宇多田ヒカル・デビュー25周年ベストアルバム発売記念!そもそもリマスタリングとリミックスの違いってなんだ!?音楽制作の工程を徹底解説します!!

TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後2時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。

このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。


宇多田ヒカル デビュー25周年初のベストアルバムがリリース

宇多田ヒカル、デビュー25周年を記念して初のベストアルバムがリリースになりました。デビューシングルAutomaticから早25年。
 
今回のベストアルバム、目玉となるトピックが三つあります。
 
・ひとつめ、新曲が1曲収録されること
・ふたつめ、全26曲のうち、10曲リミックス(ミックスやり直し)されたこと
・みっつめ、3曲が新たにレコーディングをやり直したバージョンで収録されること
 
この三つが今回のベスト盤の目玉になってます。
 
よく、アルバム再発とか、ベストアルバム発売とかのニュースで、リマスタリングとか、リミックスとかって用語が飛び交うと思うんですけど、今回の宇多田ヒカルさんのベストアルバムは、このあたりの用語を解説するのにもってこいの素材かなと思うんですよね。

マスタリングとは??

まず、言葉の意味としては、例えばリマスタリングというのは
マスタリングをやり直しました。という意味。
リミックスというのは、ミックスをやり直しました。という意味です。
じゃあ、そもそもマスタリングとかミックスっていうのは一体どういう工程を指すのか順を追って説明していきたいと思います。
 
大前提の話なんですけど、レコードやCDというのは、音楽作品・芸術作品であると同時に、量産された工業製品でもありますよね。
工業製品を量産するということはすなわち、大元になる一つの物体もしくはデジタルデータをもとに大量に複製しているということになります。
 
例えば宇多田ヒカルの1stアルバム「First Love」は日本国内でこれまで765万枚売れているそうですが、言い換えれば大元になる一つの音源が765万回複製されいてるわけですね。その大元の1枚を、音楽業界用語でマスター音源と呼ぶんです。
 
そして、そのマスター音源を作る作業のことをマスタリングと呼びます。
 
アナログレコードの時代は、レコードの大元になるラッカー盤に音声を刻み込むことがマスタリングでした。CDの時代は、1枚のマスターCDを焼くことがマスタリングだったし、今みたいにサブスク配信の時代では、配信データの元になるデジタルデータを作ることをマスタリングと呼びます。
時代によってメディアは違えど、マスタリングという作業は、量産化の元となるたった1つのマスター音源を作ることを指すんですね。
 
マスター音源を作るためには、それが例えばアルバムだとしたら、まずは曲ごとの音量や音質を揃える作業を行います。一曲一曲、曲によってそれぞれサウンドが異なりますので、そのままだと音量や音質にバラつきがあって、1枚の音楽作品としては聴きづらくなったりします。
だから、バラバラに作られた曲に統一感を持たせるために音質や音量を調整する作業をします。こうすることによって、アルバムを通してストレスなく聴けるようになるわけです。

そして、曲と曲の間の無音の時間を何秒にするかも、ここで決めます。
バラードのあとはちょっと余韻を長めに取って次の曲が始まったりとか。
そしてさらに、リスナー側がラジカセで聴いても、高級な大きなスピーカーで聴いても、あるいはカーステレオで聴いても、等しく良い感じに聞こえるように音質をさらに追い込んで微調整したりもします。

とにかく、その作品に収録される全曲を集め流れよく統一感をもって1つの作品として成立するように最終的な微調整を行う。そして、それを1枚の
マスター音源として記録する。これがマスタリングの作業です。
 
「リマスタリング」というのは、つまり、この最終的な音質調整をやり直して、マスター音源を作り直すことを指すわけです。時代によって求められる音質や音色というのは移り変わってゆきますし、再生される装置も今では
スマホやPCのスピーカーが当たり前になりました。

一昔前にラジカセでうまく聞こえるようにマスタリングされた音源が、
今の時代のオーディオ装置でうまく再生されるとは限らない。
だから今の時代に良いサウンドで聴こえるようにマスター音源を作り直すわけです。
 
「過去のあの名盤が、リマスターされました!」と言う謳い文句を見たら、〈音源制作の最後の微調整だけをやり直したんだな〉と思ってください。

ミックスとは??

