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『アンサング・デュエット』レビュー ~ “セッションするふたり”を支持するゲーム

 新作ゲーム『アンサング・デュエット』(著:瀧里フユ/どらこにあん)が発売されました。著者は、約2年前にTRPG『銀剣のステラナイツ』をリリースしたひと(たち)です。

  〇公式ウェブサイト(富士見書房)
  〇Amazon(Kindle版も同時発売ですよ!)

 これがたいへんにすばらしいゲームなので、そのすばらしい点をいくつか(かいつまんで)紹介します。

魔女の棲む森

(イラスト:Neg)

☯どういうゲーム?

 おっと、すばらしさのまえに、どんなテイストのゲームなのかを紹介しておいたほうがよさそうです。
 といっても、著者みずからによる紹介ツイートが、端的によくまとまっていますから、そちらをごらんください。

  〇著者による紹介ツイート群

 しいて個人的なイメージを添えるならば(ほんとうに個人的なものですよ)、『アライさんマンション』とか『イヌカレー空間』とかで、『ICO』や『レヴュースタァライト』みたいなことをするゲームです。
 ……とにかく公式のムービーを見てもらえればわかりやすいはず。

☯見どころ×3

 『アンサング・デュエット』には多くの(ほんとうに多くの)見どころがあります。今回は、そのなかでも主に3点をピックアップして紹介します。

  ➀「ひとり用シナリオ」と「アレンジ用シナリオ」
  ②見開き単位の節構成と三行要約
  ③ユーザーに寄り添う姿勢

『よめる』 

(イラスト:津田沼人)

☯「ひとり用シナリオ」と「アレンジ用シナリオ」

  〇ひとり用シナリオでチュートリアル
  〇アレンジ用シナリオで要諦(コツ)がわかる
  〇心理的障壁を飛び越えるジャンプ台

 『アンサング・デュエット』は、主にふたり用のゲームです。
 「[バインダー]を担当するプレイヤー」と「[シフター]を担当し、進行をつかさどるゲームマスター」のふたりです。(ゲームマスターとシフター担当を別建てするオプションルールもありますけれど)

 そのうえで、ひとり用シナリオが収録されています。これはおもに「ゲームを実際に体験し、雰囲気や流れをつかむ」ことを「ひとりでできるように」するべく用意されているもの、と読み取れます。
 つまり、TRPGでいうところの「体験会」「体験卓」、あるいはボードゲームでいう「インスト」、デジタルゲームでいう「チュートリアル」などに相当する役割です。
 これは会話型ゲームにおける「実際にやってみないとわかりづらい」しかし「ひとりでは“やってみる”こともできない」という課題への対策であり、実際のところ、たいへん効果的な手法だとおもいます。「やったことがないからよくわからない」状態で他人を誘う/他人に誘われるのは、しばしばむずかしい場合もあるでしょうけれど、それをおおきく緩和する効果が期待できます。

 この試みには(著者にも)おおきな自信があると見えます。まず、「シナリオセクション」のたぐいではなく、一番最初にある「はじめに」のセクションに置かれているのが印象的です。そして、前述のような「チュートリアルを必要としている層」にかぎらず、すべての読者が自然と通過することを推奨しているように見えます。
 内容はそれに足るものであり、この“ひとり用シナリオ”を“通過”するだけで、ゲームの雰囲気から進め方までを、ほとんど体感・体得できるようになっています。すばらしい。

 シナリオに関しては、もうひとつ印象的な試みがあります。それは「アレンジ用シナリオ」です。
 (なお、この本には、「(前述した)ひとり用シナリオ×1」「実際にふたりで遊ぶ用のシナリオ×5」「アレンジ用シナリオ×1」の合計7本が収録されています――つまり、「ひとり用」や「アレンジ用」のために通常プレイ用の紙幅が犠牲になったりはしていませんね)

 「アレンジ用シナリオ」とは、「おおまかな前段設定や状況の変化のさせかたなどを整理して提供したうえで、細部をユーザーがあらわすことでシナリオとして完成する」企図のコンテンツです。
 TRPG界隈では、「他者の(おおくは公式の、でしょうか)シナリオを換骨奪胎して別のシナリオとする」あそびかたがしばしばありますよね。ようするに、あれを推奨するのが、「アレンジ用シナリオ」です(――既知の概念でいえば、「シナリオフック」が近いでしょうが、もっと踏み込んで、完成までの見通しをたてやすくなっているものです)。

 アレンジ用シナリオ内の記述を読んでみると、ただ穴埋め的にワークをうながすのみではなく、「『アンサング・デュエット』におけるシナリオ・デザインの要諦(コツ)」が提示されています。いわば「実践教材つきのシナリオ作成ガイド」的な仕立てですね。
 ガイドと実際の作成が、ごく密接していますから、「アイディアはあるけどどう具体化すればいいのかわからない」みたいなことは起きづらいとおもいます。すばらしい。

