『ご自宅寄席』開催にあたりまして

  『ご自宅寄席』席亭の町田ノイズと申します。本業はしがないフリーライターです。町田の老舗ジャズ喫茶ノイズさんからお名前を借りておりますが、お店の方とは一切関係ございません。

 一部のお客様が誤解されているようなので、改めてご説明いたします。

 演者様にはご出演いただいた会の全収益(木戸銭+投げ銭)から必要最低限の諸経費(ZAIKOの手数料+機材およびスペースのレンタル料+スタッフさんへの謝礼など)を差し引いた金額をご出演料としてお渡しします。天地神明に誓って、私個人が不当に利益を得ることはございません。

 これまでに複数のイベントに携わってきましたが、「報酬」と呼べるものを頂いたことは一度たりともありません。必要経費のみを貰う、全額を出演者様に還元する、赤字の補填のために自腹を切るかのいずれかでした。

 理由は極めて単純で、催し物は表現者や創作物ありきで始まって終わる、自分という存在は黒子に徹しなければお客様と舞台を遮る障壁になるという恐怖心が常にあったためです。未だに「自身が動き、他者の協力を得て、利を獲得する」という行為に臆病であるが故です。

 常に死と隣り合わせの綱渡りであるものの、私は幸いにも文化や娯楽の世界の隅っこにかじりついて生きてきました。信じられないような素晴らしい方々の言葉と対峙して、文章にするという体験もできました。

 同時に目の当たりにしたのが、当人の関係者が金銭を授受することが罪悪と見做される真水のように澄んだ矛盾でした。「好きなこと仕事にしてるくせになんでお金のこと言うの?」「当然タダ働きだよね?」と言いたげな悪意のない笑みです。

 『ご自宅寄席』の青地図ができたのは3月半ばだったでしょうか。「何の補償もないまま自粛を強いられる演芸界にほんの僅かでも希望を与えたい」「相互監視と自己責任の押し付けで雁字搦めになっている人々に穏やかな時間を提供したい」という思いつきが起点でした。

 しかしそれは瞬く間に雲散霧消しました。噺家講談師浪曲師、肩書を取れば1人の人間です。舞台に立つ芸人である以前に、皆様それぞれの人生があります。一歩外に出るだけでも感染のリスクが増加します。命さえ危うい状況です。その最中に代表者面をして「笑いを届けたいんです!」と厚顔無恥で不躾なお願いをしてしまったこと、お返事を一つ出すのにも懊悩させてしまったことを、今はただ猛省しております。この場を借りて謝罪いたします。

 『ご自宅寄席』は私のわがままで出来ています。命あっての物種だけれど、どうしても演芸が聴きたいという私の剥き出しのわがままです。ご出演いただく皆様は、そんな私に付き合ってくださる奇特な方々です。未知数の企画への参加をご快諾してくださった方ばかりです。

 ですので、報酬目当てではありません。『ご自宅寄席 玉川太福独演会』のお客様にはご理解いただけると思いますが、抜け穴だらけのただの阿呆です。仮に「コロナに乗じて一儲けしてやろう」と悪知恵の働く人間であったなら、来月の話はできても来年の話はできないほどの赤貧生活など送っていないでしょう。ただただ自分の好きな演者さんたちと仕事がしたいという欲求だけで立ち上げました。

 『ご自宅寄席 玉川太福独演会』にお越しの皆様、私の不手際によりご満足いただける高座をお届けできなかったことを改めて深くお詫び申し上げます。ですが、文化や娯楽の周囲を彷徨く人間の全てが狡猾だとは限りません。それだけはご理解いただけますと幸甚です。

 玉川太福様のご厚意もあり、今回ご来場くださったお客様には特別な動画を後日お送りします。生配信で本来お届けするはずだった映像を収録したものです。今後予定しております三遊亭わん丈様、桂宮治様、鈴々舎馬るこ師匠の会は、反省をしっかり生かして少しでも理想的な高座を配信できるよう尽力します。

 ご来場心よりお待ち申し上げます。


  

 


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