら、逃げ水か白昼夢を追うように黒い蝶の後を付いて山道を下って行くと、やがてふもとに辿り着き、古ぼけた小さな社(やしろ)の前に来た。名無思神社だ。
 ここで、赤子の姿のぼくが拾われた。ぼくをここで最初に見つけた当時十五歳の少女が、その後に三枝生家の養子に引き取られたぼくの義理の姉になった、小月姉さんだった。
 黒い蝶が、社の脇を通り過ぎて、奥にある大きな池……名無思ヶ淵(ななしがふち)とも言う、名無思ヶ池の岸まで飛んでいった。ぼくもそこまで行き、黒い蝶と池の水面とを交互に見た。そして、ふいに、探していたものに気づいた気がした。
(……ああ、きみは、ここにいたんだね。ここでずっと、待っていたんだ)
 そう、心の中で呟いていた。
(……じゃあ、小月ちゃんが絶望を知ってから願った約束も……。たぶん逆説的に、その関係者たちへも絶望の淵へと落とすような手法を取ることになるだろうけど……。きみが共にいてくれるなら……、果たせそうだね)
 そんな“希望”を見つけた様子のぼくを、黒い蝶は、しばらく水面の上を舞って窺っていたが、そこで別の姿に変じて、ぼくに語りかけてきた。

 それから十年間、再びあの夢を見るようになった。けれどきっと、来年からはもう見ないだろう。たぶん、今年の夏までで、あの夢が「忘れないで……」と願っていた事に決着をつけることが出来たから……。それでも、時々は、思い出すかもしれない。
 また、黒い蝶に導かれる夢の方は、今後も見続けるだろう。とくに、夢見月には夢見鳥……蝶の夢が、よく似合うだろうしね。

 木蓮の花の咲くころ、ぼくは不思議な夢を見る。それは、夢現(ゆめうつつ)の物語で……。

(了)

(※この作品は、(作品内世界での)事実にもとづいた(!?)フィクションです!)

登場人物紹介


☆主な登場人物☆
†三枝生 七偲(さえき しちし)…わく学祭参加PC/真名:黒仁蘭/男/23歳/大学院修士課程に在籍/アート使いで、アート・夢現の物語 織宿のマスター/印象:美形な風流人・道楽者/「この世界は物語、浪漫で成り立っている」異世界、アラヤシキの生まれで日本育ち/神社な養家では末っ子長男で三枝生流弓術の師範だが、小説家が本業。…だとか。

†三枝生 未生(さえき みしょう)…真名:黒仁蘭/享年35歳?/男/三枝生家一族が代々管理している、名無思神社と真名憑神社の神主/神主になってからの通り名は、名無思之 未生(ななしの いまあり)※/七偲の前世? で、同時に養父方の義理の叔父にあたる人物。
(※ミッドナイトバスターズ(MB)体験版に参加したPC名無思野 未生(ななしの いまあり)およびMB本編参加PC名響 未生(ななり いまあり)のモデル。ただし、基本的には別人扱い)

†明夜(明夜・イルミナス/めいや・いるみなす)…真名:白明鳳/17歳/男/風見ヶ原学園高等部3年に在籍※/七偲の義理の甥にして、三枝生流弓術の弟子。
(※わく学祭には非参加キャラ。PCとしては、ぼく学2学期・ぼく学夏休み・はぴがくに、それぞれ参加していた。はぴがく時に、明夜の関係者として七偲も参加していた繋がりで、登場)

†小月(三枝生 小月/さえき さつき)…七偲の血の繋がらない姉で、養父母・三枝生 銀之助(ぎんのすけ)、房代(ふさよ)夫妻の間の実子/瓜二つな容姿を持つ十歳違いの妹がいる/三枝生神社の元巫女/英国貴族の青年に見初められて結婚し、一人息子の明夜を生むが、早くに亡くなる/享年23歳。

(以上)

あとがき


 まずは、読んでくださり、ありがとうございます。

 この作品も、ゲーム期間中に作っていたペーパー『黒蝶奇譚』に載せていた(ただし、本紙上では文章量オーバーになるため、別冊付録の形で添付した)ものになります。

 ペーパー掲載時も横書きでしたが、「七偲が(縦書きにて)書いた作品」との想定で書いたため、携帯画面での閲覧のしやすさを考慮した、改行を増やすなどの編集は控えさせて頂きました。
 なので、読みにくかったら申し訳ありませんが、ご了承願います。

(新名在理可)

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