 「ひとり用」「アレンジ用」に共通するのは、「(セッションの/シナリオ作成の)第一歩を踏み出しやすくする」思想でしょう。そこの心理的障壁(=未知ゆえのおそろしさ)を飛び越えるためのジャンプ台が用意されているのが、『アンサング・デュエット』というゲームです。

ふたりだけの幸せ

(イラスト:風街いと)

☯見開き単位の節構成と三行要約

  〇ほとんどの説明が見開き単位
  〇見開きごとに三行要約がある
  〇この本を読むことがストレスにならない

 この『アンサング・デュエット』というゲームは、内容(ルールやフレイバー)のみならず、紙面構成にもかなり工夫が見られます(――たとえば、前段で説明した「『はじめに』セクション内のひとり用シナリオ」もそのひとつですね)。

 紙面上の工夫のなかでも、とくに象徴的な要素のひとつが、「見開き単位」「三行要約」です。(※「見開き」というのは、本を開いたときの左側ページと右側ページを合わせた単位=まとまりのことです)

 「見開き単位」でまとめられているため、「ページをめくるときに記憶をリセットしてよい」「なにかを調べる際に複数ページにわたる必要が(あんまり)ない」性質があります。つまり、読み手(ユーザー)の負担がちいさい。これはかなり徹底されていて、シナリオセクションをのぞけば、9割5分以上の見開きはこの形におさまっているはずです。

 そして、各見開きには、「三行要約」が冒頭にあります。その見開きの要点が3行にまとめられている、ということです。これもまた、読み解く際の負荷と、調べる際の負荷を減らす効用があります。

 『アンサング・デュエット』は、「見開き単位」「三行要約」というふたつの工夫によって、「この本を読む際のストレスが最小になるように努められています。前項で述べた「ひとり用」がセッションの、「アレンジ用」がシナリオ作成のハードルをそれぞれさげるとするならば、これは「ゲームに触れる」こと自体のハードルをさげています
 現代によくマッチした試みだとおもいます(――こういうの、2019年のインディーズTRPGあたりから見かけるようになってきましたね)。すばらしい。
 そうそう、巻末の索引を見ても、1/3ページくらいしかないんですよ。索引の面積が。そのくらい「ルールを掌握する負荷」が減らされています(――ちなみに、どちらかといえば、巻頭の目次のほうを使う機会のほうが多いとおもいます)。

畏怖の樹海

(イラスト:mokoppe)

☯ユーザーに寄り添う姿勢

  〇ユーザー感情を支持する姿勢
  〇創造を応援する姿勢
  〇「表現したいものを表現できるように」

 ここまで紹介してきた点からも伝わっているかともおもいますが、『アンサング・デュエット』は、ユーザーに寄り添うことを是とし、その姿勢を直接的・具体的に示しているゲームです。

 たとえば、このゲームには「ロスト」(※一般的なゲーム語同様の「キャラクターの永続的喪失」を意味します)の概念があります。ロストしたキャラクターでは、もうあそべません……が、「それは絶対ではない」のです。「ルールとしては、ロストしたキャラクターではあそべない」としても、「ユーザー本人の感情はルールよりも優先される思想」が、それを覆し得るのです。
 実際、こんにちのTRPG界隈などで「ロストからの再起(※復活でも救済でも何でもいいです、ニュアンスが同じならば)」をもとめる例がしばしば見られるところからしても、ユーザー感情として受け容れづらいロストというのはあるわけですからね。そこでルールよりも感情を優先する判断を支持できるのは、ゲームデザインとしては英断と呼ぶに値します。(おっと、もちろん「ロストは不可逆だから意味がある」と考えるのもまた自由かつ自然な感情のひとつであり、それが支持されないわけではありませんよ)

 たとえばⅡ、「空気が気まずくなったらセッションをやめよう」という旨の提言が、再三にわたって散りばめられています。
 これは、こんにちでは自然な選択肢のひとつとして推奨されるようになってきていますね。ですが、ひとむかし前ではむしろ(明示的にではないにしても)否定される向きの強かった行動だったとおもいます。そこに踏み込んで、当事者の感情を支持しているのは印象的です。
 『アンサング・デュエット』がこれをできるのは、ほかでもなく「ふたりだけのゲーム」――「参加者だけのゲーム」なら「ほかの参加者」への配慮が必要でしょうけれど、このゲームは参加者が原則ふたりだけ――だからであり、またワンプレイが1時間ほどのゲームだから(※数時間におよぶ行為をなかったことにするのはインパクトがおおきいですからね)でもあり、多分に前提の後押しを受けてではあるのでしょうが、それでもユーザー感情を支持する姿勢は、称揚に値するといえます。

