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○○しないと出られない春風ふうかの部屋


「あ!おかえりなさいませ、お嬢様!」

私の姿に気付き、ふんわりと優しい声を弾ませ画面の中のメイドが声をかけてくれる。
私は息を吸い、いつも通り地声より低い声を作り
「た、ただいまです」
と答えた。


目の前のメイドは春風ふうか。
お花の王国から春風に乗ってやってきた可愛いバーチャルメイドだ。

実は私は一国の姫であり、外交やら勉強やらてんやわんやで常に緊張した毎日を送っている。
あの日、ふうかと出会った日も多忙を極める国務を終え、満身創痍の身体で春の陽気に誘われるように転がり込んだ部屋で、桃色の妖精は笑顔で言った。

『お嬢様、緊張していますか?
一緒に体操してリラックスしましょう♪
はい、肩を上げて~♪落として~♪』

そのほんわかした声はまさに春風。
心に春一番が吹いた瞬間を、今でも昨日のように鮮明に思い出せるのだ。


「今日はチョコケーキを作ったんです♪」
「わぁ、さすがだね」
「えへへっ♪本当はお嬢様にも食べてほしいんですけど…」

このお屋敷では食べ物は出てこない。
水も出ないカフェとはよく言ったものだ。
悲しそうに藤色の瞳を潤ませるふうか。
ふうかには申し訳ないが泣き顔がとても可愛い。
ふにゅっとした口もたまらない。
この口にふうかの苦手なコーヒーのチョコを差し出したらもっと泣いてくれるのだろうか…。
いやいや、やはりここはふたりの好きな甘いチャイティーをそっと差し出し泣き顔から笑顔に変わる、そう花が咲くようなときめきも味わいたい……。

そんな妄想に耽っていた私の視界で何かが光った。
あれはなんだ?まさか侵略者か?
ふうかの後ろの窓の外、この部屋に向かいどんどん近づいてくる光。
私は声を作るのも忘れて叫んだ