 じゃあ、ミックスとはなにか?
ミックスとは、レコーディングした各楽器や歌の音量バランスを整える作業のことです。例えば、その曲がドラムとベースとギターとピアノと歌によって奏でられているとしたら、歌の音量がこのくらい、それに対してドラムのキックの音がこのくらい、スネアドラムの音がこのくらい、という具合に、各楽器間のバランスを整える作業なんですね。あるいは、キックの音をバキバキに固く攻撃的なサウンドにしようとか、いやいや、柔らかい優しいサウンドにしようとか、歌にリバーブエコーをたっぷりかけて響かせるのか。
それともドライな聴こえ方にするのか、そういう各楽器ごとの音質調整も
ミックス作業で行います。
 
つまり、リミックスという作業は、この各楽器間の音量バランスをもう一度取り直すことを指します。リマスタリングよりも、さらにもうちょっと音楽制作の作業を遡ってやり直すわけですね。結構手間のかかる作業です。
ただ、大昔の作品だと個別の楽器ごとのデータが残っていないケースもありますから、リミックスしたくてもやりようがない。だからリマスタリングだけで済ますことも多かった。これが、最近ビートルズなんかが最新のAI技術を使って個別の楽器データを取り出して、再度バランスを取り直してリミックスしたことで去年大きな話題になりました。
この音楽コラムでも扱いましたけど、そういうことが可能になって来ている世の中なわけですね。
 
一点、ちょっとややこしいのが、リミックスというのは、本来はこのように、各楽器間の音量バランスを取り直す作業のことを指すんですけど、HIPHOP系の音楽が生まれた90年代以降の文化として、ただ音量バランスを取り直すだけではなくて、そこに新しい楽器やサウンドを加えて全く別の
作品として生まれ変わらせるような行為のことをリミックスと呼ぶことが多くなりました。

90年代なんかに、短冊型の8cm CDなんか買うと、カップリングとして「○○Remix」なんていう別バージョンが収録されていたことを懐かしく思い出す方もいるでしょうし、あるいは近年もトラックメイカーが全く別の音楽的要素を付け足して作品を作り替えたものをリリースすることが当たり前になっています。こういった意味合いでの「リミックス」という言葉の方が、近年では主流になってしまっています。
 
大元の意味は、各楽器間の音量バランスを取り直す、という作業を指すんですが、曲そのものを作り替えることもリミックスと呼ぶようになっちゃったもんだから、非常にややこしい、紛らわしい事態になってます。
 

リマスタリング&リミックス&リレコーディングと聴き比べが楽しい最高の1枚に

宇多田ヒカルさんの今回のベストアルバムでは収録曲のうち10曲がリミックスされているんですが、これは作り替えられたんじゃなくて、音量バランスを取り直しただけです。なので、誤解を避けるために、プレスリリースなんかをみても、リミックスという言葉は敢えて使わず、「新たなミックスバージョンを収録」という書き方をしてますね。
  
今回の宇多田ヒカルさんのベストアルバムでは、3曲がリレコーディングされている、という情報もありますが、これはまさに読んで字のごとく、
レコーディングそのものをやり直してますよ、という意味ですね。
これまで説明して来たリマスタリングやリミックスっていうのは、基本的にはレコーディング済みの音源データをいじくる作業になるわけですけど、
リレコーディングの場合は、レコーディングそのものをやり直しているわけですから、演奏自体が別のものになっているということになります。
曲は同じだけども、完全なる別バージョンという意味合いになりますので、リミックスやリマスタリングとは根本的に異なります。
 
今回のベストアルバムはこのリレコーディングあり、リミックスあり、そして、もちろんこれら26曲の楽曲群を1つにまとめて音楽作品として量産するわけですから、そのためのマスター音源を作るべく今回新たにマスタリングもやり直されていますので、過去の音源との聴き比べが最高に楽しい1枚になっています。
 
そんな宇多田ヒカルさんのベストアルバムからリミックスされたデビュー曲、つまり、各楽器やボーカルの音量バランスを取り直したデビュー曲をお聴きいただきましょう。

宇多田ヒカルで、Automatic 2024 Mix

サブスクで聴く音楽ソフトは、大抵の場合「音量を自動的に調整する」という設定がデフォルトでオンになっています。
以前の音源と聴き比べをする場合は、必ずこの設定をオフにしてから聴き比べてください。今回リリースされた最新ミックスが、非常に音量・音圧控えめで、音楽的なダイナミクスを大切に丁寧にやり直されていることがわかると思います。

金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後2時にて放送。
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