 これらの支持が志向するのは、ゲームプレイであり、そしてゲームプレイを通しての、あるいは前段の(シナリオ作成など)、あるいはアフターの(セッションに対するファン活動など)、「創造」です。「自己の表現」などと言い換えてもよいでしょう。
 わたしが読み取るかぎりの『アンサング・デュエット』のデザイン方針を、ひとことであらわすのならば、「表現したいものを表現できるように助ける」ことにあるとおもっています。本文中にもあるように、ロールプレイングゲームの特長のひとつは「プレイと創造(表現)の距離がちかい」(境界があいまい、と言い換えてもよろしい)点です。そこに着目し、応援するのがこのゲームだとおもいます。

ラビットランド

(イラスト:橋本洸介)

☯そのほかの見どころ

  〇没入への配慮と専門用語アトモスフィアの排除
  〇実用に適したシナリオフォーマット
  〇エレガントな感想推進&経歴記録ルール

 用語の取捨選択が、かなり繊細にコントロールされています。
 たとえば「TRPG」「PL」「PC」「nDm」などの文字列は(見落としてなければ)出現しません(――「ロールプレイングゲーム」「プレイヤー」「ダイス」は出現します)。
 あと、これも見落としてなければですが、「ルールブック」という表現も、使われていない気がしました。「専門用語による難しそうな空気や身内感」を排除したかったのだろうとか、「ゲームタームが没入を阻害するリスク」に敏感なのだろうとか、いろいろ想像できます。既存のTRPG観と地続きにしたくなかったんじゃないか、とも。
 「プレイヤーの知識を問う謎解きは絶対にNG」(大意)みたいな記述もあって、これもおそらく、「プレイヤーを主体にすることで表現のレイヤーが犠牲になるリスク」を避けようとしているんじゃないかなぁ、とか。

 シナリオのフォーマットも、かなり工夫されています。
 「最初の2ページはプレイヤーが読んでいい部分」と定めているのは、地味ながら革新的です。“プレイヤーに見せるべき情報と同じ見開き内に(プレイヤーが見るのは推奨されない)核心が掲載されている”シナリオとか、たまに遭遇しますからね……。これもストレス要因を排除する一環でしょうか。
 「シナリオのネタバレや配信をしてもいいかを定める項目」を、シナリオのフォーマットに組み込んでしまうのも、うまいアイディアだと感じました。“アナログゲームのシナリオネタバレの是非”は、SNSで昨今よく議論されている部分であり、議論の余地をルールで粉砕したのは力強い判断だとおもいます(……ただし、項目名が「シナリオの公開」なのはちょっとうまくないとおもいます。「公開」の語がもつ一般的イメージと、実際の項目があつかう領域に、ズレがあるので)。
 項目には「推奨する関係性」「異界の発生原因」(≒事態のバックグラウンドをあらわすひとこと)「シフターの作成」(=救助対象キャラがシナリオ規定かユーザー任意かどっちでもよいか)などもあって、どれも「そのセッションをどうあそべばよいか」をごく端的にあらわせる、すばらしいフォーマットです。読み手に解釈の手間をかけさせませんし、誤読する危険も減りますからね。低ストレス施策。

 ところで、このゲームには「フラグメント」という概念があって、それは「そのキャラクターをそのキャラクターたらしめる要素」を意味します。「元軍人であり武器の扱いに長ける」とか「困っているひとを守らずにいられない」とか「スポーツ大会で優勝した経験」とか「顔がいい」とか「フィアンセがいる」とか。セッション中に増えることもあって、上限数を超えたものは[たいせつな思い出]というゲーム外領域にプールできます。
 さて、「セッションの感想をSNS等で発信するとちょっとお得」系のルールは、近年のゲームにはしばしばありますよね(――このゲームの著者の前作『銀剣のステラナイツ』にもありました)。
 『アンサング・デュエット』にもあります。それもたいへんエキサイティングな形で――ずばり、「シナリオタイトルを添えて感想を発信すると、タイトルと同名のフラグメントを獲得できる」ルールです。
 これはきわめて(ほんとうに、きわめて)クールな発明といえます。なにがすごいって、前述のフラグメント&[たいせつな思い出]のルールと組み合わせると、「自然とセッションの遍歴がキャラクターシートにのこる」んですよ。フレイバー的にもメカニズム的にも意味のある、ゲームの主旨にのっとる形で。感想をもとめるシナリオ発表者と、記録をのこしたいシナリオ使用者の、利益を一致させているわけです。感想推進系の仕掛けとしてあまりにもエレガントです。

異界化

(イラスト:cinkai)

☯まとめ

  〇ユーザーのやりたいことをやりたいように支持するゲーム

  〇理解や読解の負荷が最小になるように努められているゲーム

  〇第一歩をふみだしやすいゲーム

☯関連リンク

  〇公式ウェブサイト(富士見書房)
  〇Amazon


 この記事は、瀧里フユ/どらこにあん・株式会社KADOKAWAが権利を有する『アンサング・デュエット』ファンキットの画像を使用しています。
©Fuyu Takizato / Draconian
©KADOKAWA

(ヘッダーイラスト:米山舞)


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