「少年マンガ読者に少女マンガを薦めるなら」考

先日、因幡はねるさんのChにて放送された「少女漫画プレゼン」を楽しく拝見したところで、自分ならどうするかしばらく考えていた

ジャンルの際

細かく考えていくと、掲載誌によって厳密に少年マンガと少女マンガを限定することもできるが、「少女漫画プレゼン」でもそうであったように、ここでは広く男性向けを少年マンガ、女性向けを少女マンガ程度に考えることにする

少女マンガ好きにとってみれば、一番コアなところを薦めるのは自然な心理だが、異なるジャンルに生息する人に薦める場合、それが最善手ではないかもしれない
この場合、少女マンガから見た少年マンガとの接点、クロスオーバーしているところはどこだろう、と考えてみる
ひとつ思いつくのは「作者女性、主人公男性」かつ「BLでない」作品である

薦める相手が少年マンガ好きの男性だとすると、「作者女性、主人公男性」であれば、読むための敷居がひとつ下がり得る
「少女漫画プレゼン」でも出ていたではないかと言われそうだが、はじめのうちは「BLでない」という条件は必須のように思う
私自身は性描写のないBL作品はいくつか読んでいるし、百合マンガ含め少女マンガの描く人間模様のよさはわかるつもりだが、最初に薦めるのは我慢しておくことにする

ということで、以下具体例を挙げてみる

一番手 羅川真里茂『しゃにむにGO』

羅川真里茂作品との出会いは割と早く、小学生のころに姉の集めていた『赤ちゃんと僕』を読んでいた記憶がある
『赤僕』もおススメに該当するのだが、主人公の年齢を鑑み、『しゃにむにGO』を一押しとしたい

単行本全32巻、新装版全16巻という長さではあるが、高校テニス部の3年間をきっちり描き切っており、読んでいて長さを感じることはない
『ピンポン』を連想するようなスポーツマンガとしての熱さと、少女マンガらしい人間関係の描き方がブレンドされた作品と言えるだろうか

男性主人公と言いつつ、主人公延久と留宇衣のコンビは根っからの天才肌なので、彼らの物語にはどちらかと言えば客観的に感動していたのに対し、一番感情移入していたのはヒロインひなこの物語であったりする
ライバル駿の物語が最も少女マンガらしいと言ってよいと思うが、そういった定番を外していないところも入門としてはよいかと

私が読んだのは割と最近なのだが、個人的にこれまで読んできたいろんな良作マンガを投影できる作品で、不思議な熱さが残る読後感だった

テニスマンガの系譜としては、半ば入れ替わる形で、よりテニス自体を探求していく『ベイビーステップ』が現れることになる
主人公の特徴が正反対な点も含め、読み比べてみるとおもしろい

次点 よしながふみ『フラワー・オブ・ライフ』

『しゃにむにGO』を太陽とするなら、月にあたる作品として『フラワー・オブ・ライフ』を推しておきたい

主人公の高校一年生の一年間を描いた比較的短い作品である(単行本全4巻、文庫版全3巻)
パッと見では想像がつかないと思うが、実は漫研マンガでありオタク要素満載である
ただそうは言っても一言で片づけられない内容であり、漫研マンガといってもあくまで基本ラインの話である
主人公の春太郎と翔太を中心とした物語ではあるが、とにかく脇役が脇役でないというか、周りの人間が生き生きとしていて、掛け合いだけでおもしろい

特筆すべきは主人公が恋愛をしない、という点だろうか
もちろん周りでは様々な恋愛模様があるのだが、主人公は一歩引いたところにいる
ネタバレというほどではないと思うが、主人公の背後には死の気配があり、「ほんとうにこのままでいられるのだろうか?」という視点が入るために、日常系とも言える高校生活とのコントラストが際立つ構成になっている

よしながふみ作品は『きのう何食べた?』と『大奥』から入ったので、この作品にはさかのぼる形でたどり着いた
『きのう何食べた?』の作風が好きな私のような人間には間違いなくおススメできる作品である

結局

上に挙げたマンガを読んでみる方がいるなら、読み終えたところで「ジャンルの境目ってなんだ?」と思ってもらえればそれでよい
市場として少年マンガと少女マンガという区分があるのは事実だが、読み手はそんな区分に関係なくマンガを読めばいいだけの話である

今回あえて少女マンガの中から紹介しているが、「作者女性、主人公男性」の作品は少年マンガの中にもいくらでもあり、むしろ名作の宝庫である
『鋼の錬金術師』、『3月のライオン』、『鬼滅の刃』など挙げればきりがないが、見方を変えれば少年マンガ読者は気づかないうちに少女マンガを読んでいるとも言える
実際のところは、とうにクロスオーバーして混じり合っているわけである

マンガの系譜とマンガ語り

以下、余談

「少女漫画プレゼン」を見て、なんであんなに古いマンガばかり紹介するのか、と思った方もいたことだろう
もちろん年齢的な事情もあるのだが、長く生きている人間からすると、今連載している名作も過去の名作から何らかの影響を受けていることがおぼろげにわかるわけである
そうするとなるべくさかのぼって、大元を紹介したくなるのも人情なのだ

現在のSNSを中心としたオタク語りは同時代的な横の拡散には向いているが、通時代的な縦のつながりを知るには不向きである

例えばオタク語りの対極として、上のようなマンガをとことん分解していくアカデミックに近い語りもある
私はこういう話も好きだが、ここまで興味をもつ人はまれだろう

そこでオタク語りとアカデミックな語りの中間として紹介したいのが、漫画家の山田玲司さんときたがわ翔さんによる番組『れいとしょう』である

一言でいえば漫画家によるマンガ語りであり、書き手と読み手両方の立場からのマンガ解説である
翔さんが作品の模写を用意し、実際に絵を見ながら話を聞けるというありがたいスタイルで進行される
『BSマンガ夜話』を懐かしく思う人にもぜひおススメしたいところである

『れいとしょう』では縦のつながりの話が基本にあり、漫画家が誰に影響を受けてマンガを描いているのか、誰に影響を与えたのか、といった話がよく出てくる
誰かがなし得なかったことを誰かがなすという、さながら鬼殺隊のような話も時折あり、漫画家の凄味を知ることになる

ひとまず本記事のテーマに近いところから、『萩尾望都』回と『鬼滅の刃』回をおススメしておきたい


以上、読了多謝

書を捨てず、書を旅するのもまたよい