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ある日の「夢現の物語 織宿」の記録(完結)

収録先



本編

「『我語りて……』!」
 七偲が本型のアート夢現の物語 織宿を手に、交渉系の必殺技『我語りて……』を発動させると、辺りの空気が変化した。

 七偲が「辺り一面に薔薇の香りが漂う花園」と言葉に出さずに念じると、アート織宿の開かれていた白紙のページに、「辺り一面に薔薇の香りが漂う花園。」と、地の文として文字が浮かび記される。すると、周囲の景色が一面の花園に変わり、辺りに薔薇の香りが漂ってきた。

 ……どうやら技は成功したようだ。

 その手応えを得ると、七偲は技の効果を「本命」に対して使う。

 自力で空中に浮かび上がったアート織宿の開かれたページに、新たな文章が記される。「──急に辺りの景色が一変して花園の中にいることに驚いている彼女に、七偲は声を掛けて言った。」(以下、地の文は織宿に記されているもの)。

「驚かせたみたいだね。これがぼくのアート織宿の能力『黒蝶奇譚』の技で、きみは夢の世界を体験しているんだよ」

 実際は『黒蝶奇譚』の技は使ってはおらず、『我語りて……』の効果で擬似的にそのような効果を得ているのだが、七偲はそんな事はおくびにも出さず、そう言った。

「え、そうなの? ……でも、いつの間に来たのかしら?」

 声を掛けられた少女が振り返り、戸惑うように言った。

「まぁ、その辺は深く考えちゃだめだよ? せっかく、こうしてきれいな景色の中にいるんだし。
 それにぼくは、ちょっときみに聞きたいことがあるんだ」
「……何かしら?」
「それはね……」

 と言って、七偲は少女に近づき正面に立つと、少女の両肩に手を置いた。さらに、少し上体を相手側に預けるように傾けて顔を近づけてくる。
 「え?!」と、少女は七偲のその大胆な行動に対して驚きの声を上げる。
 そして、次には、彼女の耳元で発せられた七偲の「ぼくのこと、好き?」との質問に、「……ええっ?!」と少女は、質問の意味を理解するにつれ、顔を真っ赤にした。

「……だったら、ぼくの言う事、聞いてくれるよね?
 なに、簡単なことだよ。ちょっとだけ、きみの大事なものをぼくに預けてくれればいいんだ」

 七偲はそう言いながら少女の両肩に置いていた手を下に移動させて、少女の両手を握った。
 少女は、

「なっ、な、何を言っているのよ?! まだ私は何も……言ってないわよ?」

 と、顔を赤くしたまま、強く否定したが、それは照れ隠しのためである。
 その証拠に彼女は、自分の大事なものに七偲がそっと手を伸ばすのに、それを止めるどころか、体の力が抜けてしまい……。
 ──!
「……何、勝手なことをしてんのよっ!」

 少女はいきなりそう言うと七偲の手を、力いっぱい払いのけた。

「……いたっ」

 七偲は変に手首をひねったのか、痛がる。
 だが、しかし、彼女のそんな抵抗も、きっとそれは、急に怖くなっただけの……。
 っ──!

「そんなわけないでしょっ!
 って言うか、私に何させてるのよ!」
「……え゛っ? ………と、なにって──」

 七偲は、彼女に払いのけられた手をさすりながら、少し上体をのけ反らせるようにして、一歩後退(あとずさ)った。

「それは、もちろん、きみの気持ちを知りたかっただけだよ。
 ちょっと、強引だったならあやまるけど。
 けして、やましい気持ちからではなくて、ね? ……本当にぼくはきみのことを」

 七偲はそう言うが、それは単にこの場を逃れるための言い訳だ。
 七偲は始めからそのつもりで、ついでに彼女──魔神 玲子(まがみ れいこ。言わずと知れた『校門前の魔女』だ)をからかっていただけなのだから。

 そう、遅刻した七偲は、まともに正面から校門前バトルをしても玲子に敵わないと踏んで、自分のアートの能力を悪用し、玲子の大事なもの……七偲の端末に記録された遅刻状態を解除する装置(?)を、ベタな色仕掛けと軽口で、あわよくば拝借しようとしていたのだ。