「ふうかさん、危ない!!!!!」



~~~~~~~



「……うぅ……あれ……?」

これは一体。
気付いたら自室より見慣れたお屋敷、
ふうかにお給仕してもらっていたクラシカル部屋と呼ばれる部屋に、私はいた。
いや先程からいたのだが。
椅子の感触が分かる、そうゆう意味で、いた。

「お嬢様~?大丈夫ですか?おねむになっちゃったかなぁ?」

そして目の前、机を挟んだだけの近い距離にふうかがいた。
ふうかの姿を認識した瞬間甘い香りが鼻をくすぐる。
もしかして、これがふうかの香り…!

「えへへ、ふうか、今日はチョコケーキを作ったんです♪」
「……あ、そうだよね。食べたかったなあ。」
「ふふん、ぜひ食べてください~っ……じゃーん!」

その瞬間、白いテーブルクロスの上においしそうなチョコケーキが現れた。
そして一層濃くなる甘い香り。正体はこれだったか……。
………………いや、ふうかの手作りチョコケーキ!?!?

「え!?これ、食べれるの!?」
「もちろんですっ!えへへ、今日はふうかの作ったもの、全部食べてくれるまでお部屋から出れません~っ……なんちゃってっ」

どや!としたと思ったら恥ずかしそうにあわあわするふうか。可愛い。これが癒しの具現化。
本人は正メイドなのに照れ照れしちゃって…と謙遜するかもしれないが、いつまでも初心な反応で、ほわほわしているのもふうかの魅力である。
見ているだけ、一緒にいるだけで癒しを与えてくれる。

「食べるっ!全部食べるよっ!」
「わぁ、本当ですか?ありがとうございます!」
「もちろん!ふうかさんの手作り料理、ずっと食べてみたかったんだ。こちらこそありがとう!」

ふうかはこれ以上ないほどとろける笑顔を見せてくれた。可愛い。
きっと私の頬も同じだろう。
あぁ、ふうかの手料理。幸せだ!


「まず、チョコケーキです!」
「おいしい!おいしい!」
「次はプリンですよ!」
「おいしい!おいしい!」
「次は桜のドーナツです!」
「おいしい!おいしい!」
「次はぴぴよぴよぴよひよこさんライスです~!」
「えっ、今……ううん!おいしい!おいしい!」
「えへへ、次は辛いラーメンです!お嬢様お好きでしたよね♪」
「う、うん…お、おいしい」
「はい、お待たせしました~!フレンチトーストですっ」
「う、うぅ~……おいしぃ……」

ごめんふうか。限界なの。
せっかく可愛いふうかが作ってくれたのに、全部おいしく食べられない胃袋が憎い。
ふうかのお部屋では食べ物の話が多く、同席の方とふうかと情報交換する時間は頭が満たされお腹が空いて楽しい。
家庭的で、美味しいものを沢山知っているふうか。
そんな、夢にまで見たふうかの手料理なのに……


私は大変悔しく、そして申し訳ない気持ちで
ギブアップを告げるため萌え萌え筋肉ボタン越しでなく自分の脳信号で手を挙げかけた。

「……ふうかさん、もう」
「次はこれですっ」

カチャン

情けない声にふわりと重なるよう、目の前に置かれたのは白地に桜柄のカップ。
そして湯気が立つ薄茶色の液体。これは…。

「チャイティーです♪お嬢様!」

えへへ、と恥ずかしそうに笑うふうか。

「はじめて会った日、チャイティーの話しましたよね。」
「わ、覚えててくれたの……?」
「もちろんです~!お嬢様とふうかのはじめて見つけた共通点、とっても嬉しかったんですよ♪」

胸にあたたかいものが広がる。
あんな挙動不審な自分との会話を覚えていてくれた。すごいな、メイド。すごいな、ふうか……。
すると不思議と、満腹だったはずのお腹がきゅる…と音を立てて消化を進めた。
これなら、美味しく飲める……!

「ふうかさん、お砂糖、いっぱい入れてくれる…?」
「ふふ、お嬢様、甘党ですね♪かしこまりました~っ!」

得意気な顔をしてシュガーポットを持つふうか。
そしてなぜか、スプーンを使わずポットを傾け……!?

どさどさっ
「あわわ!入れすぎちゃいました~!どうしよう~……」
「だ、大丈夫!お砂糖大好き!」
「でも、こんなに飲んだら気持ち悪くなっちゃうかも……」
「大丈夫、きっとすぐ血に溶けるよ」
そんな気がする。なぜか自信がある。

「だから、ふうかさん……もしよかったら、ふーふーってしてほしいな」
我ながら大胆なお願いが出た。
「え、えぇっ!ふうかがふーふーですか?」
「ふうかがふーふー!かわいい!」
「あわ、わわ~……よぉし、いきますよー!
ふーふー♪」
「ありがとう!かわいい~~~!!!」
「えへへ、ふうかのふーふーでよかったのかな?」
「もちろんだよ~~~!!!」

ああ、控えめでいじらしくて可愛い。
こんな女の子になりたい。
可愛くて、優しくて、守ってあげたくなる女の子。
透明感のある可愛い声も、お絵描きが上手なところも、憧れるところや好きなところが沢山の魅力的な女の子で、素敵なメイド。

「えへへ、お嬢様のお飲み物がもーっとおいしくなりますように♪萌え萌えきゅんっ!」
「ありがとう!いただきます!」

ぐびっ!
ふうかのふーふーと愛が込められたチャイティーをにやけた顔で一気に飲み干した。



~~~~~~~



「………………あれ?」

確かに手に持っていたはずの、置こうとしたカップがない。
見回すと見慣れた自室、このお尻の感触はベッド。
そしてお布団の上にiPad。
画面越しの、ふうか。

「お嬢様!?危ないって……どうしたんですか~!?」

夢……だったのかな。
そうだ。2022年現在カフェとは比喩のようなもののお屋敷で、メイドの手料理を食べることは……
切ない気持ちでお腹に手を当てた。

「……あれ?」
「お嬢様?大丈夫ですか?チョコケーキ食べたくてお腹ぐーぐーしちゃいましたか?」

可愛い擬音を使って心配してくれるふうかに笑みがこぼれる。
萌えいっぱいのおもてなし、
そして約束を守ってくれたことへ感謝を込めて笑顔で答えた。

「大丈夫、おいしかったよ。ごちそうさま!」

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