「あー! 裏切ったね、織宿!
 ひどいよ、遅刻状態を解除できるのに、あともう少しのところだったのにー」

 七偲はそう言って怒るが、そもそも、あのまま続けていたとしても、とても成功していたとは言い難い。

「……第一、おまえに付き合わされる俺の気持ちにもなれっ。
 ……今日は、俺がおまえの目覚まし時計のアラームを止めて二度寝してしまって、二人とも寝坊して遅刻したから……こうして責任を感じて、ここまで付き合ったが……もう、限界だ!」

 パンッ、と空気がはじけた感覚がすると、辺りの景色が一変し、いつもの朝の校門前の風景が戻ってきた。
 そして、七偲と織宿の前には、大きな十字架型のシルエットを持つ──無慈悲に遅刻者をはりつけにする玲子のアート『グランドクロス』と、仁王のように校門前に立ちふさがる、玲子の姿が──。

「──こんなことをして、ただで済むとは思っていないでしょうねぇ、あんたたち?」

 そして、その日の朝、校門前で七偲ははりつけにされ、情けない姿をさらすことになったのだった。

(ある日の『夢現の物語 織宿』の記録)

(了)

登場人物紹介


☆主な登場人物☆
†三枝生 七偲(さえき しちし)……わく学祭参加PC/真名:黒仁蘭/男/23歳/大学院修士課程に在籍/アート使いで、アート・夢現の物語 織宿のマスター/印象:美形な風流人・道楽者/「この世界は物語、浪漫で成り立っている」異世界、アラヤシキの生まれで日本育ち/神社な養家では末っ子長男で三枝生流弓術の師範だが、小説家が本業。……だとか。

†夢現の物語 織宿(むげんのものがたり おりおる)……七偲のアート/モノス(物型)/(通常、)黒い表紙の四六判サイズの本の姿で空中に浮かんでいる/先端にそれぞれ黒い蝶型の紙片が結びつけられた、三本の紐の栞(しおり)付き/基本、無口だが、しゃべる時はキッパリ命令口調で、七偲はこれに弱いとか。

†魔神 玲子(まがみ れいこ)……わく学祭NPC/女/『校門前の魔女』こと風紀委員長/ぼくらの学園アドベンチャーシリーズの『1学期』『夏休み』『2学期』『はぴがく』での、有名NPC「渡瀬 玲子(わたせ れいこ)」に当たり、風紀委員から風紀委員長となり、名字と所持するアートが変更されている他は、遅刻や過度の制服改造をするなどの校則違反チェックに厳しく、校門前で取り締まりと違反者への処罰・見せしめをするバトルで生き生きとする性格など、ほぼそのままの設定が引き継がれている。
……わく学祭が、他のぼく学シリーズとは基準となる年代を数年ずらした上、学園祭のある「二学期」を再び舞台としたことで、背景設定的に完全にパラレルワールドとなり、NPCもそれに合わせて「設定はよく似ていても完全に同一人物ではないですよ」という感じ。

(以上)

あとがき

 ……と、ついノリで長く(しかも、傍から見ていて恥ずかしい内容を……)書いてしまいましたが、七偲と夢現の物語 織宿が協力する(うまく同調する)ことで発動する必殺技『我語りて……』の技の見た目と基本的な効果の例は、こんな感じです。

 この『我語りて……』が上手く発動すれば、場面となる背景や小道具などを演出できる他、「地の文」に対象となる者のセリフを創作して組み込んだり、本来対象(ターゲット)が思ってもいない事や、する気のない行動も指示して、その通りにさせることを試みることができますが、よほど上手く誘導しない限りは、対象に抵抗されてしまいます。
 また、対象自身によって発せられたセリフは、基本的に変更することはできません。それは、「登場人物」の全てにおいて言えることです。
 ただし、「それは、こういう意味で言ったんだよねぇ」などと、七偲自身や、他の登場人物で七偲に協力してくれる人がいれば、その人たちの「意図を持ったセリフと行動」で、修正を試みることはできます。

 と、以上、わく学祭に参加していた当時に作成した七偲の裏設定な「設定補足書」に書いてあった、七偲と織宿の必殺技の説明と解説(今回掲載の小説部分含む。多少の改編あり)でした。

(新名在理可)

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